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恋姫異聞録~Blade Storm~  作者: PON
第三章 大陸玉座
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第九十九幕

前回のあらすじ

何人引き連れて帰ってきたの主人公?

「曹魏に孫呉、同時に戦を仕掛けるだと?」


「ああ。そのための布石も打つことができた。機は十分に熟したと言える」


 孫呉から戻った翌日、執務室で伊邪那岐と布都は対峙していた。それもそのはず、二国を同時に相手取ることは今の麟であっても苦境を強いられる。一国を相手にしてから次の国であればまだわかる。それなのに伊邪那岐は同時に相手取ることを選んだ。この選択でどれほどの犠牲者が出るか理解していない彼ではない。だからこそ布都は納得できない。彼らしくない。その一言だけで説明が十分すぎるほどに。自分以外の流血を望まない彼が大陸を血で染めることを選んだのだから。


「同時に相手取っても俺たちが勝てる見込みは確かに十分にある。だが、お前らしくないぞ、伊邪那岐。どうして今になってそんな強硬策を取る必要がある?」


「この国の人間を俺から解放しようと思ってな。大陸中を血で染めた大罪人という汚名があれば、この国の民たちであっても俺を見る目を変えられるだろう?」


 そこにあったのは空虚な笑み。それを見た瞬間、布都は頭に一気に血が上って彼の服を両手で掴んで強引に立ち上がらせる。


「お前はどうしていつも自分一人で決めてしまうのだ。俺は一体何のためにいる? 俺とお前は親友ではなかったのかっ」


「親友だと思っているよ。だが、それとこれとは別の話だ。俺は今回の戦で真龍刀を使用する」


 彼の言葉を受けて布都は愕然とする。聞き間違いであってほしいと願ってやまないほどに。伊邪那岐自身が布都にだけ口にしてくれたこと。それは彼が真龍刀を三度使用すれば自分の命を落とすという事実。


「俺が両軍を滅ぼす直前で、お前が俺の首を刎ねろ」


「ふざけるなっ。お前に生きて欲しいと願う俺が、どうしてお前の首を落とせる? 両軍の大将首を落とすのとはわけが違うっ」


「落とせるさ、他ならぬお前なら。お前なら俺を殺して英雄になることができる」


「いい加減にしろっ。英雄など、民たちが描く憧憬に過ぎん。お前は、俺に親友を自分の手で殺した罪を背負って生き続けろと口にしているのだぞ。その意味がわからんお前ではないだろうがっ」


 その場で力なく膝をついてしまう布都。そんな時、執務室の扉が開いて一人の人物が表情を固くして足を踏み入れてくる。


「今のお話は冗談ですよね、陛下?」


「この状況を見て認めたくないのはわかるが、俺が口にしたことは紛れもない現実。冗談ではない」


「陛下、今まで何度も陛下の策を容認してきた私ですが、今回ばかりは首を縦に振ることはできません」


 断固とした決意とともに口にする馬騰。そんな彼女に向けられるのは普段の布都であれば見せることのない、縋り付くような視線。


「だろうな。だが、俺の決意は変わらぬよ」


「どうしても、ですか?」


「どうしてもだ」


 馬騰の瞳からは止めどなく涙が溢れてくる。それは、彼の言葉を聞いてしまったからだけではない。目の前に映る人物が柔らかな微笑を浮かべていたから。


「考え直す気は、ないのか?」


「何度も考えた。だが、それでも導き出せた答えに変化はなかった。それが全てで、俺の導き出した最後の結論だ」


 布都の手を優しく解き、彼は執務室を出ていく。二人の心の城壁を決壊させてしまうほどに悲しい言葉を残して。


「俺がこの国の王となり得たのは、お前たちがいたから。お前たちさえいたなら、王は別に俺でなくともよかった。俺の代わりを勤められる人間は、数多くいる。そういうことだよ。いい加減、俺を鈿女に合わせてくれ」


◆◆◆◆◆◆◆◆


 執務室を後にした伊邪那岐が向かったのは城壁付近に位置された一軒の小屋。そこで一度深呼吸して彼は扉をノックして足を踏み入れる。


「アレっ? お久しぶりですね陛下」


「久しぶりだなぁ、元気してただかぁ?」


「ああ。蒲公英の方も母子ともに健康か?」


 突然の訪問にもかかわらず彼を出迎えてくれたのは親友である火具土と、その妻となった馬岱の二人。彼の言葉にあるように馬岱の腹は膨らんでおり、そこには確かに小さな命が芽吹いている。


「おめぇさ、仕事の方はもういいのか?」


「俺のことなど気にするなよ。お前はもうすぐ父となるのだから、妻と生まれてくる自分の子のことだけ心配しておけ」


 心配そうに聞いてきた火具土に対し微笑で答え、持参してきた土産物を馬岱へと渡して彼は椅子に腰掛ける。


「いつ頃、生まれるのだ?」


「お医者様が言うには、来月ぐらいだって」


「そうだぁ伊邪那岐。おめぇさ、子供の名付け親になってくれねぇか?」


「あっ、それいいかも。私からもお願いしていいですか?」


「名付け親などという大役、俺には無理だ。親であるお前たちがしっかりと考えてやれ」


 すっかりその気な二人だったがやんわりと彼はその提案を拒絶してしまう。次の戦で死ぬことを決めている彼にしてみれば、二人の子供が生まれるときに生きている保証はない。生きていたとしてもその子の名前を呼ぶたびに彼らが悲しんでしまうことを恐れる彼は、その提案を喜んで受けることができない。


 その後、夕食を同席した彼は馬岱が眠りについた頃を見計らってようやくこの場所へと訪れた本題を口にする。火具土にだけは人伝ではなく、自分の口から伝えなければならない。それが、最も彼と長い時間を共にしてきた親友に対する彼なりの礼儀。


「お前が父親になるとは。この大陸に来るまでは予想もしていなかった」


「おらぁが父親になるのがそんなに意外か?」


「勘違いするなよ? 俺は馬鹿にしているのではない。純粋に喜んでいるのだよ。孤独で身を寄せ合って生きてきた俺達でも人の親になれる。その道を他ならぬお前が指し示してくれたのだから」


 火具土。

 彼の存在は伊邪那岐にとって非常に大きい。両親の愛情を受け取ることなく孤児として育った二人。時に優しく、時に厳しく彼は伊邪那岐に接し、いついかなる時であっても味方でいてくれた存在。伊邪那岐の心の中では彼は既に親友以上の存在であり、もうひとりの父親とも呼べる。


「おめぇさ、子供はつくらねぇのか?」


「そのことで、俺はお前のところに足を運んだのだ」


「なしてだ? おめぇさが呼べば、おらぁいつだって駆けつけるのに」


「皆がいる場所では口にできないからな」


 そして、彼は揺らぎ続けていた覚悟を決める。この言葉を口にすることは一種の裏切り。今まで裏切られたことはあっても裏切ったことのない彼は最後までその選択に迷った。目の前の彼だけは絶対に裏切りたくないと、そう心に決めていたから。


「火具土、俺の命はもう長くない」


「冗談、じゃねぇんだな?」


「ああ」


 彼の返答を受けて火具土は立ち上がり、勢いよく机に両手を叩きつける。その衝撃で机が砕け、載っていた物が床に音を立てて落ち、その破片が散らばったことは些細なこと。烈火の如き怒りを内包した瞳を彼へと向け、


「いつからだ? いつからそのことおらぁに黙ってただぁっ」


「袁紹の地で真龍刀を呼び出したとき。正確に言うなら里で伊邪那岐伊佐那海と契約したときだ」


「なしてだ? なしてそんな大事なことおらぁに黙ってただっ。どうして教えてくれなかっただっ」


 彼は答えられない。火具土が本気で怒っていることが理解できているからこそ、安易な言葉を紡ぐことができない。


「おらぁたちは親友じゃなかっただかぁ?」


「親友だと思っているに決まっているだろうがっ」


 火具土の言葉に我慢が出来なくなって彼は声を荒立ててしまう。ほかの誰かに告げるのであれば彼もここまで苦悩しなかっただろう。だが、目の前にいる人物は親友。常に対等でありたいと願い続けた人物。彼がこのことを口にしてしまえば火具土がどのような行動に出るのか、彼は重々承知している。だからこそ、死を覚悟するぎりぎりまで火具土に対してだけは口にすることができなかった。


「おめぇさは、どうして心のいちばん深いところに蓋をしてしまうだ? おめぇさは無理に大人になる必要なんてなかった」


「無理に大人になったつもりなどない。必要だからなったまでだ」


「違うっ」


 大声で涙を流しながら彼の言葉を火具土は否定する。


「おめぇさはいつだって自分のことを優先順位の一番下に持ってくる。我が儘口にしたっていい場面でも、自分が悪いって思って心に蓋をして隠す。おらぁが気づいてねぇとでも思ってただかぁ?」


「わかっていたさ、だからお前には話せなかった。お前に話してしまえば、弱い俺の覚悟などすぐに崩れ去ってしまうと。そう思えて仕方なかった」


「弱くてもいいんだぁ。弱いならお互い支えあえばいい。おらぁたちはそうやって生きてきたでねぇかっ」


「弱い男では何も守れない。全てが手のひらから零れ落ち、何一つ残らない。生きた意味も、愛する女さえも」


 握りしめた伊邪那岐の拳から血が滴り落ちてくる。剣の里からこの大陸に来た者たちは皆が今を生き、未来へと目を向けている。だが、彼だけは違う。彼だけは過去に囚われたまま未来を見据えていた。


「俺は、次の戦でこの命をすべて使い切ってこの大陸を平和な国に変えてみせる」


「ふざけるなっ。おめぇさは自分の命を軽く見すぎてる。おめぇさの命はとっくにおめぇさが思ってる以上に重いもんになってる」


「死にゆく男の命など軽いものだ。ましてや、俺は鈿女を失ったとき死人になったも同然。せめてお前たちが幸せになれる世界を作りたいと願うことに何の間違いがある」


「間違いだらけだっ」


 火具土の拳を左頬に受け、その場に立ち止まることはできたものの唇から血を流す伊邪那岐。そんな彼に畳み掛けるように火具土は言葉の刃をたたきつける。


「おめぇさの犠牲が前提で成り立つ平和に何の価値がある? おらぁたちの願っている世界は皆で笑える世界だ。その中にどうして一番傷ついて、一番頑張ってきたおめぇさが含まれてねぇ」


「俺は王だ。誰もが笑える国を作るためなら俺の命なんぞくれてやる」


「それが間違ってるって言ってるのに、どうしておめぇさはわからねぇんだっ」


 再度振りぬかれる火具土の拳。だが、殴られている法よりも殴っている側の心がより深く傷ついていく。


「おめぇさがいなくなったらおらぁが笑えねぇ。布都も凶星も咲耶も天照も月読も、おめぇさの事を真っ直ぐに見てきた人間は誰ひとり笑えねぇ。どうしておめぇさ頭いいのにそんなおらぁでもわかる簡単なことに気付かねぇんだっ」


「笑えるようになるさ。悲しみはその時だけだ。お前にも布都にも月読にも大事だと思える人間ができたのだから、いずれ悲しみも乗り越えて笑えるようになる」


「おめぇの妻たちは?」


「俺以上の男なんぞすぐに見つかる。あいつらほどのいい女であればなおさらだ」


「おらぁは絶対ぇ認めねぇぞ。ほかの誰が納得してもおらぁだけは絶対ぇ、おめぇさの命令でもそれだけはきけねぇ」


「そうか」


 彼は悲しげな表情を浮かべ、言葉を残し踵を返して去っていく。その残して言った言葉がさらに火具土の心を傷つけると知っていながら。


「ありがとう、火具土。やはり、お前は俺には勿体ないぐらいいい男だ。だから、俺のことなど早く忘れて妻と子を守り続けてやってくれ」




親友だと願い続けてきたからこその決別

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