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恋姫異聞録~Blade Storm~  作者: PON
最終章 少年の描いた世界
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第百十一幕

前回のあらすじ

自分が一番じゃないと気がすまない人物登場!!

 目の前に現れたのは剣の一族の一人であり、この場にいる者たちに多大な影響を与えた人物が片時も忘れることのなかった女性。だが、この場にいる者たちの中には彼女の葬儀に立ち会った者もいる。にわかには信じがたい話。


「まぁ、いきなり現れて死んだはずの人間の名前を口にされたら誰だって疑うわね。あたしだって疑うもの。だから、あたしがあたしだって証拠を見せてあげるわ」


 楽しげに口にして鈿女が懐から取り出して身につけたのは簪。その行為に一体何の意味があるのか? ほとんどの人間は理解していない。ただ、彼女の行動の意味を理解できた人間は別の意味で言葉を紡ぐことができない。他の誰でもない伊邪那岐が持っているはずの簪を彼女が身につけたのだから。


「嘘、でしょ?」


「嘘じゃないわよ凶星。これはれっきとした本物。あいつからあたしに直接手渡されたものよ。認めたくないのはわかるけど、正真正銘あいつが術式を込めてあたしだけのために作ったものよ」


「でもそれは、伊邪那岐と共に沈んで」


「あいつが持ってたのは曹魏で犬遠理がすり替えた偽物よ。ひと目ではわからないように精巧に作った偽物。まぁ、あいつが気づかないモノをあんたたちに気づけっていうのも無理な話よね」


 自信に胸を張って勝ち誇ったように鈿女が口にしたとおり、この場にいる人間が彼女の形見である簪を目撃したことはほとんどない。それが偽物だと贈った本人が気づいていなかったのであれば尚更この場にいる人間が真偽を問えるはずもない。


「本物だというのですか?」


「だからさっきからそう言ってるでしょ? 疑ってるならあんたたちの質問になんでも答えてあげるわよ? あいつの好きな物に嫌いな物、性癖に直らない癖。あんたたちが知らないことも含めて特別に、ね」


 言葉に含まれているのは揺るがない自信。この場にいる女性の誰よりも自分が伊邪那岐のことを知っていると牽制の意味も言葉には含まれている。


「本当にお姉ちゃんなの?」


「本物よ」


 双子の妹である咲耶の問いに答え、近づいてきた鈿女は抱きしめるのではなく勢いよく彼女の頭に拳骨を落とす。


「ちょっと、何すんのよっ」


「何すんのよじゃないわよっ、この泥棒猫。まさか双子の妹に自分の男が取られるなんていくらあたしだって予想外にも程があるわよっ。あたしのことを差し置いたことも許せないけど、きっちりとあいつの妻の座に座ってることがもっと許せないわ。あたしがあいつと結ばれる時には散々あいつのこと馬鹿にしておきながら」


 頬を両手で抓り引っ張りながら怒りを口にする鈿女。その様子を見て彼女を知る人間たちは疑うことをやめる。言葉よりも行動で自分を示し、手を出しながらか手を出してから会話する。姿かたちは変わったものの、目の前にいるのは間違いなく鈿女本人である。


「あなたが鈿女だっていうことは認めるけど、死んだはずのあなたがどうしてここに居るの? それと、簪についても聞かせて欲しいわね」


「確かに、あたしはあの場所で死んだわ。でもね、死んだのは肉体だけで魂は死んじゃいなかった。だから、ちょっとしたことができたのよ」


「ちょっとしたこと、ですか?」


「そう。あの場所にあった死体と自分の臓器を使って時空歪曲で魂だけこっちの世界に送ったの。そんでもって、犬遠理の真龍刀の力を使って別の肉体にあたしの魂を固定し直した。これがあたしの生きている理由。わかった?」


 咲耶をいじめながら鈿女は二人の問いに答えていく。

 過去、伊邪那岐が自身の真龍刀をこの世界に呼び寄せるために使用した禁じられた呪法である時空歪曲。この呪法は何も呼び出すためだけのものではない。逆も然り、送ることも可能なのである。それに加えて犬遠理の真龍刀の力を使えば確かに彼女は延命していたとしてもおかしくはない。


「簪に関して言うなら、一度だけあいつの手元から離れた時に犬遠理が要石付きのにすり替えたのよ。あいつの動向を探るためにも必要だったから」


 彼女の言葉を受けて思い出されるのは曹操と袂を分かった時のこと。犬遠理が幻術を夏侯惇にかけた目的は彼を曹魏から離反させることの他に要石付きの簪にすり替えること。


 要石。

 この大陸の人間には聞き覚えのない言葉だが、剣の一族の人間からしてみれば懐かしい響きを持つ。この石は主に諜報の任務にあたっていた鷹と軍師である蛇が情報を得るために使用していたものであり、特別な術式を使用することでこの石を持っている人間の周囲をあたかも自分が見ている景色のように視認することができる代物である。


「納得してもらえたところで話を進めてもいいかな?」


 遠慮がちに声を発したのはどこから取り出したのか濡れた布で顔を冷やしている犬遠理。その顔のいたるところが腫れ上がってせっかくの美人が台無しになってしまっている。


「さっき鈿女が口にしたように伊邪那岐をこっちの世界に引っ張り戻すために君たちの力を貸して欲しい」


「下手に出ることなんてないのに」


「鈿女、君は少しだけでいいから黙っててくれないかな? 話が一向に進まないから」


 犬遠理に言われて渋々引き下がる鈿女だったが、未だに咲耶の頬から手を離していない。よほど気に入ったのだろうか、鬱憤が溜まっていたのだろうか定かではないが気の済むまで彼女は手を離しはしないだろう。


「その、引っ張り戻すってどういうことですか?」


「そうだね、君たちにはそこから説明しないといけないんだよね。厄介事が爆走しながら近づいてきてる最中だけど仕方ないか」


 劉備の問いに対してため息をついたあと、犬遠理は続ける。


「伊邪那岐は死んだ。これは揺らぐことのない事実なんだけど、厳密に言えば死んでいない」


「よくわからないんだけど、それって矛盾してない?」


「矛盾してないよ。さっき鈿女が口にしたように彼女の魂を別の肉体に固定したことは覚えてるよね?」


 犬遠理の言葉を受けて全員が同じ結論へとたどり着く。

 伊邪那岐は確かに死んだ。だが、それは肉体が死んだだけであって魂は死んでいない。もしくは犬遠理のように死んでしまったのは別の肉体であって彼本来の肉体でない可能性もあるのだ。


「気づいたようだね? 君たちの思いついた考え通り、伊邪那岐の肉体は過去に僕らの父上が真龍刀を用いて移し替えた仮初の肉体。伊邪那岐本来の肉体は別の場所に存在している。そして、魂は肉体に引き寄せられるように移動していると考えられる」


「だから引っ張り戻すと」


「そういうこと。そんなわけであいつの真龍刀が必要になってくるんだけど、それはどこにあるのかな?」


 犬遠理が問いかけると一人の人物が高速で彼女へと注いでいた視線を逸らす。そのことに敏感に気づいた彼女は視線を逸した人物へと近づき、


「御雷、君はどこにあるのか心当たりがありそうだね? 制限時間が迫ってるからキリキリと口にしてくれないかな?」


「・・・・・・、じゃ」


「よく聞こえなかったよ。僕の耳が遠くなったのかな? もう一度口にしてくれないかな?」


「じゃから、この海の底じゃ」


「「はぁっ?」」


 伊邪那岐伊佐那海は御雷との戦闘中に彼が投げ捨てて長江へと沈んでしまっている。そのことをあとから現れた犬遠理と鈿女は知らなかったのである。


「あんたってば、本っ当に馬鹿じゃないの? あれが今回の計画の要だって何っ回口を酸っぱくして教えたと思ってんのよっ。どうやってあの呪法を展開するつもりなのか説明してみなさいよっ」


「これだから脳みそまで筋肉で出来てる人間は嫌いなんだよ。僕は口にしたはずだよ? 残り僅かな時間でどうやって探すのさ? いや、きっとあなたのことだからこうなることも予想していたんだよね? だったらほら、勿体つけずに解決策を教えておくれよ」


「妾にだって想定できない事態というものは存在するのじゃ。それに、責めるのであれば妾ではなくこの計画の発案者の方であろう? 元はといえばこんなツギハギだらけのいつ破綻してもおかしくない計画を草案ではなく実案として採用したのじゃから。妾の力を借りておいてよくぞ文句を口にできたものじゃ」


「それとこれとは話が別でしょうがっ。任された仕事ぐらいキッチリカッチリこなしなさいよこの年増っ」


「計画の成否に関しての責任を負うのは発案者に決まっておるじゃろうがっ。それをいけしゃあしゃあと棚上げしおって」


 周囲にいる人間を完全においてけぼりにして取っ組み合いの喧嘩を開始してしまう鈿女と御雷の二人。それを見て大きくため息をついた犬遠理だったが、彼女の耳に響いてきた言葉がその心を鷲掴みにする。


「探しているものはこれか? 木偶共」


 深淵を通り過ぎてしまったほどに冷徹な声。この声がどこから響いてきたのかいち早く理解してしまったが故に彼女は己の見通しの甘さを悔いる。


 伊邪那岐伊佐那海。

 伊邪那岐の契約した真龍刀であり、彼を救うために鈿女が立てた計画の要となっている真龍刀が空中で静止している。ただ、先の戦いでも傷一つ付いていなかったはずの刀身はいたるところに刃こぼれが見え、薄氷の如き美しき色を持っていたはずなのに黒く染まってしまっている。


「王の御前だ、頭が高いとは思わぬのか?」


 真龍刀から黒い靄が滲み出てきたかと思えば、それが人の形を形成していく。

 漆黒の長い髪は獅子の鬣の如く悠然と風にたなびき、細いながらも鍛え抜かれた肉体は鋼を連想させる。着物は一切の光を拒絶する黒。過去に孫呉で麟の者たちが体感した伊邪那岐と同様の王が纏う君臨者としての風格。男は空中で真龍刀を掴み、眼下の人間を言葉通り見下ろしていた。


 だが、それよりも彼女の心に衝撃を与えたのは他でもない、その肉体が彼女にとって大切な愛すべき人間の物と酷似していたから。


「第六天魔王」


「如何にも。我こそが織田前右府信長に相違ない」


 言葉を口にするだけで膝を屈してしまいそうになる重圧に襲われる。目の前に存在しているという事実だけで敵を屈服させてしまえるその様子は正に王。それでも彼女は確認しなくてはならない。


「いやはや、金柑頭も長政も俺の裏をかこうと無い知恵を搾り出したようだが、残念ながら、いや当然というべきだろうな。天は俺に味方した」


「その体に僕は見覚えがある。聞かせてくれないかな? あなたはどこでその体を手に入れた?」


 絞り出した声を受けて信長は唇の端を吊り上げて笑う。


「大方、貴様の脳裏に描いた事実に相違ないが、それでも聞きたいか?」


「是非にでも」


「これは、この俺を長年封じていた奴の肉体よ。少しばかり隙を見せたので奪い取ってやった」


 その言葉は彼女の心に生まれた絶望を加速させながら肥大させていく。


「ちょっと犬遠理。あれってまさかとは思うけど」


「まさかどころっじゃないよ。あれは、伊邪那岐の本物の肉体だ」




さすがは信長さん。一枚上手でした

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