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恋姫異聞録~Blade Storm~  作者: PON
最終章 少年の描いた世界
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第百四幕

前回のあらすじ

届かない願いと決められてしまった覚悟

「華琳様っ」


「今度は何事?」


 孫呉と曹魏の同盟本陣。使用されると想定していなかった火計、水上での戦闘を得意としていないと仮定して仕掛けた場所での苦戦。曹魏だけでなく、孫呉の人間たちも麟がここまで水上戦で孫呉に押しも押されぬ技量を披露できるとは夢にも思っていなかった。想定外のことばかり起こるこの戦で総大将を務めることなった曹操は事態の混乱を収め、早急な士気の回復を図るために対応に追われていた。


「随分と立て込んでいるようだな。戦とは起こす前にどれほど入念に準備をするか。運以外の不確定要素をいかにして塗りつぶすか。そのことにかかっていると何度か口にした覚えがあるのだが、どうやらお前たちには伝わっていなかったらしい。嘆かわしいことこの上ないな」


 突如として響いてきた鉄の声。その声が耳に届いてきた瞬間、本陣にいた人間全員が呼吸することを忘れたように目の前の人物の登場に引き込まれてしまっていた。


「伊邪、那岐」


「どうしてここにっ」


「戦場で己を見失うことがすぐさま自身の死につながる。このことは黄巾賊の時にお前ら二人に口にしたはずなのだが?」


 自然体を崩さずに現れた伊邪那岐。本陣を警護するために用意した一万以上の兵士たち。彼女たちは目の前の事実をそのまま受け入れることができない。いきなり本陣に現れた敵国の大将首。彼がこの場所にいるということは用意された兵士たちは既に機能していないことを意味している。


「外の兵士たちはどうしたのよっ」


「自分の想定している答え合わせを他人の口からさせるのは凡夫のすること。荀彧、俺がここにいる時点でお前の頭の中に思い浮かんだ考えがそのまま答えだ。ただ、若干の相違点があるとすれば誰ひとりとして殺していないぐらいだな」


 言葉を受け本陣から飛び出す荀彧。倒れている兵士に近寄ってみれば外傷はないものの、体を動かすことも声を出すこともできない状態だが命は失われてはいない。


「どうして総大将であるあなたがここにいるのかしら?」


 動揺を押し殺して曹操は言葉を紡ぐ。元々、彼の性格上戦場を完全に誰かに任せきりにするような事態はないと彼女は踏んでいた。だが動き出すのがあまりにも早すぎる。火の手が上がり、武将たちが激突を開始はしているもののまだ序盤もいいところ。大将である彼がその姿を戦場に見せるのはまだ先のはず。


「総大将などと持ち上げてくれるな。此度の戦、俺は飾りのようなもの。兵の調練に現地調査、作戦の立案から準備までほとんど俺は加わっていない。俺がやったことといえば先陣を誰が切るかを決めたことぐらいだ」


「なんですって?」


 荀彧が疑問をそのまま口にしてしまっても誰が責められるだろう。二人だけでなく、今回の同盟に参加している者たちは主な作戦を彼が考えて軍師たちがその補佐をする。それをどうやって打倒するかを必死に考えていた。それなのに彼が関わっていないと言われれば誰がこの絵図を予想したというのか。


「総指揮官は司馬懿と諸葛亮の二人。それを補佐する役割として他の軍師たちが手を貸して今回の戦に対する準備を行ってきた。本当に天才というやつらは凄いな。俺の予想なんぞいとも簡単に裏切ってくれる」


「そんな、馬鹿なっ」


「馬鹿はお前だ、荀彧。お前らは俺という人間を過大評価しすぎなのだ。そのせいで俺の国にいる軍師たちのことを軽視し、見事術中に嵌った。お前達は俺を相手にしているつもりで策を立てたのだろうがそれこそが間違い。敵に対して正当な評価を下せなければ必ず足元を掬われる」


 奥歯を割れんばかりに噛み締めた荀彧は言葉を発することができない。彼女は決して麟の軍師たちを軽視していたわけではない。ただ、それよりも彼の存在が大きかった為にそちらへと無意識のうちに認識が集中してしまっただけのこと。彼という存在がなければここまで事態が悪化するということは防げていたはずなのだ。


「火計はこの地では使うのは難しいはず。それを実行に移したのは誰なのかしら?」


「司馬懿だ。戦の主導権を握るためにも相手が使ってこないと予想している策を使うのが最も効果的だとあいつは口にしていたな」


 曹操の問いに彼はやはり温度が感じられない声で答える。

 火計に関して言えばこの策に対して反対を唱える者は多かった。確実な威力と成果をどちらも得られる保証がどこにもなかったから。それを周瑜から知恵を借りて実行できるまでの段階にまで引き上げたのは彼女の手腕を褒めるべきだろう。


 知恵を研鑽する者たちは大概が自身の知に絶対の自信を持っているか、ひけらかすものの二種類に分けられる。司馬懿も前者であることに変わりはないのだが、彼女は今回同じ軍師である周瑜に頭を下げて知恵を拝借した。自身の未熟さを受け入れていないものでなければこのような行為はできない。もっとも、彼女にしてみれば今回は自分のちっぽけな虚栄心よりも優先するべきものがあったとも言える。


「不慣れな水上で孫呉と同等に戦えるようにしたのは?」


「それは周瑜と孫権の二人だ。水に慣れることから始め、不安定な足場でも十分に動くことができるように訓練をしていた。今になって思えば、あいつら二人がいなければここまで戦況が拮抗してはいなかっただろうな」


 麟には水上での戦を熟知した周瑜と孫権の二人がいる。彼女たちが関わっているのであれば麟の武将や兵士たちが陸上と遜色なく動くことができても何ら不思議はない。この戦まで一ヶ月という準備期間があったのだから。それでも、彼女たち二人がかつての自国を相手取るために兵士たちに自分たちの技術を授けるなど誰が予想できるだろう。孫策を中心とした孫呉の人間は未だに二人を人質として捉えているので、このような背信行為があるなどと目で見ても信じようとしないことだろう。


「なるほど。他人をいつでも疑ってかかるあなたらしいやり方ね。孫策がその話を聞いたらどんな表情を浮かべることかしら」


「華琳様、何を呑気にこんなのと話をなされているんですかっ。私でも逃げる時間を稼ぐぐらいはできます。早急にこの場を離れてください」


「無駄よ。外の兵士と同じように動けなくされるのがオチよ。でしょう?」


 曹操の言葉は正しい。軍師である荀彧の戦闘能力は低く、曹魏が誇る武将である夏侯惇ですら片手間で片付けてしまえる相手を前にすれば彼女などいてもいなくても同じ。時間稼ぎにすらならない存在でしかない。それを理解してしまったのか荀彧は恨めしげに彼へと視線を送る。


「それで、あなたはどうしてこの場所に姿を現したのかしら?」


「お前の首級を上げるため」


「それは嘘ね。あなたの口にしたことが本来の目的であるなら、私や桂花と話などせずに首を落とすことがあなたなら出来る。それをしないということは別の目的があるということ。あっているのであれば答えて欲しいのだけれど?」


 彼の言葉を一蹴して曹操は告げる。事実として合理的に考えて彼は曹操の言葉通りのことを実行することができる。武将ではなく、目的を達成するためであれば汚名を喜んで受け取る彼であれば尚更のこと。


「やはりお前相手に嘘はつけぬか」


「嘘をつくのであれば、自分自身を騙してからにすることね。自分を騙せない嘘で他人を騙すことなんて無理に等しいのだから」


「相変わらず手厳しいな」


 彼は次の瞬間、腰に差していたふた振りの刀を鞘ごと床に放り投げて壁に背中を預ける。荀彧は警戒心を未だに解いていないが彼を深い意味で知る人間であればその行為に込められた言葉を理解することができる。


「本題に入る前にいくつか聞きたいことがある」


「別に構わないわよ、それぐらい」


「曹操、お前はこの世界をどう捉える?」


「どう捉える?」


「ああ。多くの国ができては潰れ、争いが絶えないこの世界。俺の瞳にはこの世界が憂いているようにしか見えない。お前にはどう見える?」


「弱肉強食がまかり通っていることだけは同意できるわ。それがどうかしたの?」


「では、この世界には何が必要だと思う?」


 彼の言葉を受けて曹操は言葉に詰まってしまう。彼女自身が王として心が揺れている状態なのに、王としての覚悟を決めてしまっている人物に対して下手な言葉を口にすることは意味がない。それに、彼女自身もわかっていないのだ。本当の意味でこの世界に一体何が必要で何が不必要なのか。大陸を一つにまとめるためにどうすればいいのかを。


「揺らぐことのない指導者かしら?」


「それでは各地にいる王と大差ない。そんなものがいくらいたとしてもこの大陸はいつまで経っても一つの国になることはない」


「束ねるための圧倒的な力」


「そんなものは意味をなさない。個人が持ち得る力などたかが知れているし、それを打倒すればさらにその次を打倒するといういたちごっこが繰り返されるだけ」


 曹操と荀彧の言葉を彼は否定する。揺るがぬ信念も圧倒的な力も国を収めるためには必要なもの。だが、彼はそれを否定する。他でもなく一国を統治する王がその考え方を否定する。


「俺もこの世界に必要なものなど見当もつかない。だが、不必要だと思えるものは理解している。その為に俺はこの場所に足を運んだのだから」


「不必要なもの?」


 いつの間にか彼の話に飲まれてしまった荀彧は先を促す。その言葉がどれほどの爆弾発言であり、自分の世界を崩壊させる言葉につながるとも知らずに。


「この世界に不必要なものは、俺と曹操に孫策。王を名乗るすべての者たちだ」


「「なっ」」


 彼の言葉を受けて二人は異口同音に声を上げてしまう。王である人間が王という存在を根本から否定したというのだから。だが、王になった時からこれは彼が考えていたことであり、いつだって悩んでいたことでもある。


「王がいなくなれば誰が国をまとめるというのよ」


「皆が皆で意見を出し合って皆で国をまとめていけばいい」


「確かにそういった考えもあるかもしれないわ。でも、権力が一点に集中した場合はどうするのよ?」


「そうしないために俺の国では学問を学ばせている。国をより良くするため、皆で笑い合うため。同じ目的を持つ者たちが集まるのであれば統率者など自分たちで決められる」


 互いに信念を持っているがゆえに一歩も譲るつもりはない。だが、次に彼が発した言葉によって曹操の信念は崩されてしまう。


「王がいて国ができるのではなく、国ができて王が生まれるのだ。決して逆はありえない。お前が口にしたように権力を一点に集中させた王という存在は、帰って邪魔でしかない。俺は国を家族だと捉えている。そんな家族同士が争うことはまずない。武器すらも後の世には不必要となることだろう」


「そんな夢絵空事が」


「現に俺の国では互いに争い合い、憎しみあった者たちがわだかまりを捨て去って生活している。手を取り合うことは不可能ではない」


 論破することができない。曹操はかつて麟を訪れた際に自分の目で彼が口にした世界を見てしまっている。これが仮に実現されていないものであったなら彼女も何かしら反論の言葉を口にすることができたかもしれない。だが、現実に彼女が口にした夢絵空事が存在してしまっている。


「王が不必要だとあなたは口にした。でも、現にあなたは王として国をまとめている。どうやってそのあなたが王を排除するというの?」


「簡単なことだよ。実に簡単なことだ。そして、それがこの場所に俺が足を運んだ本題にほかならない」


 次に彼が口にした言葉を生涯、その場にいた人間は誰ひとりとして忘れはしない。


「曹操、いや華琳。俺と共に死んでくれ」




結論としての一つのあり方

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