第十三幕
前回のあらすじ
孫策、周瑜と別れ、曹操の軍師となった主人公
一刻後、自身の用意された天幕から本陣に、火具土を伴い、戻ってきた伊邪那岐。その場所には、先程紹介を受けた者たちすべてが顔を揃えて、彼が来る時を待っていた。
「さて、伊邪那岐、話してもらいましょうか。とっておきの策とやらを」
期待に満ち満ちた曹操の声。それを受け、一歩進み出た伊邪那岐は、その場にいる全員に対して問いかける。
「そうだな。だが、その前に、ひとつ、聞いておきたいことがある」
「なにかしら?」
「人が、恐れるものとは、なんだと思う?」
それは、彼が口にするには凡庸すぎる言葉。何を言われるのかと、期待していた軍師の面々、そして、曹操も落胆を隠せずにいる。
「郭嘉、たとえば、お前は何が怖い?」
「私ですか、私は、そうですね、雷でしょうか」
「ならば、程イク、お前は何が怖い?」
「そうですね~、裏切りですかねぇ」
「荀彧は、何が恐ろしい?」
「私、私に怖いものなどないわ。ただ、虫が若干、苦手なだけで」
真意の見えない問答。それを続けながら、伊邪那岐の視線が曹操を射抜く。それは、俺の考えを読んでみろ。そう、あんに告げていた。
「夏侯惇、いや、お前に聞いてもあまり意味はないな。夏侯淵、お前は何が怖い?」
「ちょっと待て、なんで私を飛ばしたっ」
「馬鹿そうに見えたから。理由はそれだけで十分だろう。それで、夏侯淵、答えは?」
「私は、突撃してくる騎馬隊が怖いな」
彼女の答えを聞いて、伊邪那岐は、その場にいた面々を一瞥したあと、
「さて、この中に、俺の言いたい事が、わかったものはいるか。いたら挙手してくれ」
問いかけ、その手が誰からも上がらないことを確認して、大きくため息をつく。
「軍師と将では、恐るものの種類が違う。だが、その中にも共通するものが存在することを、お前らは理解できていないと見える」
全員の視線を受け、伊邪那岐は続ける。
「それは、未知の存在だ」
「ふん、何を言うかと思えば、私はそんなもの、怖くなどないぞ」
「だから、夏侯惇。お前は馬鹿だというのだ」
「なんだとっ」
抗議の声を上げる夏侯惇だったが、そんな彼女のことなど気にもとめず、
「今、その証拠を見せてやろう」
右手を天に向かって突き上げる。すると、本陣の幕が風に持って行かれ、頭上が空へと変わるはず。だが、それを見た瞬間、全員が全員、自分の目を疑った。気に留めていないのは、仕掛け人である伊邪那岐と、それを以前、見たことのある火具土の二人だけ。
「これは、一体、なんなの」
空に浮かぶは、無数の鱗。その巨大な体躯は、雷を纏い、白い姿が、輝いているようにも見える。やがて、その大きな顎に並ぶ牙を剥きながら、その存在は、伊邪那岐の右隣に頭を下ろす。それだけで、軍師たちは腰を抜かし、その場に座り込み、将は何とか自制を保っているものの、その足は震えてしまっている。
「龍、見たことがないだろう?」
そう、天を支配し、風を操り、雷を纏う巨大な姿、それは、正しく、龍と呼ぶにふさわしい神々しい存在。
「俺のとっておきの策とは、これに乗って、奴らの本陣に出向く。そして、中心人物の首を要求する」
両手を叩き合わせる伊邪那岐。その瞬間、夢泡沫のごとく、龍の姿が霧散する。
「圧倒的な力を見せつけ、戦意をくじき、戦わずして、相手の心を折る。これ以上の策を捻り出せるというのなら、俺に是非とも聞かせてくれ。今後の参考にする」
その言葉に異を唱えられるものなど誰がいよう。
伊邪那岐が口にしたのは、理想的すぎる勝利。そして、それを実行することができる手駒を既に用意している。この場に、どんな名軍師がいたとしても、現状の兵力、装備で、彼以上の戦果を確約できるものは、恐らく、いない。
「華琳」
「なに?」
「同行するものを、二名ほど選べ。俺とお前、そしてお前が選んだ二名で今回の戦を行う」
「四人で、万を超える軍勢に勝てるというの?」
「希望的観測ではない、勝つのだ」
その言葉を聞いて、曹操はしばし悩んで、声を張り上げる。
「春蘭、桂花、共に、来なさい」
「「はっ」」
彼女の声に対し、頭をたれて応じる二人の将と軍師。
「お兄さん、お兄さん、一つ聞きたいんですけど?」
「私も聞きたいことがあるのですが?」
「なんだ?」
士気が高まりつつある中、程イクと郭嘉が遠慮がちに手を挙げ、発言してきたので、彼は、先を促す。
「お兄さんは、何が怖いんですか?」
「あなたは、何が怖いのですか?」
「ああ、そんなことか」
気になってしょうがない、そんな表情を浮かべている二人に対し、伊邪那岐はつまらなそうに、口を開く。
「俺は、俺以外の人間が怖いよ」
ドラゴンってやつは、ファンタジーの王道だと思う