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恋姫異聞録~Blade Storm~  作者: PON
最終章 少年の描いた世界
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第百十九幕 夜の終り、明日の始まり2

前回のあらすじ

とんでもないものを自分の獲物として作り上げた主人公

 神滅人刀天羽々斬剣。

 外見はなんの変哲もない刀。だが、この刀に秘められている力は彼自身理解していないが真龍刀どころか神が手にする武器すら凌駕している。暴力の無力化。彼が口にした通り、力は神通力であろうと膂力であろうと突き詰めていけば暴力という根源へと行き着く。極めつけに彼が暴力と認識すればという点。彼の認識次第で斬れないものはなくなってしまう。人を斬る目的を持っていない為、この刀に刃はない。その代わり形があろうとなかろうと認識することで断ち切ることができる。


「火具土、頼む」


「任せろっ」


 伊邪那岐が声を大にして叫べば、彼の親友である火具土がすぐさま現れる。言葉を必要以上に発しなくても相手の考えや望むことがわかるのは長い歳月を共に過ごしてきた二人だからこそ。


 火具土へと疾走を開始した彼は触れるか触れないかの位置で上空へと跳躍。彼が落下してきたことを確認して火具土は大槌を全力で振り抜く。そして、大槌へと着地した彼はそのまま自身の脚力と火具土の膂力を加えた速度で九頭竜の迎撃をいとも簡単に掻い潜って信長と同じように九頭竜に着地する。


 圧倒的な戦力を有していた信長は彼の体を手に入れた時点でこの大陸を掌握するという勝利を確信していた。運命が信長を認めることを拒んだとしても自分には神の力と星獣という全てを蹂躙するには十分すぎる力がある。どこかで計算が狂ったわけではない。勝利は手を伸ばせばすぐそばに存在している。それなのに掴めない。目の前に存在していることが蜃気楼のように掴めずにその姿を見せ続けるだけ。


「ようやく同じ高さに立てたか。まったく、人は見下ろすものでも見上げるものでもないというのに。随分と向かい合うだけで時間を使ったものだ」


 軽く肩を鳴らして伊邪那岐は刀を背中に担ぐ。

 平静を装っているわけではない。かと言って恐怖を感じていないわけではない。同じ神の力を有する者同士、天秤はどちらに転んだところで不思議ではない。それなのに目の前の男は近寄ってくる。疾走して距離を一気に詰めるわけでもなく、一歩ずつ確実に近づいてくる。だからこそ長い間忘れ去っていたはずの恐怖を感じてしまう。


 信長が恐怖を知らないわけではない。何度も身内や臣下に命を狙われた彼の命に対する執着は並大抵のものではない。でなければ転生するという考えも思いつくはずがない。なのに、目の前の男から感じる恐怖は質が違う。命を狙われる恐怖でもなければ途方もない才能に対する恐怖でもない。受け入れられてしまう恐怖だ。


 受け入れるということは許容するということ。だが、罪を許容するのでも存在を許容するのでもそれは想像を絶する苦しみを伴う。許容して認めるということは許すことが前提となってくる。受け入れる相手の罪や存在を、自分自身を許さなくてはならない。自分の大切な人間が傷つけられても受け入れ、自分の嫉妬心を捨て去ってその存在を許してこそ許容するという行為は可能になる。


 だからこそ信長は恐怖する。受け入れられないからこそ人は嫉妬したり努力したり、自分を自分の力で成長させていく。ありのままの存在を許容できる存在などいない。聖者であろうと化けの皮を剥がせば我が身可愛さに拒絶を選択する。それなのに目の前の存在は信長の存在を許容している。傷を知らないものでも裏切りを知らぬものでも罪を知らぬ者でも罰を知らぬ者でもないというのに受け入れてしまっている。理解できない。


「信長、お前には感謝してもしきれん。お前という存在のおかげでこの大陸の人間は方向がバラバラだった意思を一つの方向にまとめることができた」


 彼の言葉を信長は理解できない。そもそも信長は彼の目的を知り得ていないのだから。そのことを差し引いたとしても自分の運命を作り上げ、挙句に体まで奪っていった相手に対して頭を下げて感謝する人間にであったことなどない。


「俺は、貴様らを作った人間だぞ? 憎しみはないのか」


「作った人間? 細かい事情は知らんが、人間が人間を作って何が悪いというのだ? もとより人はすべて父と母によって作られたものだ。生まれる過程が違っていようが作られた存在には違いあるまい?」


「俺は貴様の体を奪ったのだぞ?」


「そのことに関して言うなら、正直どうでもいい。始光の話では、俺は生まれてすぐにその体から魂を別の体に入れ替えられたそうだからな。今の俺の体を奪うというのなら別だが、その肉体には未練も執着もない」


 彼の言葉に嘘はない。彼は運命を作り上げられ、死という終止符を打たれるためだけに育ってきたというのに。彼の心にはそれすら瑣末なものでしかない。始光と会話していた時の彼であれば別の解釈をしていただろうが今は違う。彼は銀の願いと関羽の言葉によって過去から解き放たれている。自分を許すという人間が最も簡単にできる心を手にいれている。


「だがな、信長。それだけは別だ。お前に会った時に最初に口にしてやろうと思っていた言葉をようやく口に出せる。お前、誰に断ってそれを手にしている?」


 空いた左手で彼が指さした先には信長が握っている真龍刀、伊邪那岐伊佐那海が存在している。外見が変わっていたとしても契約していた彼には理解できる。あれは自分の真龍刀であるということが。


「それは俺のものだ。俺が手に入れたものだ。どこの誰が相手だろうと譲るつもりはなし、掠め取っていくのであれば命を賭けろ。俺は、俺から奪っていく存在だけには寛容になるつもりがない」


 突き刺さってきたのは彼の言葉ではなく放たれた殺気の方。信長は知らないが彼は過去に何度か口にしているように独占欲が強い。手に入れなかったことが多かったからか、それ以外に原因があるのかは定かではないが、独占欲だけで言うのであれば鈿女以上に彼は強いのである。


 誰もが信長の存在を認めていなかったが伊邪那岐は違う。信長の存在を認めた上で自分の真龍刀を所持していることに関して憤りを感じている。それがどれほど稀有な才能であるか、彼自身どころか他の物たちでさえ理解していない。順応性、適応性と言いかえてもいいが彼以上の適性を持っている人間は少ないだろう。


「そういうわけで、返してもらう」


 歩を進めてくる伊邪那岐、距離をどうにかして取ろうとする信長。

 単純に考えれば信長は彼が九頭竜に到達した時点で敗北している。信長は乱世を生き抜いた人間ではあるが武将ではなく軍を率いる者。純粋な戦闘であれば彼本来の肉体を手にしたとしても信長の脳は彼の肉体を完全な意味で制御下に置いていない。神の魂と力を内包した魂を収める器なだけあって彼本来の肉体は剣の一族の誰もが到達し得ない次元に到達している代物。手に入れたからといってすぐに支配下におけるようなものではない。


 対して伊邪那岐は軍師という役職で己の実力を隠し続けた闘争者。加えて肉体は彼の魂の力に耐え切れず、彼が本来の力を発揮しようと肉体を行使すれば自壊してしまう始末。そこに聖獣である白虎から譲り受けた肉体が加わった。聖獣の肉体であれば彼が本来の力を十二分に発揮したとしても耐え切れる。自壊することがない。


「だがまぁ、拾ってくれた恩義もある。問答無用で切り捨てるのはいささか忍びない。だから、一度だけ機会をくれてやる。お前が自分の意志で俺にそいつを返すのであれば此度の事は不問としよう」


 馬鹿げているとしか思えない伊邪那岐の言葉。それが虚言であれば信長もここまで動揺することもなかっただろう。伊邪那岐は本心から口にしている。真龍刀を自分に返すのであれば暴虐の限りを尽くした自分でさえも許すと。恐ろしいと感じないはずがない。目の前にいるのは人の形をした別の何か。そうでなければおかしい。そうでなければ辻褄が合わない。こんな人間はいてはいけない。


 逃げるのではなく、目の前の恐怖を斬り捨てる。恐怖からか闘争本能からか、どちらか判断はつかないものの信長は伊邪那岐へと向かっていく。その様を見て彼はつまらなそうにため息をつき、


「武士として褒めるべきか、愚者として貶めるべきか。どちらにせよ、お前は俺の知る信長ではないらしいな。俺の知る信長は、悪を成そうとも信念がある限り決して揺るがぬ。俺が目指した信長おうは貴様ではない」


 刀を閃かせる。

 殺戮技巧、弐の座、閃月つき

 三日月を真似るような動作で相手の刃を受け流して懐に入り、相手が死に体となったところで体を回転させて相手の首、もしくは背骨を切断する攻防一体の技。


 伊邪那岐が手にしている刀が人を斬れない刀であったところで関係ない。彼の斬撃速度は既に音速の域に達している。刃で斬らずとも刃が発生させる真空の刃で相手を切り捨てることは十分可能なのだ。


 落ちる信長の首。噴出する生暖かい血液に濡れながらも彼は信長の手から自分の真龍刀を奪い返し、


「さて、最後の問題をどうやって片付けたらいいものやら」


 つまらなそうに口にするのであった。




意外にあっけなかった信長さん。

ちなみに殺戮技巧の座は一から順番に鉄槌、閃月、水穿、渦潮、本編で使わなかった石動、破砕、大蟹、飛燕の八個揃ったことにしてください

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