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恋姫異聞録~Blade Storm~  作者: PON
第一章 世界放浪
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第二十六幕

前回のあらすじ

凶星との死闘を制した主人公

「えっと、私は」


「ようやく目を覚ましたか、のんきなものだ」


「伊邪那岐って、確か、私は、あなたと殺し合いをして」


「そこまでは覚えているのか」


 気づいた凶星が体を起こせば、体中の至る所が痛むものの、丁寧に手当てをされており、動くことができる。伊邪那岐の一撃を受け、致命傷を負ったというのにも関わらず。視線を移動させ、彼の様子も見てみれば、同じように、若干手荒い印象はあるものの、傷の手当てがされている。


「って、どうして私は死んでないのよ?」


「なんだ、死にたかったのか、お前。それは悪いことをしたな。ただ、ひとつ言うなら、死んだらそこで終わり。つまらんぞ?」


「だって、私は、あなたの前で、あの子の死に様を」


「そんな昔のことは忘れた」


 侮辱した。その言葉を続けさせることを伊邪那岐は許さない。


「あいつなら、きっと、そう言うはずだ」


 その言葉を口にした彼は、とても切なげで、今にも崩れ落ちてしまいそうなほどに弱く見える。ただ、その言葉を聞いた凶星は、自分の瞳から溢れ出てくる涙を、彼に見せないように必死に隠す。ここで、泣いてはいけない。その行為は、彼だけでなく、彼の心の支えとなっている少女すら侮辱する行為になってしまうから。


「あちらも、もう終わった頃だろうし、そろそろ、戻らねばならんな」


「あちらって?」


「お前が分散させた部隊のほうだ」


「ああ、やっぱり気づいてたんだ」


「当たり前だろうが。誰がこの策を思いつき、実行したと思っている」


 時刻は日をすっかり沈んだ深夜。

 この時刻になっても、村の方で火の手が上がっていないことを確認できれば、村が残してきた者たちの手によって守られたことを、察するには十分すぎる。


「じゃあな、もう会わないことを祈っている」


「待って」


 そう口にして、彼女に背を向け、手を振ってさろうとした彼を、凶星は呼び止める。このまま、伊邪那岐と別れてはいけない。漠然とだが、彼女はそう感じていた。


「俺はもう、勝手に生きている。里とは関係なく、だ。どうせ、お前も戻る方法を知らんのだろう? 自分の思うままに生きればいい」


「ええ、でも、掟ぐらい守りたいのよ」


「ああ、そんなものもあったな。俺はどうでもいいと思うが。実際、月読も、天照も罰してすらいないし」


 一族の掟。

 それは、代々守られてきた鉄の掟。一族同士で私闘を行なった場合、敗者は勝者に命を捧げなければならない。それが叶わない場合、自らの命を絶つ。そういった決まりごとが、未だに守られ続けている。だが、その掟を知っていながら、伊邪那岐は、掟に縛られてはいない。


「でもっ」


「くどいな、お前」


 その瞬間、溜息と同時に凶星の後ろ髪が宙に舞う。数秒、漂いながら地面に落ちたそれを見て、伊邪那岐は続ける。


「髪は女の命。だから、俺は今、お前の命を奪った。それで満足しろ」


 それ以上口にすることなく、歩を進めていく伊邪那岐だったが、凶星に行く先に先回りされてしまっては止まるほかない。


「まだ、何か用があるのか?」


「あるわ」


 きっぱりと彼女は断言した後、片膝をついて彼に向かって頭を垂れる。


「なんの真似だ?」


「剣の一族、序列二位、凶星は、今、この時をもって死にました」


「それで?」


「恥を忍んで申し上げます。私を、あなたのそばに置いては頂けないでしょうか」


 それは、臣下の礼に他ならない。


「お前が、俺の部下となると?」


「はい」


 その言葉を受け、彼はため息をひとつついて、彼女の横を通り過ぎ、背中を向けたまま言葉を発する。


「俺の部下に、己の命を粗末に扱うような馬鹿はいらん。同様に、俺のために命をなげうつような阿呆もいらん。俺にとって部下とは、共に傷つき、歩む者のことを指す」


 頭を上げることもせず、彼女は彼の言葉に耳を傾ける。


「そのことを、忘れることなきよう、しかと心に刻んでおけ」


 そして、彼は振り返り、頭を下げたままの凶星に対して、右手を差し出してきた。


「これは?」


「どうした、ついてくるのだろう? それとも、傷が痛んで立ち上がることもできないのか?」


 いつもと変わらぬ声、表情で差し伸べられた手。だが、それでも伝わってきた優しさを受け取った凶星は、手を掴むことも忘れて、その瞬間、伊邪那岐に抱きついていた。


「おい、い、いきなりどうした。こっちも、傷がそこそこ痛むのだぞ?」


「もう、絶対に離さないから。私は、絶対にあなたを一人になんてしないから」


 抱きつかれ、支えることもできず、後ろ向きに倒れてしまった伊邪那岐の胸の中で、凶星は声を上げながら泣き出してしまう。そんな彼女の頭を撫でながら、彼は思考するものの、泣いた女性を泣き止ませた経験のない彼。どう言葉をかけたらいいのか、思いつきもしない。


「俺は、ウサギではないというのに」


 傷の痛みを撫でるような涼しげな夜風を受け、彼は、ここにはもういない、一人の少女に言葉を投げかけた。



天然ってこわいね。

天然ジゴロって怖いね。

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