第十九幕
前回のあらすじ
三人とお食事に出かけた主人公
「なるほどな。大体の事情は理解できた」
三人を伴い食事に出かけた伊邪那岐は、箸を置く。食事代よりも有益な情報を頭の中で整理しながら、このあと、自分がどう動くべきかを思案し始める。
「それにしても、士官したいと言っていたが、そんな人間が、こんな場所で商売していて良かったのか?」
彼が聞いた話によれば、目の前で皿を積み重ねていく三人の女性は、曹操への士官を願っており、都へと向かう途中らしい。
「その、恥ずかしい話、路銀が、尽きてしまいまして」
楽進と名乗った、銀髪に、体中傷だらけの女性は、頬を赤らめながら、そう口にする。ただ、彼女の顔に赤が差しているのは、恥ずかしさだけでなく、料理に大量に加えた香辛料のせいもあるだろう。
「この国をよりよくするために、うちの発明を役立てたいんよ」
李典と名乗った両手に箸を持ち、行儀の悪いことこの上ない状態で、胸を張る。
「二人共、行儀が悪いのぉ」
于禁と名乗ったメガネをかけた女性が、二人を注意するものの、デザートの杏仁豆腐を小脇に抱えながらでは、説得力のかけらもありはしない。
「なにやら楽しそうだな、伊邪那岐」
「そう見えるか?」
「伊邪那岐、貴様、荷物持ちもせずにどこで遊んでいたのだっ」
「俺は荷物持ちに来た覚えなど、毛頭ない」
いい加減、目の前の女性たちの胃袋が底なしすぎて、気持ち悪くなってきた彼に声をかけてきたのは、この村に来てすぐに別れた夏侯惇、夏侯淵の姉妹。二人共食事を取りに来たのだろう、彼の両隣に腰を下ろし、料理を注文し始める。
「「「えっ?」」」
その様子を見て、三人が三人同時に同じように声を上げ、動きを止める。
「どうかしたのか?」
「どうかしたのじゃないの」
「どうかしたじゃありません」
「どうかした、やあらへん」
気になって声をかけた伊邪那岐だったが、三人に同時に言い返されてしまっては、さすがの彼も黙するしかない。
「どうしてこんなところに、夏侯惇将軍に夏侯淵将軍がいらっしゃるのですか?」
「って、お兄さん、二人と知り合いなのぉ?」
「あんさん、これがどういうことか、説明してくれるんやろね?」
質問の嵐。
早速、注文した料理に箸をつけた夏侯惇と違い、夏侯淵は、どう説明したものか、頬を軽くかき、視線を伊邪那岐へと向ける。
「こいつら、有名人なのか?」
「有名人なんてものじゃありません。曹操様の軍の中核、お二人を知らない人間など、この国にはいないでしょう」
楽進の言葉を受け、両隣を見た彼だったが、次に出てきたのは言葉ではなく、ため息。
「知らぬが仏とは、昔の人間はいい言葉を残したな」
「伊邪那岐、それはどういう意味だ?」
「こっちの質問に答えてなのぉ」
食事をしながら言葉を口にする夏侯惇。そんな彼女に、どうやってわかるように説明するか考えようとしたところ、于禁からの避難の声が上がってくる。
「順番にこたよう。一つ目、こいつらがこの場所にいるのは、視察の命を曹操より受けたから。もっとも、仕事そっちのけで買い物に出かけたがな。二つ目、俺も一時的に曹操に仕えているから。以上だ」
質問に答えた彼だったが、その瞬間、嫌な予感がして、三人から顔を背ける。案の定、三人の瞳は輝きを増し、食事をやめて彼のことを凝視している。
「「「お願いが」」」
「みなまで言うな」
次の言葉が瞬時に予測できたため、伊邪那岐は最後まで続けさせない。彼女たちの言いたいことや願いはわかる。だが、それを叶えようと動いてしまえば、彼自身、曹操に誘われているため、責任を取らされかねない。具体的に言えば、監督役という名目で、曹魏に留まれと。
「伊邪那岐、彼女たちは?」
「右から楽進、于禁、李典。三名とも、曹操に仕官したいのだそうだ」
無視してもよかったのだが、自己紹介もせずに同じテーブルで食事をしているのはいかがなものか。そう考えた彼は、問いかけてきた夏侯淵に対して、簡単な説明だけを口にして、懐から取り出した筆を右手で回し始める。
「なるほど、ならば、仕えれば良いではないか」
「だからお前は阿呆だというのだ」
彼の言葉を聞いていたのだろう。深く考えることもせずに、自分の思ったことをそのまま口にする夏侯惇。そんな彼女の言葉を一蹴し、彼は筆を回し続ける。
「ああ、そうか。そういうことか」
考えをまとめ終えた伊邪那岐は、筆をしまい、言葉を口にしようとする。だが、そんな彼の視界に入ってきたのは、
「春蘭、秋蘭、遅いでのはなくって?」
顔立ちだけでなく髪型も曹操に似ている女性。違うところがあるとすれば、その身長と胸の大きさだけだろう。小柄な曹操と違い、目の前の女性は発育が良い。
「「失礼しました、理琳様」」
異口同音に告げ、席から立ち上がって頭を垂れる夏侯惇と夏侯淵。
「まぁ、いいわ。それほど切迫した事態でもないし。でも、へぇ、これが華琳のお気に入りなのかしら?」
移動し、伊邪那岐を舐めまわすような視線を向けてくるビック曹操。
「秋蘭、コイツは誰だ?」
「この方は、華琳様の双子の妹君、理琳様だ」
「妹、姉の間違いではなく?」
「そのことを華琳様の目の前で口にしてみろ。首を刎ねられるぞ」
小声で会話する二人。そんな彼らを見据えながら、
「自己紹介がまだだったわね。私は曹仁、華琳の双子の妹よ」
曹操とは違い、年相応に実った胸を張る曹仁。その彼女は、何かを待っているように、視線を向けてくるが、伊邪那岐はあえてそれを無視。
「名ぐらい、名乗るのが礼儀ではなくって?」
曹仁は額をヒクつかせながらも、笑みを崩すことなく言葉を口にする。それすらも無視して、伊邪那岐は先程まで考えていたことをまとめるべく、瞳を閉じる。その様子を、落ち着かない様子で見ている三人と、顔色を徐々に悪化させていく夏侯惇、夏侯淵の二人。
「あなた、私を馬鹿にしていますわね」
曹仁は、我慢の限界だと言わんばかりに大声を上げる。そんな彼女に対し、考えをまとめ終えた伊邪那岐は、ため息をつき、
「確かに、秋蘭の言うとおり、妹のようだ。我慢が足りていない。体は成長したものの、頭は成長しなかったらしい」
曹仁に対しての罵倒を口にして、席を立つ。
「なんですって?」
「言葉通りの意味だ。華琳であれば、このような場所に護衛の一人も連れずに、現れたりはしない」
ヒステリックに声を上げる曹仁の、目の前に移動した伊邪那岐は、冷めた視線を向けながら、言葉を口にする。
「俺は、お前のような奴に名乗る程、安い名を持ち合わせてはいない。加えて言うなら、俺は曹操個人に仕えているわけであって、あいつの親類にまで敬意を払うつもりなど、最初から、ない」
ストレスが結構たまってる主人公