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恋姫異聞録~Blade Storm~  作者: PON
最終章 少年の描いた世界
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第百八幕

前回のあらすじ

死という現実

 誰もが予想していながらその事実を受け止めきれない光景。

 恐怖していた敵国の王、敬愛してやまない自国の王。その存在が敗北を喫し、長江という母なるものに落下していく。受け入れるには重たすぎる現実。それでも深く醜い傷を戦士たちに刻み込むように伊邪那岐の体が長江へと沈んでいく。


 水面が激しい水柱をあげたのは一瞬だけ。あとは何事もなかったように波紋だけを残して消えていく。されど人の心はそうはいかない。この戦場にいる主役たちは敵対している者達であっても彼の存在を知っている。苦悩は誰にも理解されず、絶望を心の底に押し込んで、それでも決して膝をつくことはない。


 世界が静寂に包まれていく。船を燃やしていく炎の音も、ぶつかり合う剣戟の音も消失して彼の死を痛むように世界が声を失くす。そのことが余計に逃れられない現実だということを強調してくる。大陸において悪の代名詞と謳われた隻竜王の二つ名を持ち、誰よりもこの大陸に生活している人間のことを考えていた優しき王、伊邪那岐という人間の命が失われた事実を。


 誰もが声を失っている。彼を直接手にかけた御雷ですらも事実を受け止めきれていないのだから。勝負に負けて命を落としたが復讐を遂げた伊邪那岐。勝負に勝ったが今までの人生すべてを失ったと言える御雷。これではどちらが勝者でどちらが敗者であるかなど分かったものではない。


「「「いや~~~~~~~~~~~~~~」」」


 喉が張り裂けたのではないか、ここまで声が出るとは思ってもいなかった三人の絶叫。瞳からはとめどなく涙が溢れ、傷ついた心を癒すように流れ落ちていく。それなのに心に刻まれた喪失感きずは激しい自己主張をやめることはせず、呼吸を忘れてしまうぐらいに胸を締め付けてくる。


 思い出されるのは彼と過ごした日々。

 共に笑うことはできなかったかもしれない。ともに傷つくこともできなかったかもしれない。それでも明日になれば出来るかもしれない。そんな幽かな希望が完全に背中を見せた瞬間だった。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 振り返ってみれば曹操が伊邪那岐と接してきた日数は劉備と孫権の二人よりも圧倒的に短い。犬遠理の企みによって袂を一時的に分かつ羽目になってしまったのでそれはそれで仕方ないことだが、彼女自身は納得がいっていなかった。どうして自分が一番彼のそばにいることができないのかと。


「ねぇ、ひとつ聞いてもいい?」


「なんぞ?」


 それは伊邪那岐が曹魏に訪れ、曹操の部屋で一夜を共にした時のこと。お互いの裸身をシーツで隠しながら同じベッドに寝ている彼に対して彼女は声をかけてきた。


「あなたは男の子か女の子、子供はどっちがいい?」


「生まれてくるのなら、どちらでもいい」


「あなたねぇ、ここはもう少し会話を楽しむ場面だと私は思うのだけれど。それとも、抱いた女との今後について興味はないの?」


 意地悪く口にして瞳を覗き込んできた彼女に対し、ため息をついて彼は優しげな笑みを浮かべてくれる。


「お前は相変わらず底意地の悪い問いばかりしてくるな」


「ふふっ、お褒めに預かり光栄ね」


「褒めてなどいないというのに」


 下ろした彼女の髪を右手で撫でてからその手を彼女のほほへと移動させる。


「男であろうと女であろうとお前に似ていればどちらであっても可愛いだろうよ」


「逃げの常套句よ、それ」


「俺には似て欲しくないだけのことだ」


「そう? あなたに似て素直じゃない小憎らしい子もかなり可愛らしいと思うけど」


 他愛もない会話。内政や戦場での会話であれば彼に軍配が上がるだろうが、日常的な会話であれば彼女に軍配が上がる。


「願うことがあるとすれば、諦めることを素直に覚えて欲しくないな。あとは、小賢しい知恵をひねるよりも素直でいて欲しいといったところか」


「意外に注文は細かいのね。でもそれはあなたを否定することに繋がらない?」


 彼女の言葉を受けた彼は上半身を起こして背中を向ける。


「親という存在は子供にとって反面教師であるべきだ。その方が子供はたくましく育ってくれる」


「確かに否定できない部分が含まれているわね」


 彼女自身、双子の妹である曹仁よりも自分に対して過剰なまでに愛情を注いでくる母親がいるため素直に同意してしまう。ただ、自分たちが生まれるよりも前の母親のことを親類に聞いてみれば自分たちを産んでからかなり変化したらしい。案外、子供に興味のなかった人間の方が自分の子供に対して子煩悩になってしまうのかもしれない。そんなことを考えながら彼女は伊邪那岐の背中に自分の背中を預ける。


「でも、いざ子供が生まれてそれが嫁いでいく時、あなたは相手の人間にかなりきつい対応をしそうよね」


「女限定の話になっているな。もしそういう事態になったとしても、俺はおそらく反対せずに祝福するだろうよ」


「本当に?」


「くどいな。子供は親の所有物という考えは捨てるべきだ。子供といえど育っていけば一人の個人。仮定の話だが、そいつは俺とお前の子供なのだろう? だったら、そいつの判断に任せてやればいい。もし失敗したなら黙って抱きしめてやればいい」


 その言葉を聞いてやはりと彼女は感心してしまう。彼はいつだって常識にとらわれずに自分の意見をそのまま口にする。そこにあるのは自身の経験、他人の考え、別方向からの視点といった具合に様々なものを混ぜ合わせたもの。彼と言葉を交わすたびに彼女の世界は新たな色が加わっていく。


「私だって、こんな終わり方は認められないわよ」


◆◆◆◆◆◆◆◆


 思えば劉備にとって伊邪那岐はいつも唐突な人間だった。後になって考えてみればきちんとした理由があるのだが、それを考えさせるためにあえて伏せておく。いたずらっ子がいつ自分の仕掛けたいたずらに気づいてくれるのかを待っているかのように。


「え~と、陛下? これはお仕事なんですよね?」


「お前にとってどう映っているのか定かではないが、敢えて言うならそれを考えるのがお前の仕事だ」


 はたから見れば子供と一緒になって遊んでいるだけ。これのどこが仕事だというのか。宮にいる人間に聞けば十人中十人が彼女の意見に賛同してくれることだろう。


「そんなところに突っ立ってないでお前も混じれ。でなければ二人にシゴかれろ」


「言い方が若干刺々しいのは気のせいですか?」


 実際に体験してわかったことなのだが、布都にしても馬騰にしても真剣に劉備を鍛え上げてくれている。その内容はあまり思い出したくないものなので割愛しておくが、中途半端な対応、もしくは嫌々相手をされると思った彼女からしてみればそれは意外の一言に尽きる。


 四半刻も経てば子供の相手をした彼女は全身汗だくで肩で息をしていた。この国に来るまで何度か子供と一緒に遊んだことはあるが、やはり子供は体力が違う。本気で相手をすれば泣いてしまうし怒りもする。程度の加減を間違えてしまえば最悪な結果だって起こりえてしまうのだから。


「ひゃっ」


「驚きすぎだ、阿呆め」


 木陰で涼んでいた彼女の首筋に冷たい飲みものをそっと触れさせたのは言わずと知れた伊邪那岐。驚かせたことに対する罪悪感はかいむらしく、自身もその場で腰を下ろして未だにはしゃいでいる子供たちに視線を投げている。


「これ、本当にお仕事なんですか? 私にはただ子供と遊んでいるだけにしか思えないんですけど」


「ただ子供と遊んでいただけだ」


「嘘っ」


 驚く彼女を尻目に寝そべった彼はやれやれといった具合にため息をつく。


「お前、仲間はともかく顔も素性も知らない人間に命を預けられるか?」


「それは、・・・・・・無理です」


「そうだろうな。俺だってそうだ。顔や素性を知っていたところで命を預けるのに足る人物でないと思えば命なんぞ預けられるわけがない」


 少しのあいだ考えて答えを出した彼女に対して彼は同意する。もっとも、彼にしてみればそれは非常に顕著な傾向が出ていた。たとえ親友といえども戦場で一緒に戦うことを望みはしなかったのだから。


「王とは民の命を預かる存在だ。俺のことを知らない人間が俺に命を預けてくれるはずもない。これはな、俺を知ってもらうという立派な仕事だ」


「そっか、確かにそうですよね」


「それに、大人は理性で動くが子供は感性で動く。本能的にこの人はダメだと思えば相手にすらしてくれず拒絶の意思を示す。そう言った意味でも子供に信頼されるということは人間として成長することを意味する」


 そこまで聞いて彼女も理解する。子供は感情を制御する理性が未発達な状態、だからこそ相手の本質を見抜くことにかけては大人よりも優れていると言える。触れ合って判断する大人と違って子供は第一印象をすぐには拭えない。怖い危ないと判断されてしまえば心を開いてくれることなど決してない。


「それにな、ここに居る子供たちは親を知らない幼子たちだ。一緒にはしゃいで遊んで、悲しみをいっときでも忘れさせてやること。これも立派な仕事の一つだ。幼い頃の心の傷は大人になっても事あるごとに顔を覗かせてくるからな」


「そういうことだったんですか」


「というのは建前。本音を口にするのであればこやつらと触れ合うことで俺自身の過去きずを少しずつ忘れたいだけだ」


 切なげに口にした彼だったが、彼に遊んで欲しくてせがんで手を引いてくる子供と向き合えば、重苦しい雰囲気などなかったことのように子供と一緒に遊んでいる。それが何を意味するのか知らない彼女ではない。


「痛みを知らぬ者の言葉など誰の心にも響かない、か」


 過去、曹操に自分たちを逃がすために単身で降りた関羽は地下牢で彼と対面した時に説教をされたと口にしていた。その内容を聞いてはいたものの理解していなかった彼女。それがようやく今の彼女になら理解できる。傷があるから傷の深さを知り、痛みがあるからこそ同じ痛みを持つ者の心がわかる。偽善と切って捨てる者がいても、彼女の瞳に今の彼の姿は眩しく映る。


「王様って、すごいんだなぁ」


 手を伸ばせばその手を掴んでくれる。距離感が曖昧であるからこそ逆にその偉大さが目に見えてわかる。自分の思い描いた理想の姿。それよりも数段上を行く目の前の人物。だからこそ目指し、となりに立ちたいと願う。それなのに、


「どうして、どうしてですかぁ」




半端でない影響が出てますけど、

現在戦争中です

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