第十六幕
前回のあらすじ
追っての二人と戦闘を繰り広げた主人公
一転して、不利な立場から相手の命を手中へと収めた伊邪那岐。その言葉を受け、二人は、己の敗北を認めて、刃を手放す。
それを確認してから、体を起こした伊邪那岐は、刃を捨て、自分に対して頭を下げたままの人物を睥睨する。
「いつまで、頭を下げているつもりだ、お前ら?」
身だしなみを整えた伊邪那岐だったが、その間も、目の前のふたりは一切動いていない。否、動くことを良しとしていない。
「これは、あなた様を試そうとした己への罰。忠誠を誓った身でありながら、主に刃を向ける愚行。誰が、許そうとも、私自身が許せませぬ」
「僕も、同じ気持ちです」
頭を垂れたまま、口にする女性と少年。
「ならば、俺が許す。面を上げろ。話しづらい」
ため息一つ。二人が頭をいつまでも上げないので、命令を下すことで、強引に視線を地面から自分へと向けさせる。
「天照に月読。お前たちには聞きたいことがやまほどある。ただ、今は忙しい。だから、この場ではひとつだけ、聞いておく。お前らは、俺の敵か、否か」
彼は腕を組み、獲物に手をかけることなく、二人の反応を待つ。
「「否。我らは、あなた様の忠実なる下僕にございます」」
異口同音。あらかじめ打ち合わせをしていたわけでもないのに、二人の声はピッタリと揃い、言葉を発し終わるのと同時に、片膝をつき、伊邪那岐に対して臣下の礼をしていた。
「わかった。ならば、俺について来い。給金を出せるかどうかはわからんが、それでも良いというのなら」
「「是非もなし」」
「堅苦しいやつらだな、まったく」
二人の表情に喜びが差したことを確認してため息をつく。
「あら、それは、何かしら?」
「首級はあげたのか?」
「それよりも、有用な使い方を思いついたから。今回は、勘弁してあげたわ」
ひと仕事終え、戻ってきた曹操。彼女の表情を見る限り、今回の戦果は上々といったところだろう。
「それで、先ほどの質問には答えてくれるのかしら?」
「こいつらは、俺の部下で、名は、天照、月読。はるばる故郷から、俺を慕って追いかけてきたらしい」
「へぇ」
伊邪那岐が紹介した二人を舐めまわすようにして、見定める曹操。
二人の外見を述べるのなら、天照は和服を纏い、豊満な胸をサラシできつく締め、腰にひと振りの短刀を差している麗人。月読は、同じく和服を身にまとっているものの、身長が伊邪那岐よりも低く、どこか小動物を連想させる。
「なかなか、美味しそうね、二人共」
「煮ても焼いても食えそうには、思えんが?」
「そう言う意味での食べるではないのだけれど。まぁ、いいわ。さて、伊邪那岐、私たちは、ここからどうやって帰るのかしら?」
笑ってはいるものの、曹操の瞳は決して笑っていない。そもそも、龍でこの地まで来て、その龍も今はどこにもいない。連れてきた兵たちも、今は別の場所に残してきている。帰る手段が、見当たらないのだ。
「ああ、そのことか。ならば、案ずることはない。見よ」
彼が指さす先には土煙が上がっている。そして、それが示すのは大量の馬がこちらへ向かっているということ。事実、彼女の瞳にも、兵たちが掲げている曹の文字が染め抜かれた旗が、飛び込んできた。
「あらかじめ、出立するとき、郭嘉に、二刻後、迎えに来るよう、指示を飛ばしておいた。戦利品を運ぶにも、帰りの馬を用意するにも、そのほうが楽だからな」
「勝手に指示を出したと?」
「当然だ。それとも、お前は、俺の策に乗るだけでなく、兵に対して別の指示でも出していたというのか?」
咎める曹操に対して、一切悪びれる事無く口にする伊邪那岐。
「本当に食えない男ね、あなた」
「だったら、手放すか?」
「誰がそんなつまらないことをするもんですか」
軽口を叩き合う二人だったが、兵たちが到着するのと同時に顔を引き締める。
「華琳様、ご無事ですか」
「伊邪那岐~、怪我さ、してねぇだかぁ」
他の兵たちよりもいち早く、駆けつけてきたのは夏侯淵と火具土の二人。それすなわち、この場において最も、心配していた人間にほかならない。
「天照に月読。おめぇら、どうしてここにいるだ?」
「二人共、お前同様、俺を探しておったそうだ」
二人に説明させれば、先ほどの戦闘についても話さなければならなくなる。彼を心配させたくない伊邪那岐は、先じて納得できる理由を口にして、それ以上の追求を避ける方法を取った。
「そっかぁ。やっぱり、伊邪那岐は、おらだけじゃなくって、みんなに慕われてたんだなぁ」
「それは、どうだろうな」
夜刀と孫呉で刃を交えている彼としては、素直に火具土の言葉を受け取ることができない。そして、それよりも先に、伊邪那岐は、伝えるべきことを火具土に伝え、頼まなくてはならない。ほかならぬ彼に。
「それよりも、火具土。そろそろ、限界だ。俺の、体を、たの」
最後まで言い切ることができず、彼の体は支えを失い、地面へと引き寄せられていく。それを、地面につくよりも先に抱きとめたのは、意識を失う直前まで彼と会話をしていた火具土。
「伊邪那岐は、どうかしたの?」
「龍を長時間出し続けた反動だぁ。あれは、かなり体力を使うって、昔、話してくれたの、おら、覚えてるだぁ」
声をかけてきた曹操に、事態を説明した火具土だったが、彼女が近づいてくるなり、伊邪那岐を抱えたまま、距離を取る。
「近寄るでねぇ。伊邪那岐が、お前ぇさん達を信用してないのと、同じくらい、おらは、お前ぇさん達を信用してねぇ。それに、おらは、伊邪那岐に任されただ。滅多に、自分の弱さを見せねぇ、伊邪那岐が、おらを頼っただ。おらは、その信頼に答える」
「そう、なら、伊邪那岐はあなたに任せるわ」
「おう、任せるだぁ」
そっけなく口にしたものの、内心、曹操は火具土に対しての嫉妬を隠しきれずにいた。
龍の上での会話。
伊邪那岐は、基本的に、他人を信用していない。それは、彼の過去の話を聞いた上での判断。だが、目の前にいる大男には、無防備な状態で体を預け、安らかな寝息まで立てている始末。面白いと思える方が、どうかしている。
「私と、何が違うのかしら?」
「なにか、おっしゃいましたか、華琳様?」
「いえ、何も。それよりも、早く、私たちの魏に帰りましょう。髪に砂がまとわりついて、気持ち悪いわ」
やっぱり、曹操さんも、人の子で、女の子でしたとさ