第十幕
前回のあらすじ
三人の軍師に認められちゃった主人公
「華琳様。兵の配置、完了しました」
「そう、順調のようね、桂花。下がって、あなたも休みなさい」
夜の帳を、焚き火の赤でところどころ破りながら、陣を貼り終えた曹操の陣営。その本陣で、金髪を顔の両はしで縦ロールにしている少女と、猫耳のついたフードを被った少女が会話をしていた。
「これで、華琳様の名も、大陸中に轟くというのだな。明日は、今まで以上の戦果をご覧に入れましょう」
「姉者、気負って突出しすぎるなよ」
「ふふっ、春蘭に秋蘭。二人共、明日は期待してるわよ」
「「はっ」」
金髪の少女の言葉を受け、深く頭を下げる、黒髪と銀髪の女性。
「曹操様、夜分、失礼いたします」
「何事か」
「はっ、士官したいという者たちが、訪れております」
「そう、わかったわ。連れて来なさい」
「はっ」
兵士に対して命令を下す金髪の少女。
「華琳様、軽率すぎます。このタイミングで現れるなど、間者の可能性しかありません」
「ええ、そうね。桂花、あなたの言うとおり」
そこで少女は言葉を区切り、
「でも、あなたの策を聞いて、ここに陣を敷いてから、まだ半刻も経っていないわ。なら、どうして、この場所に来れたのかしら?」
「それは」
「興味があるのよ。あなたの策を見抜いたかもしれない人間に」
◆◆◆◆◆◆◆◆
二人の会話が終わって少し経ってから、その場に七人の人物が通される。そして、前に出る五人と対照的に、伊邪那岐と火具土の二人は、入口から動こうとしない。
「先に紹介しておくわ、我が名は曹操。こちらが、軍師の荀彧、将軍の夏侯惇、夏侯淵の姉妹よ」
曹操と名乗った金髪の少女に答えるように、猫耳のフードをかぶった少女、黒髪の女性、銀髪の女性が順に頭を下げていく。
「このような時間にお目通り願えたこと、感謝致します。我が名は郭嘉。真名は稟。軍師として曹操様に仕えたく、この場に馳せ参じました」
「名前は程イク、真名は風。以下、右に同じくですぅ」
曹操に対し、片膝付き、頭を垂れる形で、名だけではなく、真名まで預ける郭嘉と程イクの二人。その様子を楽しげに曹操は見下ろしている。
「我が名は趙雲。大陸に覇を唱える曹操という御仁にお会いしたく、馳せ参じた次第」
早速忠誠を誓った二人とは違い、趙雲は値踏みするような視線を曹操へと向ける。対して、視線を向けられた曹操に変わった様子はなく、他の二人同様に、楽しげに見下ろしているだけ。
「それで、他の者は?」
「私の名は孫策。いずれ、母様と覇を競うであろう曹操、あなたを一目、自分の目で見たくて、ここまできたわ」
「雪蓮っ」
問いかけた曹操に対して、胸を張って名乗りを上げる孫策。そして、それを咎める周瑜。当然である。いきなり敵の本陣に、大将首が現れたとなれば、その場で討ち取られても文句など言えようもない。
「なら、あなたが周瑜なのかしら?」
「いかにも」
緊迫していく空気。まさに一触即発。先ほどまで、特に動きを見せていなかった夏侯惇、夏侯淵の両名も、即座に武器に手をかけ、曹操の次の言葉を待っている。
「春蘭、秋蘭。武器から手を離しなさい」
「「しかし」」
「いずれ、争う相手であっても、今は敵ではない。なら、こちら側の戦いぶりぐらい見せてあげるのが、強者の努めよ」
曹操の言葉に異を唱える二人。そして、胸をなでおろす周瑜と、奥歯を噛み締める孫策。それもまた当然、彼女の言葉を別の方向から解釈したなら、今はまだ、二人は自分の敵にすらなっていないと言われたのと同じなのだから。
「さて、話を進めましょう。でも、その前にひとつだけ、聞いておくわ。私がこの場に陣を張ることを、誰が予想したのかしら。それとも、あなたたちは、偶然この場所に現れたのかしら、違うわよね?」
先ほどまでとはうって違い、曹操の瞳は、触れたものを傷つける刃へと変貌を遂げている。値踏みは終わり、本性を見せ始めたといったところだろう。
「稟、それとも、風? ひょっとして、周瑜かしら?」
順々に視線を向けていく曹操。その瞳は、断頭台で身動きの取れない者に対して、刃を向ける残忍な喜びが溢れかえっている。その言葉に素直に答えられる人物は少ないだろう。そして、現に視線を向けられた三人は答えられずにいる。
「曹操様」
「華琳よ。あなたたちは既に曹魏の将。真名で呼び合うのは当然でしょう?」
やっとのことで言葉を絞り出した郭嘉。それに対して、笑みで答える曹操。彼女が、荀彧の策を見破ったと、そう考えた曹操は次の言葉を楽しげに待つ。
「では、華琳様。素直に申し上げます。この場に陣を張ることを予想したのは、私でも、風でも、ましてや周瑜でもありません」
その言葉を聞いて、曹操の心は激しく苛立つ。この場に来た、士官するために来た軍師たちは偶然この場に来たと、彼女の耳にはそう響いてしまったから。
「では、この場にきたのは、偶然だと?」
「それも、違います」
「なら、どうしてあなたたちはこの場に来たのかしら?」
もはや、叫びだす一歩手前。自制心を保つことができたのは、この場に孫策、周瑜といった、後に戦う者たちに対して、器量を見定められたくないという考えが、理性を後押ししたため。
「申し上げにくいのですが、あの者が、我々をこの場に導きました」
「時刻もぴったりでしたねぇ」
指差した郭嘉の先にいる人物。その人物に対してようやく視線を向けた曹操は、こともあろうに、歩き出し、その人物のすぐ近くで足を止める。
「あなたが、桂花の策を見抜いたというの?」
「それが、どこのどいつだかは知らんが、否定はせぬよ。もっとも、俺ごときに見抜ける策だと、俺自身も思ってはいない」
「へぇ。あなた、こちらに来なさい」
「はぁ?」
「早く。それと、桂花、地図を」
「はっ」
曹操に言われ、とりあえず足を勧めた伊邪那岐は、その場にいた全員の視線を浴びながら、地図へと視線を落とす。
「あなたなら、兵をどのように配置して、攻めるのかしら? 今、説明してみなさい」
「そうだなぁ」
軽く首を鳴らしたあと、伊邪那岐は石を地図上に悩むことなく置いていき、配置を完了させる。
「俺なら、このように配置する」
その配置を見たとき、荀彧の顔は青ざめ、曹操は瞳を細くする。それもそのはず、彼の配置した図は、荀彧が捻り出した策とほぼ同じ。違うとすれば、峡谷の入口に配置された兵ぐらい。
「説明を」
「まず始めに、敵の半数程度が峡谷の半ばに差し掛かったところで、峡谷の上側に配置した兵で弓を射る。そうすれば、当然、敵は引くか、進むかの二択。そこで、峡谷の入口に配置した兵で、すかさず岩を落とす。逃げ道を塞ぐために。そうなれば、前進するという選択しか残らん。峡谷から出てきて、隊列を整える前に、出口側に配置した兵たちで突撃を仕掛ければ、それで終いだ。所詮は寄せ集めの烏合の衆。半数以上削れば、自分たちでは手に負えぬと、勝手に瓦解する。以上だ」
伊邪那岐が説明を終えると、その場は静寂に支配されていた。あるものは目を見開き、またあるものは、頭を悩ませている。
「あなた、名前は?」
長いこと静寂に包まれていた、場の空気を打ち払ったのは曹操の一声。ただ、声をかけられた本人は、自分だと思っていないらしく、首を振って周囲の反応を待っている。
「あなた以外、誰がいるというのよ。答えなさい」
裂帛の気合と共に、言葉をぶつけられた伊邪那岐。彼は、自分自身が口にしたことの重大さを理解しておらず、どうして、この状況になったのか、理解できていない。ただ、問われて名乗らないほど野暮ではない。
「俺は、伊邪那岐だ」
「そう、伊邪那岐というのね」
そして彼女は笑みを浮かべた後、伊邪那岐に指を向け、強く言い放った。
「あなたは今日から、曹魏の軍師よ」
曹操さんのおメガネにかないましたとさ