表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

前編

公式企画「夏のホラー 2011」参加作品。年齢制限はもうけておりませんが、後半に流血表現あり。

「頼んだぞ、アズルト。魔女退治にはこれを使え。軽く扱いやすい剣を作らせた」

 額に深いしわを刻み、険しい顔をした王は、自らの手で、若者に剣を差し出した。

「まだ若いそなた一人では心細かろうが、大人数でかかってもベラーザは仕留められなかった。魔女には武力では勝てぬ。そなたの美貌と若さで近づくのだ。だが、少しでも危険を感じたら、すぐに逃げよ。そなたが手ぶらで戻って来ても、責めることはせぬ」

 王の前にひざまずいていた金髪の若い男は、顔を上げた。

「ありがたきお言葉。このアズルト、賜りしこの剣で、必ずや、魔女ベラーザの息の根を止めてまいります」

 二十歳になったばかりの戦士アズルトは、与えられた剣をうやうやしく受け取り、城を後にした。


 アズルトは、兵の服でなく一般の農民の格好をして、ベラーザが住んでいる森に徒歩で入った。戦いには慣れているが、魔女の森に入れば、片時も油断はできない。背中に隠し持っているタガーがすぐに使えるように確認する。

 ベラーザという名の女は、この王国の北の隅にある、広大な森の中心に、たった一人で住んでいる。魔女の一族、と呼ばれる人の姿をした異質な者。

魔女は夜に夜になると森から出てきて人里の畑を荒らすだけでなく、森に入る木こりを殺したりもする。魔女が森にいるせいで、森は危険な場所となり、開拓はなかなか進まない。


 アズルトは荷袋を担ぎ直した。この皮袋には、王からもらった剣を潜ませてあるが、死んで間もない犬も一緒に入れてきた。これは魔女をひっかける為の道具。こんな物を持って魔女を訪れる客など、普通はいないはず。

 これまでにも、城からは魔女討伐隊が派遣されたが、いずれも戻ることなく、討伐隊の兵たちの首だけが森の入口に並べられていた。屈強だった彼らが束になってかかっても、ベラーザを殺すことはできなかったのだ。


 アズルトは、時々方向を確かめながら、森の中心へ向かっている薄い踏み跡をたどった。葉の広い常緑樹の大木が多い森は、昼間でも暗く迷いやすい。木こりが作った詳しい地図片手にゆっくりと歩く。時折、急に吹きつける風に、足を止めては、注意深く進む。

 すでに魔女は気が付いているだろう。しかし、襲ってこないということは、ひとりだけで来たアズルトの様子を監視しているということか。

 たまに小動物が走る音に脅かされつつ、覆いかぶさるような木々の下をさらに進むと、視界が突然開けて、眩しいほどの日射しにアズルトは何度も瞬きした。

 その付近だけ、森が丸く刈り取られ、日当たりのよい空間の真ん中に、小さな民家が建っていた。木こりから聞いた話のとおり。どうやら、妨害されることなくベラーザの住まいにたどりついたようだ。

 木造、赤い屋根、小さめのガラス窓。家の前の庭には、花や野菜が何種類も植えられている。見た目は、村にある普通の家と変わりない。

 心を引き締めると、家の扉をたたいた。

「突然すみません、わたしはアズルトと申します。どうしてもお願いしたいことがございますので、お話を聞いていただけませんか?」

 返事が戻ってこない。留守かと、取っ手に手をかけた時、急に扉が内から開き、アズルトは息を飲んだ。

 戸口に出てきたのは、あどけなさが残る少女。

 肩に流れる銀色の波打つ髪、若葉のような黄緑色の瞳。顔にはしわひとつなく、やわらかそうな頬は、十六歳前後に見える。魔女というからには、黒いフード付きの服を着て怪しげな呪文でも唱えているのかと思いきや、少女が身につけているのは、顔に似合わぬ大人っぽい真っ赤なドレス。両袖はなく、素肌の肩が丸出しの上、大きく開いた胸元は、谷間までくっきりわかる。


 ――ベラーザは、驚くほど美しい魔女。男を誘惑し、心を壊して弄んだ末、殺す。


 その情報を胸に刻んできたアズルトは、美しい少女からできるだけ目を反らし、準備をしてきたとおりの話を出した。

「ベラーザ様ですか?」

「普通の人間が、何の用でここへ来た」

 少女の言葉には強い警戒心がにじみ出ており、威圧的な言い方は大人だった。やはり、見た目どおりの年齢ではないのだろう。細心の注意を払って言葉を選んだ。

「あなた様が死者をよみがえらることができると聞き、死んだ犬を生き返らせてほしいと思いまして、こちらへ伺ったのです。この袋の中身は、母がかわいがっていた犬です」

 ベラーザは、アズルトが担いでいる皮袋を不審そうに見ると、細い眉をひそめた。

「そんなことの為に、わざわざこんなところまで犬の死体を持ってきたのか。犬が欲しいなら、別の犬を飼えばいい。帰れ」

 少女は扉を閉めようとする。アズルトはすかさず足を挟みこみ、扉が閉まるのを阻止した。

「お願いします、お力になってください。母は病気でして、この犬が死んでしまったことをまだ知らないのです。家族同然だった犬が死んだとなれば、母の病が悪化することは目に見えています。どうか、わたしの願いをお聞き届けくださいますよう……」

 ベラーザは、目を細め、アズルトの全身をなめるように観察すると、唇にかすかな微笑を浮かべた。

「犬を生き返らせろと? もちろん、ただで、とは思っていないだろうな」

「はい、お金は持っております」

 アズルトは、王が前払い金としてくれた、金貨の小袋を腰から外し、袋ごとベラーザに渡した。ベラーザは中身を見もせず、重さを確かめるように小袋を握りしめた。

「いいだろう。中へ入れ」

 アズルトは、ほっとしながら、魔女の家に足を踏み入れた。

 

 最初に目に入ったのは、どこにでもありそうな木で作られた長方形のテーブルに、二つの長椅子。それらには彫刻は施されておらず木目がそのままで、一般家庭で使われている物と同じ。

 奥に見える食器棚もそうだ。怪しい薬草なども見当たらず、家だけを見ていれば、この少女が本当に人に害をなす魔女なのか、疑問に思えてしまう。ベラーザは本を読んでいたらしく、テーブルの上には、開いたままの本が置かれ、手元明り用と思われる、蝋燭の火が揺らめいていた。

 ここはどう見ても普通の家。しかし、この森に住んでいるということは、やはりこの少女は恐ろしい魔女に違いない。魔女は、死んだ動物を生き返らせ、たわむれに操っては、死体の内臓を引きずり出して楽しむという。時に、深夜に人里へ現われては畑の野菜を盗んで農民を困らせ、討伐にきた何人もの兵の命を簡単に奪ってしまう化け物。

 古来から生きる魔女の一族の最後の一人、ベラーザ。この女がこの森に住み着いているせいで、木こりや、猟師も思うように仕事ができないと聞かされてきた。見た目が普通でも、そのようなことをする女をこのまま見逃すわけにはいかない。


 アズルトは、さりげなく室内を見まわした。

 奥に扉が見えるが、外への出入り口には見えない。たぶん、あれは寝室への入口で、出入り口は玄関だけだろう。出してある皿の数などを見る限り、この家には、他に誰かがいる気配はない。

「犬の死体を袋から出せ」

 ベラーザに言われたとおり、指示された暖炉の前で皮袋を下ろし、死体を中から出した。その袋の中には、王からもらった剣がまだ入っているが、ベラーザに悟られないよう気をつける。

 厳しい目をしていたベラーザは、ククッ、と声を出して笑った。

「犬の死体にまぎれさせて剣を持ちこむとは、さては、おまえ、刺客か。王からわたしを殺せと頼まれたな? 言っておくが作物を荒らしているのはわたしではない。わたしはおまえに殺される理由などない」

 アズルトは、汗をかきながらも、驚いたふりをした。

「刺客とはまた……物騒なことをおっしゃらないでください。ここに入れている剣は護身用です」

「ならば、なぜ腰につけない。それは飾りか」

 剣には、王家の印が入っている為、袋に隠して持ってきたのだった。さらりと言われた嫌味に、アズルトは、焦りを隠し、ベラーザに頭を下げた。

「森の中では腰にさげていました。武装していては、お願いを聞いていただけないと思い、つい先ほど袋に入れたのです」

「そうか。まあそこへ座れ。久しぶりの客人だから、歓迎してやろう」

 アズルトは、長椅子に座りはしたが、出された飲み物には手をつけなかった。王の兵だと見破られているなら、毒を盛られる可能性がある。

 ベラーザは、テーブルをはさんで向かい合う位置に腰かけた。

「おまえは、本当に、本気で、その犬を生き返らせる為だけにここへ来たのか」

 アズルトはベラーザの目を見ながら、力強くうなずいた。

「病に苦しむ母の為です」

「嘘だな。おまえは王に利用されてここへ来た。見上げた忠誠心だが、おまえの王は、とんでもない悪人だ」

 ベラーザは、ここへ王自身が乗りこんできて、自分を連れ去ろうとした話をした。

「あの王は、わたしを力ずくで自分の物にしようとしていたのだ」

「国王陛下がそのようなことをなさったとは、知りませんでした」

 アズルトは差しさわりのない返事をした。

「知らなくて当然だ。王とは、自分に都合の悪いことは隠すもの」

「そういうことは……自分にはわかりませんので」

「王は世界一の愚か者。この森を焼き払って畑にするつもりらしい。畑にして農民に与えて、王への不満をそらそうとしている。森はわたしの住まいだ。森で暮らす者がどうなるか考えもしない」

 ベラーザは王の悪行を長々と語る。彼女の話だけを聞いていると、本当に王は大悪人のようだ。


 ――王が本当に? だまされるな。この女はしたたかな魔女。人の心を操ろうとしている。


 アズルトは、適当に相槌を打ちながら、いつでも剣を抜けるよう、袋の中をさぐった。

「あの……お話の途中ですみませんが、畑を荒らすのは、あなたではないのですか?」

「夜に人の畑へ行くことは確かにある。野菜の種を得る為だ。捨ててあるものを拾い、収穫前の野菜は盗まない。しかし、わたしが姿を少しでも見せれば、野菜泥棒はわたしだということに決めつけられてしまう」

 アズルトは考え込んだ。

 聞いてきた情報と違う。魔女は滅びるべき、と吹き込まれてきたことはでたらめなのだろうか。魔女には魔女の言い分があるようだ。王はなびかなかったベラーザのことを憎んでいるらしい。だから殺せと命令したのかもしれない。しかし、屍を操る、という話は……犬の死体を生き返らせることなどできない、とは彼女は言わなかったではないか。

「アズルト、さっきからその手で何をしている」

 いきなり心臓が突かれた気がしたが、できるだけ普通にふるまった。

「何もしておりませんが」

「ふふ。悪いがその剣も、代金としてこちらへもらおう。これっぽっちの金で、生命を蘇らせる術を要求するとは、ふざけている」

「すみません。自分は貧しい農夫です。お金は先ほど渡しただけしか用意できませんでした。代金が不足ならば、その剣もさしあげます」

 アズルトは、仕方なく、王からもらった剣を袋ごと渡した。一撃で仕留めるなら、よく切れそうなこの剣で、と思っていたが、まだ武器は他にも持っている。ベラーザが背中を見せたらいつでも――

 だが、それでいいのだろうか。

 ベラーザは、そんなアズルトの気持ちを見透かすように、目を細めると、受け取った袋から王の剣を取り出し、また、ククク、と喉を鳴らして笑った。

「これは良い剣だ。切れ味を試したくなる」

 ベラーザは立ちあがって剣を抜き放ち、笑った顔のまま、刃先をアズルトに向けた。

「おまえはまだ若い。殺すにはおしいな。王も酷なことをする」

「御冗談を。自分は王様とは何の関係もなく――」

「芝居はたくさんだ! 殺し屋め」

 いきなり言葉がきつくなり、ベラーザはアズルトの頭上で剣を振り上げた。

「くっ!」

 アズルトは反射的に立ち上がり、背中に仕込んであったタガーに手をやった。


 

 ろうそくの炎が揺らぎ、首と胴が離れた体が転がる。

 床板には、たちまち血の泉が広がっていった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ