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恋姫異聞録~Blade Storm~  作者: PON
最終章 少年の描いた世界
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第百十四幕

前回のあらすじ

主人公不在のまま開始された戦争

「ならば我に挑んでくるがいい。神に挑むことの愚かさをその身に存分に刻み込んでから、我が軍門に下るか死を選ぶか決めるがいい」


 言葉とともに立ち上がった信長が真龍刀を振るう。すると、彼の背後に巨大な門が出現する。髑髏に寄って作り上げられた門は音を立てながら少しずつ開き、隙間から我先にと亡者たちが溢れ出してくる。


「これこそが我が力。死者すら我が意のままに操る神の力。すでに死した者たちを殺せるというのであれば我が元までたどり着いてみるがいい」


 伊邪那岐とは光を意味し、生み出す力を有している神の名。

 伊佐那海とは闇を意味し、支配する力を有している神の名。

 九頭竜を従えた信長はそれだけでは飽き足らず、伊邪那岐伊佐那海の力も行使することができる。彼が行使したのは伊佐那海の力。冥府と現世を隔てる門を強引に開き、そこから漏れ出してくる亡者たちを全て自身の配下として扱うことができる。


 これにより、数の利があったはずの大陸の人間たちは再び恐怖を感じてしまう。自分たちが挑もうとしているのは神。人が挑むにはあまりにも無謀でしかない存在。最初は威勢のよかった者たちも次々と現れる亡者に挑むが、彼らには死が存在しない。手足を欠損しようが首を切り落とされようと動くことをやめず、その勢いを増していく。


「くそっ、数が多すぎる」


「泣き言を口にするでないわっ」


 亡者に押され気味の魏延を叱咤する厳顔だったが、既に彼女の体力も底をつき始めている。無理もないのだ。信長は途中参戦、亡者たちは疲れを知らない。それと比べて彼女たちは先程まで戦っていたのだ。彼女たちの体力が有限である限り、勝ちの目は見えてこない。


「焔耶ちゃん、桔梗さん。一旦引いてください、ここは私が抑えます」


「「桃香様っ」」


 一瞬の油断が即座に死につながる場所で二人は、彼女たちがついてきた主の背中を見る。過去、彼女たちは劉備を自分たちのエゴで担ぎ上げ、彼女の心に消えない傷を残している。ともに傷つくことも共に成長することもできなかった無念。それが今はどうだろう。恐怖を乗り越えて自分達を救う為に己を刃としたではないか。


「桃香様だけにカッコいいところは渡せませんよ」


「そうじゃな。そんなことをすれば亡きお館様に怒鳴られてしまうわい」


 劉備の背中を守るようにそれぞれの獲物を構えなおす二人。背中を預けながら主と共に戦うことなど、過去の彼女たちは実践することはおろか考えつくこともなかった。恐怖がないといえば嘘になる。だが、その恐怖は自分が傷つくことの恐怖ではない。自分たちの守りたいものを守れない恐怖。伊邪那岐がいつも抱えていた恐怖と同じもの。


『王としての境地に辿り着きし者よ。己の願いを胸に我が名を口にせよ。さすれば、我がお前に力をくれてやる』


 そんな時、劉備の身に着けている髪飾りが淡い光を放ち始める。同時に響いてきたのは優しげな声。誰かと彼女は問うことをしない。彼女はこの声の主をこの大陸に生を受けた時から知っているのだから。


「我が名は劉備。私は私の大切な人達を守りたい。あの人みたいに、誰ひとり失いたくないと願う。だから、私に守るための力を貸して『麒麟』」


『心得た』


 突如として視界を焼く緑色の光。その光を恐れているのか、亡者たちは彼女たちから距離を取るように後退していく。


「「えっ?」」


 空中にいきなり出現したのは光をまとった一頭の巨大な白馬。あまりに突然だったために魏延と厳顔の二人は間抜けな声を揃ってあげてしまう。


『我が名は麒麟。劉備の魂に刻まれし、この大陸を守るための力なり』


◆◆◆◆◆◆◆◆


「華琳様、お下がりください」


「さがれるわけがないでしょっ。春蘭、秋蘭、私について来なさい」


「「仰せのままに」」


 一方で戦場の右翼を買って出た曹操は自ら先陣を切り開いていく。

 王たる存在が先陣を切っていくことで将兵たちの恐怖に屈する心を叱咤し、その背中を見せることで勇気を与える。その姿は彼女が心から愛した一人の男性の姿に重なる。自分が傷つくことを恐れず、大切なものを守るために傷を負う。中央で指揮をとっているだけでは決して見ることのできない風景。


「まったく、勇猛果敢と蛮勇は似て非なるものだと教えたはずだというのに。あなたを変えてしまったのは一体どこのどなたさんなのかしらね?」


「お母様っ!」


「「曹嵩様っ」」


 亡者の群れへと突き進む曹操の背後から放たれた矢が、亡者たちの頭蓋に突き刺さって砕いていく。その弓の冴えは名手と謳われる夏侯淵すら及ばない。


「王たるものが自ら死地に飛び込むなど愚の骨頂。かつての私であれば、華琳ちゃんをそうやって怒ったはずなのですけど、どうやら私も変えられてしまったみたいですね。華琳ちゃんの大切な人に」


 笑みを浮かべながら彼女は自分の娘と轡を並べる。守りたいと願う人がいて、自分に守る力があるのならば戦場に立たない理由はない。隠居を決め込んでいた彼女に対して、伊邪那岐は感情を言葉にしてぶつけてきた。


「己の成し得なかったことを自分の子供に託すことは悪いことではない。だが、全て丸投げするのは押しつけでしかない。お前が本当に自分の娘を信じるのであれば、見守るだけでなく背中ぐらいは守ってやれ。母親とはそういう存在なのだろう?」


 王として彼女は自分の愛娘を恥ずかしくないように育ててきたつもりだった。だが、それは彼女が願っただけのことであり、そこに曹操の意思は存在していなかった。自分の敷いた道を振り返ることなく進んでいく娘。自分がそうであったように何度も躓くことも止まってしまうこともあっただろう。そんな中で曹操は出会ったのだろう。自分の背中を押し、間違ったことがあれば叱ってくれる。背中に続くのではなく隣に立ってくれる大切な存在に。


「娘たちよ、背中は母が引き受けます。あなたたちは己の信じる道を突き進みなさい」


 母の声を受け、曹操は腹心である夏侯姉妹を伴って戦場を疾走する。


『王として境地へと辿り着きし者よ、我は待っていた。貴公の心に信頼の心が芽生えるそのときを。今なら我が力を託せる。己の譲れぬ願いを言葉とし、我が名を口にするがいい』


 光を放ち始める髪飾り。今はこの場所にいない愛すべき男の形見に背中を押されるように彼女は言葉を口にする。


「我が名は曹操。この大陸に生きる者の未来を切り開くために己を刃とする者なり。この大陸に生まれし者の明日を守るために力を貸しなさい『朱雀』」


『是非もない』


 髪飾りから溢れ出てきた赤い光は彼女たちの戦意を増長するように炎のように燃え上がり、空中にその姿を形成していく。


『我が名は朱雀。曹操の魂に刻まれし、この大陸の明日を守る翼なり』


◆◆◆◆◆◆◆◆


 信長の言葉は確実に孫策の心を蝕んでいた。自分が悪いのではなく、悪いのは自分を認めてくれない世界の方。


「雪蓮、あなたはここで何をしているの?」


「冥淋」


 呆然とした表情で声の聞こえた方へと首を動かしてみれば、そこには自分をずっと支え続けてくれた親友の姿が映る。でも、それももはやどうでもいいこと。彼女は心を閉ざしてしまう。今になってようやく気付いた。自分がやっていたことは目の前の怪物を率いる暴君と同じこと。それなのに、彼女はやり直す方法を知らない。


「皆が皆、この大陸のあすを守るために立ち上がっているというのに。あなたはここで何をしているの?」


「もう、ほっといてよ」


 答えの見えない暗黒。自分がここまで弱い存在だなんて認識したことは一度たりともなかった。今になってようやくわかる。力なき者たちが抱えていた羨望、絶望。負の感情が一気に彼女の心を押しつぶそうと襲いかかってくる。


「立ちなさいっ、孫策伯符」


 声と共に左頬に強い衝撃を受けて孫策の意識は強制的に覚醒させられる。目の前にいるのは自分の妹である孫権。その瞳には烈火の如き怒りを秘め、孫策を睨みつけている。


「私の知っている雪蓮姉さまは、いつだって壁を越えるのではなく壊して進んできた。自分の心を偽ることなく進んでいた。私の知っている孫策伯符は、こんな場所で膝を屈してしまう弱い存在では断じてないっ」


 言い放つ孫権。その姿が今の彼女には眩しく映る。

 目の前にいる妹は、自分よりもはるかに強い存在となっていた。諦めを知り、挫折を知り、己の限界を知ってなお足掻く。弱い者たちの気持ちがわかる王。恐怖を覚えながら自分の心を叱咤できる。それに比べて今の自分がどれほど情けないかも。


『王としての境地に辿り着きし者よ。我はずっと待っていた。諦めを己の糧に変え、挫折を超える勇気を持つことを。今のあなたなら我が力を振るうにふさわしい。恐怖を自分の一歩に変えて我が名を紡げ』


 振り返ることなく背中を向けてかけていく孫権の髪飾りが光を放つ。

 彼女は強くない。でも、強くなりたいと願い、自分の力はこんなものではないと努力をし続けた。それが誰もが才能と呼ぶことを知らないうちに。


「我が名は孫権。恐怖をその身に抱えながらも明日を切り開くために、勇気という名の一歩を踏み出す者なり。あの人の背中を見続ける日々はもう終わり。私は、私自身で自分の道を作る。そのための力を私に貸して『青龍』」


『長かった』


 蒼き光りが風と共に吹き荒れ、彼女の進む道を作り上げるように空中で雄々しき姿を形成していく。


『我が名は青龍。孫権の魂に刻まれし、この大陸の先を切り拓く刃なり』


◆◆◆◆◆◆◆◆


「蓮華」


 孫策の視界に映るのは蒼き龍を従えて亡者へと挑んでいく妹の後ろ姿。決して見る事はないと思っていた妹の後ろ姿を今の彼女は見つめている。それが、自分を妹が超えていったという事実とともに。


「旦那様が言っていたわ。王にふさわしいのは私やあなたなんかじゃなく蓮華様の方だと」


「伊邪那岐が?」


「ええ。それと同時に、一からやり直す覚悟を持てたのであれば私もあなたも王になることはできると」


 思い返してみれば彼女は自分の力で世界を変えてきたわけではない。いつだって母の背中を追って、親友に手を引いてもらって前へと進んできた。一から始めたことはない。全てを捨ててやり直したこともない。


「蓮華は、自分の力で立ち上がったのよね」


 独白のようにつぶやき、彼女の心は締め付けられる。妹は自分を信じ、戦地に飛び込んでいったというのに自分は足が震えて動けない。こんな恐怖と戦ったことなんて一度もない。だが、ここで恐怖から逃げてしまえばもう二度と戦うために刃を振るうことは出来ないだろう。


「雪蓮。私もね、あなたと同じように怖いの」


「冥淋?」


「私はひとりで全てを抱え込もうとして失敗した。あなたはひとりで進みすぎて失敗した」


 言葉と同時に差し出される周瑜の右手。


「失敗した者同士、一緒にやり直してみましょう? 二人揃わないと半人前でしかない私たちだけれど」


「学ばなきゃならないことは山積みで、乗り越えなきゃならない壁もまた同じ。でも、きっと二人だったら」


 力強く周瑜の手を握り返して孫策は立ち上がる。


『王としての境地に辿り着きし者よ。私の願いはようやく成就した。己の未熟さに気づき、自分の弱さを知ることのできたあなたたちであれば私の声が聞こえるはず。今こそ、私の力をあなたたちに与えましょう』


 周瑜の胸で輝きを放つ髪飾り。それを二人はしっかりと握りしめて同時に口にする。


「「我らは同じ志を持つものなり。この大陸に住まうすべての者たちと語り合うために今こそ汝の力を貸して欲しい『玄武』」」


『授けましょう』


 紫の光りが拡散したかと思えば長江の水が形を形成していく。亀と蛇。二つの心を力を一つに束ねた聖獣がその姿を現す。


『私の名は玄武。孫策、周瑜両名の魂に刻まれし、この大陸を守る楯なり』



あれ?白虎はどこに行ったの?

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