第二十一幕
前回のあらすじ
曹仁さんと揉めちゃった主人公
「袁紹軍が攻めてくるだと?」
「それは、一体どういうことだ?」
思ったままのことを口にする夏侯姉妹。それを見ながら、伊邪那岐はため息を一つ付き、
「お前らが遊んでいた間に、情報収集は済ませてある。今まで得てきた情報と組み合わせて考えれば、まず、間違いない」
二人を見ようともせず、勘定を済ませて店をあとにする。
「ちょっと待て、それは本当なのか?」
「ああ」
慌てて彼を追うように店から出てきた夏侯淵に対し、やはり彼女を見ずに答える伊邪那岐。
「なら、急ぎ本国の華琳様へ伝令を」
「無駄だ」
「無駄、とは?」
「今から伝令を早馬で出し、許昌に到着。それから急ぎ軍備を整えて、この地に来た時には全て終わっている。忘れたか、秋蘭。俺たちはこの村に来るまで、三日ほどかかっているのだぞ?」
彼女はそれ以上言葉を口にすることができない。彼が口にしていることは事実。それは、ゆらぎようがなく、変えようの無いもの。
軍備を整えるには、早急に準備をしたとしても半日以上かかる。隊の編成、兵糧の確保、そして、本陣の警備。作戦の立案にその他の雑務。どれ一つ疎かにすることができない。だからこそ、軍を動かすのであれば、入念な準備と、確実に得ることのできる報奨が必要になってくる。その二つともが不十分な状態で軍を動かしたところで、不利益しか産まず、最悪、総崩れになる可能性が高い。
「なら、ここで戦えばいいではないか」
「能無しに説明するのは疲れるのだが?」
「なんだとっ」
遅れて出てきた夏侯惇が、早速口をはさんでくるものの、彼はため息を付くだけ。
「春蘭、ここで戦うといったが、お前一人で何ができる?」
「一人ではない、秋蘭もいる」
「なら、二人で何ができる?」
「戦うことができる」
「その程度の腕で、よくもそこまで吠えられるものだ」
一瞬の出来事。
足を払われ、地面に腰を下ろす格好になってしまった夏侯惇。その喉元には、伊邪那岐の右手に握っている刀の切っ先。
「お前らが好き勝手に戦うのは結構。戦場で死ぬのも止めはせん。だが、巻き込まれた民たちはどうする。お前ら二人程度で、軍勢を相手に、村の人間たちを守りながら戦うことができるというのか。答えてみろ、二人共」
戦場で数とは力を意味する。
たとえ、一騎当千の力を持つ人材がいたとしても、数で押せば、犠牲を出す覚悟さえ持っていれば、打ち倒すことは容易い。そして、守りながら戦うということは、どれほど鍛え上げられた猛者であっても、不可能に近い。だからこそ、攻めと守りを分けて、部隊を編成することが重要。篭城戦のように、すでに、陣地を形成できているのであれば、この状態は当てはまらないが、ここは農村。武装している村人が多少戦力として数えることができたとしても、地の利、数の利を覆すことは非常に困難。
「一騎当千、バカバカしい。千の兵力に値するとしても、所詮は一人。それが二人程度で、どうやって戦う。どうやって勝利を収める。人質を取られたとき、見捨てることができるか? 親しき者の屍を無視できるか? 一時の感情を優先して戦うやつのことを、どう呼ぶか教えてやる。自殺志願者だ」
二人は言い返すことができずに彼の言葉に打ちのめされてしまう。楽天的な考えを持つ夏侯惇でさえも、彼の言葉を打ち返す言葉が出てこない。それほどまでに、現在の状況は切迫している。
「それでも、私は」
「何か、手は、ないのか?」
懇願するような声を上げる夏侯姉妹。そんな二人に対し、彼は刀を鞘へと収め、きっぱりと言い放つ。
「そんな都合のいい手段があれば、策士や軍師は必要ない」
多勢に無勢。それを覆すのが策であり罠であり、兵法。だが、それをもってしても覆すことのできない戦があるのが現実。
「なら、軍があればいいのね?」
緊迫した空気を打ち破ったのは、曹仁の声。ただ、その姿が伊邪那岐の視界に収まると同時に、足が震えてしまっている。
「私は、華琳のために、五千の兵たちを連れてこの地に来ているわ。袁紹の軍がどれほどの兵力を有しているかは、わからないけど、足止めぐらいには使えるはずよ」
「なら、頑張ることだ」
曹仁を視界から追い出し、背を向けて歩き始める伊邪那岐。
「ちょっと、どういうことよ。兵力があればいいんじゃないの?」
「ああ。だから止めはしない。せいぜい頑張れ」
食い下がる曹仁を、振り返ることもせず手を振って去ろうとする伊邪那岐だったが、その場で何を思い出したのか、言葉を口にする。
「軍を賊に偽装し、領地付近を攻める。これは、以前、俺が使ったことのある策だ。そして、そのことを知っていて、なおかつ、実行できるやつを俺は一人だけ知っている」
その言葉を聞いて、生唾を飲み込む三人。
「それは、誰なのだ?」
「剣の一族、序列二位、凶星。末席である序列十位の俺にすら、こうも簡単にあしらわれるお前たちでは、何度生まれ変わったとしても、死ぬ結末を変えることができない。そういう女だ」
ちなみに、天照は序列五位。月読は序列九位です。