第九幕
前回のあらすじ
火具土と再会することができた伊邪那岐
火具土と、程イク、郭嘉、趙雲と名乗った三人、計四人を連れ立って、伊邪那岐たちはこれまでの経緯や、道中であったことを話しながら、茶屋へと場所を移していた。
「要するに、お兄さん達も、曹操様に会いたいわけですね?」
「まぁ、そうなるな」
金髪の少女、程イクの問いに、曖昧に答える伊邪那岐。その言葉の中には、自分は決して含まれていないという意思を、この場にいる人間の、果たして何人か気づくことができただろうか。
「ですが、それは、難しいと思いますよ?」
「それは、何故かしら?」
「黄巾賊という存在をご存知ですか?」
メガネをかけた少女、郭嘉は、周瑜の問いを受け、首を振るのを見てから、説明をわかりやすくしてくれた。
黄巾賊。
王朝に不満を持つ者たちが集まってできた集団。ただ、それは、瞬く間に大陸全土へと広がり、今では、万を超える大所帯。ヘタをすれば、王朝が所有する軍とも、人数だけであれば、まともに渡り合える集団へと変貌しているとのこと。
「ふむ。その、黄巾賊という奴らをどうにかしないことには、曹操の領地に行くことはできないと」
「「はい」」
周瑜の言葉に同意する程イク、郭嘉の二人。
孫策、趙雲、火具土の三人は、なぜか、酒を酌み交わし、最初から話し合いに参加していない。頭を悩ませている軍師たちとは違い、えらく気楽な様子である。
そんな中、頭を悩ませている軍師達、三人の視線が一人の人物へと注がれる。その先には、先ほどから一言も発さず、茶を飲んで、暖かな陽射しと睡魔の誘惑に屈しそうな伊邪那岐の姿。
「伊邪那岐は、どう考える?」
「どうとは?」
「曹操の領地へと行く方法についてだ」
「ああ、そんなことか」
軍師三人が頭を悩ませている問題を、たった一言で切り捨てた伊邪那岐は、大きくあくびをしたあと、背伸びをして、体をほぐす。
「領地に行く必要などないだろうに」
「何を言っているんですか、あなたは?」
「何か考えがあるのだな、伊邪那岐。続けてくれ」
彼の言葉に呆れてしまう郭嘉とは対照的に、周瑜は彼の次の言葉を急かす。
「程イクに郭嘉、二人の話を聞いた限り、曹操という人物は、知勇兼備にして、頭脳明晰、加えて容姿端麗なのだろう?」
「ええ」
「なら、そんな人物が、黄巾賊という大きな存在を見過ごすと思うか?」
「いえ」
「だったら、答えは最初から出ているだろうが」
「すまん、最後まで話してくれ」
「まったく、答えには、自分でたどり着くことに意味があるというのに。軍師が聞いて呆れる」
口では、頭を悩ませている三人を馬鹿にしながら、ただ、その口調は非常に楽しげに伊邪那岐は告げる。
「俺の考えが正しければ、曹操は、既に軍を動かしている。王朝に名を売るにしても、大陸に風評を広めるにしても、黄巾賊退治というのは、絶好の機会。見過ごすには大きすぎる魚だ。時が経てば、黄巾賊を討伐するために、各地の領主たちも腰を上げるだろうが、それでは遅すぎる。手柄を分ける形になってしまうからな」
三人はその場で息を呑む。
己の得た情報、人物像、それらを踏まえたうえで、誰がどのような行動に出るかという、的確な予想。そして何より、流れを読むということに長けている。策士としても、軍師としても、自分たちより、目の前の、伊邪那岐という男が一枚上手であると、納得せざるを得ないほどに。
「ならば、向かうのなら、曹操が動かしている軍の方。違うか?」
三人はその問いに対して、首を縦に降るしかない。
「この近辺の地図はあるか?」
「ここに」
荷物の中から地図を取り出し、机に広げる郭嘉。
「程イク、現在地と、曹操の領地、黄巾賊の位置はどこだ?」
「ここと、ここと、ここですねぇ」
地図の上に石を置いた程イク。その地図を見て、伊邪那岐は、思考を加速させていく。
「なら、向かうべき場所は、ここだな」
そして、彼はすぐに地図上の一箇所を指差した。
「お兄さん、その心は?」
「大軍を相手にするなら、平地での戦闘は不利すぎる。かと言って、障害物の多い森や川で待ち伏せれば、奇襲の旨みは得られるものの、大手を振って、勝利したと言いづらい。なら、策を用い、それでいて、正面から相手を叩く方法が使えるとすれば、この場所になる。もっとも、曹操のそばに、俺なんか遠く及ばない名軍師でもいれば、別の場所も候補地に上がるだろうが、な」
伊邪那岐が指差したのは、峡谷の出口から少しだけ距離をとった場所。確かに、この場所であれば、正面からぶつかる兵の数には互いに限りがあるし、策を用いて奇襲もできるし、不測の事態で、引くことになった場合も、迅速に対応することができるだろう。
「加えて言うなら、曹操が、斥候を各地にはなっていると考え、その報を聞き、軍備を整えて動いたなら、今、いるのは大体このあたりのはず。現在地がここだから、昼にここを出れば、夜には会えるだろうよ、曹操に」
そう、口にしたあと、再び黙し、睡魔に身を委ねる伊邪那岐。
「このお兄さん、一体、何者なんですかねぇ?」
「どこかで、軍師をされていたのでは?」
「私も、詳しいことは聞き及んでいない」
三者三様の言葉が発せられている中、偶然にも、頭に思い浮かべた言葉は三人とも同じ言葉だった。
「「「王佐の才」」」
やる気がない割に、頭は冴えてる主人公