第二十八幕
前回のあらすじ
張松さんを揃っていじめた曹魏の人たち
曹操への返答の期限まで残り一日。
あと一日でひと月という期間が終わり、彼なりに曹操へ結論を口にしなければならない。それが、仕えることであっても、別離であっても。
珍しく考えをまとめることを躊躇ってしまう伊邪那岐は、気分転換を兼ねて街へと散策へ繰り出していた。
「あっ、隊長なのぉ?」
「ホンマや、隊長や」
「隊長、本日はいかがいたしましたか?」
三者三様、于禁、李典、楽進の三人は、彼を見つけるなり声をかけてくる。
現在、彼女たち三名は、彼が進言し、認められた軍備強化に携わっており、それぞれが隊長として、自身の部下たちを日々鍛え、まとめあげている。
「お前らこそ、こんなところで何をやっているのだ?」
彼の疑問は最もと言える。彼が進言したことがそのまま運用されているのであれば、三人が一度に集うことはありえない。休息組と、警邏組、訓練組、良くて集まることができて二人のはず。
「これから、みんなでお昼なのぉ」
「なるほどな」
それであれば納得がいく。
「そや、隊長も一緒にどや?」
「俺もか?」
「こら、真桜、隊長のことだ。何かしらお仕事の最中に決まっている。ご迷惑をかけてどうする」
「いや、別に構わんが?」
「本当なのぉ」
「やった、やっぱり隊長は話せるなぁ」
「すみません」
喜ぶ于禁と李典の二人。そして、詫びる楽進。出会ってから今に至るまで、三人の立ち位置や関係に変化はない。それは、喜ばしいことのはずなのに、彼の中では、嫉妬といった負の感情が渦巻いている。変わらずにいる三人、変わらずにはいられなかった伊邪那岐。責めるべき人間はどこにもいない。そのことを、重々承知しているからこそ、彼は言葉にも表情にも出さない。
「それで、行く場所は決まっているのか?」
「うん、あそこなのぉ」
于禁が指差したその先、それを見て彼は首をかしげる。
彼女が指を指している場所にあるのは高級料理店。つい最近出来たばかりで、彼も足を運んだことは一度もないが、その味に見合った値段を取ることだけは耳に届いている。ただ、そこで疑問が浮き上がってくる。問題は彼女たちの給金。給金を管理しているのは、郭嘉を中心とした経理部署の人間なので、彼も詳しくは知らない。だが、指差した場所で食事を取れるほど、目の前の彼女たちが給金をもらえているのだろうか、疑問で仕方ない。
「それで、隊長に頼みがあるんやけどぉ?」
「お願いがあるのぉ」
「皆まで言うな」
二人の懇願を最後まで聞きはしない。彼女たちの給金を、逆算していけば、高級料理店で、満足いくほど、飲み食いができるはずがない。そう考えれば、次に出てくる言葉も容易に想像がつく。
「日頃、お前たちがどのような成果を上げているかは、俺の耳にも届いている。好きなだけ飲み食いするがいい。勘定は俺が持つ」
「よっ、隊長、男前」
「さすが隊長、太っ腹なの」
「感謝します」
彼に従うようについてくる三人。
余談だが、伊邪那岐は三人のように給金をもらってはいない。ただし、無償労働というわけでもない。かつて、曹操に給金の話を彼が持ちかけたところ、彼女だけでなく、経理責任者である郭嘉も大いに頭を悩ませたものである。国にとって多大な功績を作りあげた彼に対して、値段を決めろというのだから無理もない。将軍と同等の給金を払うのが一番妥当だと、進言した彼だったが、二人に一瞬で却下されてしまった。それも当然、個人に見合った褒賞を与えるのが曹操の方針。彼の功績に見合うような将軍はこの国には、まだいない。結局、二刻ほど揉めたあと、彼と彼の部下が城下や町、村で金銭を払うことになった時、曹操が払うということでどうにか落ち着いたのである。
店の暖簾をくぐり、歩を進めていく四人だったが、そこで見知った顔を見つけて足を止める。そこにいたのは、
「お前もここで食事をとるのか、伊邪那岐?」
「兄ちゃん、久しぶり。ここ、すっごい美味しいよ」
「こら、季衣。食べながら話さないの。すみません、兄様」
「珍しいこともあったものだな。何かあったのか?」
夏侯惇、彼女の副官である許チョ、夏侯淵、そして彼女の副官である典韋が賑やかに食事をしていた。
「ん、凪に真桜、沙和も一緒か。なら、一緒にどうだ?」
進められてしまっては、断る理由もない。結果として、全員で八名。大人数で食事をとることになった。
「それにしても、本当に珍しいですね、兄様がこういった場所に来るの」
「まぁ、今回はこやつらを労ってやることが目的だからな」
典韋の隣に腰を下ろし、メニューを広げる伊邪那岐。連れてきた三人は、早速注文し、箸を片手にそわそわしている。
「ただ、俺の個人の意見としては、流流の店に行くのが一番なのは、確かだな」
「その言葉だけで、嬉しいです」
別に、彼はおべっかを使っているわけではない。そのことを理解できているのか、典韋は顔を赤くしている。
彼が、典韋の店を贔屓にしている理由は単純。顔見知りであり、気兼ねなく食事をとることができる。この一点に尽きる。実際、この街にやって来る商人であったり、諸侯であったり、金を主に扱う人間が彼の顔を知らないとなれば、潜りもいいところ。
彼は雇われ軍師程度にしか自分のことを認識していないが、それは大きな間違い。黄巾賊、袁紹軍、街の発展、軍備の強化、小さなことも上げていけば数えることにも苦労するだろう。それほどの功績を残している彼。周囲からの認識は、曹魏の軍師筆頭にして、内政の重鎮。彼の機嫌を損ねれば、一族郎党根絶やしにされるとまで言われてしまっている始末。どうにかして、伊邪那岐と親密な関係を作れないかと、媚を売ってくる連中はあとを絶たない。
「兄ちゃん、どうかした?」
早速、彼の膝の上を陣取り、食事をしていた許チョだったが、皆が浮かれている中、いつもと様子の変わらない彼を疑問に思い声をかけてくる。その頬に、色々なソースであったり、ご飯粒であったり、いろいろなものをつけながら。
「まったく、熱心に食べるのはいいが、少しは気にしろ」
懐から取り出したハンカチで、彼女の口元をきれいにしてあげる伊邪那岐。その様子は、傍から見れば仲の良い兄妹、もしくは親子に写っているかもしれない。
「えへへ、ありがと、兄ちゃん」
「全く、季衣ってば、兄様に迷惑をかけてどうするんですか?」
笑顔の許チョと、それを諌める典韋。それを見ていた彼の視線は、どこか遠くを見つめていて、
「やっぱりどうかしたの、兄ちゃん?」
「どうかされたのですか、兄様?」
「いや、少し感傷に浸っていただけだ」
心配する二人に対し、何気ない言葉を彼は口にしたはずだったのだが、食事に夢中な夏侯惇以外、全員が驚きで動きを止めていた。
「俺が、あいつとの間に子をなせていたのなら、こんな感じだったのかなと。うん、お前らどうかしたか?」
「「「「「「えっ?」」」」」」
珍しいどころではない。六人の声が完全に重なる。
「兄様、結婚、されてたんですか?」
「ああ。あいつの名は鈿女。娶って、直ぐに帰らぬ人となってしまったがな。俺にはもったいないほどに出来た女だった。そして、これが、その形見だ」
震える声で問いかける典韋に、懐から小さな箱を取り出し、それを開き、中から簪を取り出して見せる伊邪那岐。
「「「「「「嘘だぁーーーーーーーーーーーーーーーーー」」」」」」
衝撃の事実が発覚




