表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋姫異聞録~Blade Storm~  作者: PON
第一章 世界放浪
31/125

第三十幕

ちなみに今回は、切りよくするために四回の更新です。


前回のあらすじ

軍師である自分を捨て、

ひとりの人間として曹操と向き合う決意をした主人公

「このような時間に、なんのようかしらね?」


「華琳様、おそらく、今後の身の振り方かと」


 田豊から、伊邪那岐の言伝を受け、玉座の間に集まる曹魏の面々。


 玉座には、当然の如く、曹操。

 右側に軍師、荀彧、郭嘉、程イク、田豊。

 左側に将、夏侯惇、夏侯淵、許チョ、典韋、曹仁、楽進、于禁、李典。


 今の曹魏を動かし、郡の中核を担っている人物たちが一堂に会する機会は、今後も多くはないだろう。その全員が、これから現れる人物を待ちわびていた。


 伊邪那岐。

 最初は、少し知恵が回る程度、腕がある程度の人物と、誰もが思っていた。だが、彼に接すれば、接するほどに、その見解が誤りだと気付かされてしまう。彼は、曹操を含め、軍師たち全員を手玉に取れるほどの思考、知識をもって、この国の勝利に、この国の発展に貢献した。その腕は、軍の中核である夏侯惇すら赤子扱いし、龍を従え、兵達からの信頼も厚い。まさに、一騎当千という言葉がふさわしいほど。


 そんな人物が、敵となるか、変わらず仕えるか。

 その決断を言葉とするのだから、この場にいる全員、心中は穏やかではない。


「火具土、砕け」


「応っ」


 その声と共に、扉が粉々に砕け散り、玉座の間へと、足を踏み入れてくる。

 中心に伊邪那岐。その右側に火具土、天照、左側に月読、凶星の順で姿を見せた五人だったが、その様子は、昼間までの友好的な態度とは正反対のもの。確実に、殺意を、怒りを、その体に押さえつけながら、この場に姿を見せていた。


「すまぬな、曹操。このような時間に」


「別にいいわよ」


 中でも、一際、異彩を放っているのは、紛れもなく伊邪那岐。彼は、いつでも表情を変えず、淡々と、無機質な声を投げつけていた。それなのに、今、曹操の目の前にいる人物は、違う。一瞬、瞳を疑ってしまったほど。他の人間が、感情を表に出していることはよくあること。特に、気に止めるほどのことではない。だが、彼だけは違う。彼が、その身に、殺意と怒気を張り付かせている姿など、彼女は一度たりとも目にしたことがない。


「決めたよ、曹操」


「そう、聞かせてくれるかしら?」


 心の中がざわつく。違和感の正体は決定的。聞き間違いなどではない。一度であれば、聞き間違いと思えるかもしれない。だが、二度ならば。伊邪那岐は、この場に現れてから、一度たりとも、曹操のことを真名で呼んでいない。


「俺は、この国を出て行く。出立はすぐだ」


「なっ」


 すんでのところで声を殺したのは夏侯惇。

 彼がどのような決断をするのか、この場にいる曹魏の人間は、誰ひとり確信を持っていなかった。五分五分だと考えていたものがほとんどであり、残って欲しいと願っていたのも確かだろう。それが、こんな形で、別れを告げられるとは、思いもしていなかった。否、思いたくなかったのだ。


「天照、凶星。当面の食料と、この国の金子、半分を頂いていく。すぐに準備を進めろ。邪魔するものは、好きにしていい。ただし、あまり時間はかけるな」


「「はっ」」


 硬質な声で命を下す彼に、付き従う二人はそのまま、彼の命を実行するべく、姿を消す。


「なんだとっ」


「正気?」


「俺は、いつだって正気だ」


 異論の声をあげる夏侯惇と荀彧。だが、彼の視線を受けただけで、その場に腰から崩れ落ちてしまう。その瞳を見ただけで、心臓を抉り取られる感覚、背骨を力任せに引き抜かれる感覚。錯覚だと分かっていても、体験させられてしまえば、彼女たちには抗う術などない。


「月読」


「はっ」


「荷運びに必要なもの、衣服、それ以外にもお前が必要だと判断したものを集め、お前も二人に合流しろ」


「仰せのままに」


 臣下の礼をした後、姿を消す月読。

 もはや、彼らを止められる人間はいない。宮の人間、街の人間、それらから、彼らは十二分に信頼を得ているし、もし、彼らを邪魔しようものなら、すぐに殺される。それを実行する力が彼らにはある。しかも、主だった人間はこの場に集結している。緊急時の対応など、できるはずもない。


「ではな、曹操。行くぞ、火具土」


「応っ」


「待って、伊邪那岐。理由を、理由を聞かせてもらえないかしら?」


 背を向けてさろうとする二人に対して、ようやく声を絞り出すことに成功した曹操。ただ、それすら、火具土の怒号にかき消されてしまう。


「理由、理由だど、おめぇら、自分が何したか、わがってねぇのかっ」


「火具土」


「だども、伊邪那岐」


「俺の為に怒ってくれるのは嬉しいが、お前はこれ以上関わるな」


 食い下がる火具土を優しく諭し、振り返った伊邪那岐は、懐から小さな箱を取り出し、その場にいる人間全員に見えるように、高く掲げる。


「理由、理由はこれだ、曹操」


 その箱に見覚えのある者たちは、少しずつ揺れる。それは、昼間、彼が見せてくれた、今は亡き、彼の妻、鈿女の形見である簪が収められている箱。


「見覚えがない人間もいるだろうから、説明してやる。この箱には、俺が愛し、守り抜きたいと誓った、妻の遺品が収められている」


 その言葉には、誰もが動揺せずにはいられない。箱が焼け焦げているからだけではない。口にした伊邪那岐が、唇を破れるほど噛み締め、血を流しながらも、感情を抑えている姿が見て取れたから。


「これを、そこで腰を抜かしている夏侯惇は、捨てたのだ。俺の許可を得ることもせずに」


「「「「「「「「「「「「なっ」」」」」」」」」」」」


 その言葉を受け、絶句しない人間はこの場にいない。火具土は今にも、夏侯惇へと襲いかかりそうなほど、瞳を充血させ、鼻息も荒い。曹魏の面々は、普段であれば、夏侯惇の失態に頭を悩ますぐらいで済む。


 だが、今回ばかりは、そうもいかない。祖を敬い、一族に誇りを持つ人間が多いこの大陸。そんな人間達だからこそ、理解できる。形見をぞんざいに扱われた彼の、抑えきれるはずのない怒りが。


「俺もな、これで救われる人間がいるというのなら、悩みながら、涙しながら、手放すことはするだろう。だがな、曹操よ、そこの阿呆は捨てたのだ。人を生かすためでもなく、救う代価としてでもなく。ただ、捨てたのだ」


 途中までは平静を保っていたものの、湧き上がってくる怒りを抑えきることができず、最後、伊邪那岐は文字通り言葉を叩きつけた。そして、その言葉は、言葉に込められた感情を表現するように、柱に、屋根にヒビを入れる。


「わかるか、曹操。己の大事な人間を、二度、失うという喪失感が。わかるか、己の無力さに打ちひしがれる日々が。両手両足を差し出そうとも、いくら声を張り上げようとも、二度と、触れることなどできないのだぞ。俺の気持ちが理解できるというのならば、答えてみよ、曹操」


 裂帛の気合とともに打ち付けられる言葉。それは、軍師としてではなく、剣の一族としてでもなく、一人の妻を愛した、一人の男の慟哭。


 曹操は答えることができない。

 自分がもし、親しい人間の遺品を誰かに許可なく捨てられたら、壊されたら。当然の如く怒り狂うだろう。その犯人を探して、八つ裂きにしても、拷問をしても、その心は決して晴れはしない。


 それでも、そんなことをした人間を生かし、この国を去るというのだから、彼の恩情に感謝こそすれ、非難することなどできるはずもない。


「行くぞ、火具土」


「わかっただ」


 懐に箱を戻し、背を向けて去っていく二人。その二人に、視線を向けることすら、誰ひとりとしてできない。それほどに、罪深いことを彼らはしてしまったのだ。


「言い忘れていたことがあった。曹操、覚えておけ」


「なにかしら」


 一縷の望みと共に絞り出した言葉。だが、その望みさえも淡く、彼は完全に打ち砕いて歩を進めていく。


「部下の手綱すら握れぬものに、王たる資格などない。俺は、お前を見誤っていたようだ。俺は恥ずかしいよ。お前らのような人間に心を許そうとしたことが。俺は憎いよ、貴様らを信用しようとしていた、俺自身が」


決別の時

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ