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恋姫異聞録~Blade Storm~  作者: PON
第三章 大陸玉座
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第九十七幕

前回のあらすじ

孫呉と戦争するってさ

 突きつけられた言葉は水滴。それはやがて波紋を産み、巨大な津波となり孫呉の面々へと押し寄せてくる。動揺しているのは誰の目からしてみても明らか。


「ちょっと待ってよ、それって孫呉と構えるってこと?」


「理解が遅いな、俺はそれほど難解な言葉を使った覚えなどないというのに。聞き間違いであると己を誤魔化したいのであればもう一度告げてやる。麟はこの場所を持って孫呉に宣戦布告する」


 その場にいた者たちの何人が彼の言葉を理解できたことだろう。救いの手を伸ばした相手に刃を突きつけられる状況。そんなことを経験している人間はこの場に伊邪那岐以外存在していない。


「貴様らがどう考えていたのか、俺には理解できない。どうせ、俺のような人間には理解できない高尚な考えだったのだろうからな。だが、謝罪しないというのであればそれ相応の覚悟ぐらいは持ち合わせているのだろう?」


 問いかけているというのに、感情が込められていない声。それでもその声に応じるように行動は起こる。


「まったく、最初からこうすればよかったのに。わざわざ相手のいる位置まで自分を下げるなんてあなたの悪い癖よ、旦那様?」


「概ね同感ですが、それが夫の望むことであれば尽くすのが妻としての役目。凶星、私はそう思いますが?」


 いつの間に現れたのか、周喩を抱きかかえた凶星と孫権を同じように抱きかかえた天照の二人が出現し、彼の隣に立っている。


「凶星に天照、だと?」


「ああ、あなたはこの国にいたんだっけ? 小者過ぎてすっかり忘れてたわ」


「あなたに名乗る必要などありません。どうせ、殺す相手なのですから」


 声を上げた夜刀に対して二人の冷淡な声が響いてくる。二人は伊邪那岐ほど優しくない。だからすぐに認識を切り替えてしまえる。目の前にいる人間はかつての同胞であり、現在は敵対する間柄。ならば、殺し殺される関係であると。


「序列の二位と五位を手懐けたと。だからこその強気か、伊邪那岐」


「夜刀、私は優しいから一度だけは許してあげる。私は別に手懐けられたわけでも懐柔されたわけでもないわ。自分で自分のいるべき場所を選んだだけ。序列なんて価値のないもの、とっくの昔に捨ててるわ」


「参考までに言っておきますが、我々二名だけでなく、布都、咲耶、火具土、月読の計六名、全て伊邪那岐様と行動を共にしています。全員が全員、凶星の言うように序列としての立場など捨て去って」


 序列に名を連ねる者たちの実力を夜刀は知っている。だからこそ、言葉を発することができずに飲み込んでいる。夜刀自身にも慢心がなかったとは言い切れない。ただ、相手が伊邪那岐一人であれば自分がぶつかれば対処することは難しくないと踏んでいたのは事実。そこに突きつけられた現実。もはや彼一人では対処のしようがない。


「なぜ、お二人がこの場所に?」


「説明していなかったのですか?」


「まぁ、大体想像はつくけどね」


「敵を騙すにはまず味方からという言葉があるだろう。そういうことだ」


 彼は確かに同行人を自分で選んだ。だが、一言たりとも同行人が彼の連れてきた四人だけだとは口にしていない。はじめから時間をずらしてこちらに向かわせるように指示を与えておいたのだ。


「周瑜に孫権の二人は頂いていく。この二人を沈みゆく泥船に乗せておくつもりは俺にはない」


「なっ」


「貴様っ、どこまでも勝手なことを」


 彼の言葉にいち早く反応したのは孫策と黄蓋。二人は既に武器を構え、いつでも戦闘する意思がにじみ出ている。それでも彼は自然体を崩すことなく、つまらなそうに告げる。


「ここで事構えるつもりか? 愚かなことだな。お前らは本当に自分たちの立場というやつを理解していないらしい」


「何を言って」


 その言葉を孫策は最後まで口にすることができない。彼女の喉元には刃が突きつけられ、その先にいる咲耶が冷たい眼差しを送っていたから。


「咲耶、お前も我慢が足りないな。もう少し辛抱を覚えよ、出番はもう少し先だろうが」


「そうは言うけどさ、こいつら揃いも揃ってあんたに殺意をぶつけてるわけじゃない? そういうの妻としてはやっぱり黙って見過ごせないって」


「策殿っ」


 一拍遅れて自分の主の命が握られている状況に声を上げる黄蓋。こうなってしまえば孫呉の人間は動くことができない。不用意に動けば自分たちの行動で自分たちの王の命が奪い去られてしまう。


「ようやく自分たちの立場を理解できたようだな。この場で事を構えれば、全滅するのは俺たちではなく貴様ら。戦場ではない場所で命を散らしたいと望むのであれば自由に動けばいい。俺は一向に構わぬ」


 彼の言葉を受け、ようやく孫呉の面々は自分たちと相対している人物を理解する。目の前の人物は隻竜王の異名を持つ悪の代名詞。高潔な人間どころか武人ですらない。自分の両手を汚すことを一切躊躇わない化物。


「親切ついでに教えておいてやる。俺を打倒したいと願うのであれば誇りを捨てろ。俺は武人ではない。善人でもないし、聖者でもない。俺は、自国の民の笑顔のためなら喜んで老弱男女区別なく首を落とす。そういう男だ」


 背中を向けた伊邪那岐は今度こそ振り返りはしない。彼の部下たちだけでなく、三人の妻も追従するように玉座の間から堂々と出ていく。人質を取られただけでなく、圧倒的な戦力差を目の当たりにした孫呉の面々は誰一人動くことができない。剣を交えるまでもなく、勝敗は決していた。


◆◆◆◆◆◆◆◆


「それにしても惚れ惚れするぐらい悪役が板についていたな」


「そうね、事前に聞かされていなければ私たちも貴方に対していい印象を持ち続けることはできなかったでしょうね」


 玉座の間を後にし、孫堅の屋敷へと戻ってきた一行。事前に彼がどのような行動に出るかを知らされていた周瑜と孫権の二人は言葉とともにきつい視線を本人へと向けていた。だが、当の本人はあぐらの上に咲耶、右隣に天照、背中から抱きつく凶星という三人の妻に寄り添われている状況で瞳を閉じていた。


「それで、いつからここは貴様の別宅となったのだ?」


「固いことを口にするなよ、虎連。貴様の望み通り、娘の蓮華と娘同然の冥淋を妻に迎えるというのだから。少しぐらい多めに見ろ」


 いきなりなだれ込んできた大人数に広間を占領され、文句を口にした孫堅だったが彼の次の言葉を受けて腰に下げていた剣を引き抜く。


「貴様っ、この前は儂の娘などいらんと口にしておきながらどの口がふざけたことを口にするっ。寝言は寝てから言うものだぞっ」


「気をつけろよ、虎連。こ奴らは俺よりも容赦というものがないぞ?」


 下側から心臓に対して咲耶に刃を向けられ、右側から頚動脈に添えられるように天照から刃を向けられ、背後から心臓に対して凶星から一瞬で孫堅は刃を向けられている。そう、三人は月読経由で知っているのだ。かつてこの人物が自分にとって最も大切な人間を亡き者にしようと計画していたことを。


「あなたが私の旦那様の首を刎ねようとした愚物ね? せいぜい苦しみながらいい声を上げてくれると嬉しいわ」


「あんたがあたしの旦那にこの世界で最初に刃を向けたのよね? それがどれだけ重い罪なのか、あたしが教えてあげるわ」


「てめぇが孫堅かよ、会いたかったぜぇ? この刃を何回突き立ててやりたかったか、ようやく念願が叶うんだからなぁ」


 三者三様。刃越しに孫堅さえも怯んでしまう殺気を乗せて言葉を口にしている。


「お前ら、殺意と刃を収めよ。俺はこの場で流血を望んでいない。まったく、普段は自制ができるのにどうして俺のこととなるとどうしてそこまで沸点が低いのか。もう少し感情を抑えてくれ」


 彼の言葉を受け、不承不承刃を収めて再び先程の位置へと戻っていく三人。その三人を尻目に懐から竹簡と筆を取り出した伊邪那岐は流れるような動作で言葉を書き記して懐へと収める。


「随分と従順だな」


「どうだろうな、俺はお願いする立場であって命令をしたことがないから、そういったことはわからん」


「はぁっ? 命令したことがないだと? お主、王ではなかったのか?」


「命令とは上の人間が下の人間に対して下すもの。俺は自分の国にいる人間を誰ひとりとして下と思ったことはない。命令など下せるはずがなかろうに」


 孫堅の言葉に対して彼は首をかしげる。実際、彼の言葉を聞いて首をかしげたかったのは孫堅の方。命令をくださない王など、彼女はそんなものが存在できると思っていない。王は国の頂点に位置するものに与えられる肩書き。王という立場にいれば、そこには下しか存在していない。


「まぁ、俺がしているのはお願いだな。拒否することも無視することも受け取った側の自由。今まですんなりと受け入れてもらっているだけで、それを望まないものがいてもおかしくはないのだが、どうもうちの国の連中は俺に対して甘いらしい」


 彼は勘違いしているが、それを正そうと口にする者はいない。彼の部下たちは命令であろうとお願いであろうと同じこと。彼が相手であるからこそ素直に従っている。これが別の人間であったのなら、何回も反乱が起きていたことだろう。


「まぁ、国のあり方も王としてのあり方もそれぞれ。儂が口を挟むことではないか。それよりも、儂の娘を娶るというのであれば当然、正室なのだろうな?」


「「「何を言ってるの?」」」


 孫堅の自信に満ち溢れた言葉に三人から同時に異論が叩きつけられる。


「ならば貴様らの誰かが正室であると口にするつもりか?」


「違うな。正室はこの場所にいない。正しく口にするのであれば、正室はこの世界のどこにもいない」


 問いかけたのは三人なのに、帰ってきた言葉は伊邪那岐のもの。その言葉を受けて彼女は戸惑ってしまう。その言葉に乗せられていた感情は喪失。


「俺は、今の俺とともにいてくれる妻のことを愛している。だから比べるつもりはないが、正室には誰にも迎えるつもりはない。未練がましいかもしれないが、俺はあやつと過ごした日々を忘れたいと思えないのだ」


 立ち上がった彼はそのまま外へと出ていく。部下も妻も、彼の後を追うことができない。言葉が壁となって立ち塞がってしまっていたから。


「どういうこと?」


「さぁ?」


 彼の言葉が理解できない孫権と周瑜は首をひねる。そんな彼女たちに彼の三人の妻たちは切なさを隠すことなく告げる。自分たちも、そこにはたどり着けないと。競うことさえできない悔しさを乗せて。


「「「正室の名前は鈿女。陛下にとって、守ることができなかった唯一の女性よ」」」



でも、そこで諦めたら試合終了だよ?

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