いかに死ぬか
1
誰もいない会社のオフィスで、俺はデスクの上に立ち、首に縄をかけ、飛び降りた。
一瞬で首に全体重がかかり、目の前が燃えたように真っ赤に染まった。しだいに赤は黒へと変わっていき、何も見えなくなり、そしてゆっくりと意識が消えていき、俺は死んだ。
生き返った。
何が起こったのか、と驚いていると俺は死んだ。
生き返った。
だが縄が首にかかったままだ。また死んでしまう、そう思っていたら俺は死んだ。
生き返った。
その後、何度も死にながら苦労して縄を外した。
どういうことなのか考えたがわからなかった。
どうでもいいか、と俺はおもむろに窓から飛び降りた。
窓が凄まじい勢いで足の方へ遠ざかっていくと同時に、地面が頭の方から近づいてくる。反射的に危ないと思い目を閉じて手を前に突き出したが、当然避けられるはずもなく、アスファルトの猛烈なアタックを受けて俺は死んだ。
生き返った。
確かに頭が砕けたはずなのに再生していた。触って確かめてみたが、どこにも傷一つなかった。
どうやら死ねないらしい、と道路に寝転んだまま考えていた俺はトラックに撥ね飛ばされた。
五メートルほど空中を飛んだ後、回転して全身をアスファルトに擦り付け、服の断片や皮膚や爪や血や髪などの細かいパーツを地面にプレゼントしながら転がり、腕や脚や頭などの転がる際に邪魔になる部分が地面に擦れることで抵抗を生んで減速していき、全身の骨がまんべんなく砕けたころ、俺は死んだ。
生き返った。
確かに死んではいるのだが、すぐに身体が元通りになって生き返ってしまうようだった。
駆け寄る運転手を無視して俺はほぼ完全に再生しつつある身体を引きずってふらふらと立ち上がると、駅へ行き、列車に飛び込んでみた。
一度、列車の前部に撥ね飛ばされた後、線路に落ち、レールと車輪によって胴体が真っ二つに裁断されたかと思うと、腕や脚や服や肉が車輪に絡みついた。車輪は糸車のように俺の身体を手繰り寄せ、巻き込んでいき、複雑に折られ刻まれしながらグチャグチャの挽き肉になって俺は死んだ。
生き返った。
やっぱりそうなのか、と俺はがっかりしながら素知らぬ顔で駅を出て海へ行き、水の中へ飛び込んだ。
気管に入った水に咳き込み、咳き込んだせいで更に多くの水が気管に入り、それでも息を吸おうとするせいで胃と肺に大量の水が流れ込み、同時に鼻の奥に入り込んだ水で三半規管を狂わせ、上も下もわからなくなり、呼吸が出来なくなって俺は死んだ。
生き返った。
生き返ったが、まだ海の中だ。俺は死んだ。
生き返った。
海に来たのは失敗だった。俺は死んだ。
生き返った。
首吊りの時と同じだ。俺は死んだ。
生き返った。
なんとか地上に戻らなければ。俺は死んだ。
このままだと何度も死んでは生き返り続けることになる。俺は死んだ。
生き返った。
助けてくれ。俺は死んだ。
生き返った。
誰か。俺は死んだ。
生き返った。
俺は死んだ。
生き返った。
俺は死んだ。
生き返った。
死んだ。
生き返った。
死
2
私は夜の海で、身を投げるのに適した岩を探していた。
崖の上から海岸を見下ろし、痛みを感じる間もなく殺してくれそうな、絶望に支配された生を断ち切り、彼岸へポンと送り出してくれそうな、そんな荒々しくも優しい岩を探していたのだ。
自殺に関する書籍を何冊か読んだ結果、私は飛び降りが最も好ましいと感じていた。
溺れ死ぬのは嫌だが、岩に頭を打ちつけて頭部を砕けば一瞬で死ねる。
飛び降りるだけならどこでも良いはずだが、私は崖が良かった。崖から飛び降りるのには、他の飛び降りとは違い、ロマンがある。
岩を洗うように押し寄せる波が、死体を母なる海へと送り返してくれるのだ。
そうして岩を探していたのだが、やはり人生とは思い通りにならないもので、なかなか理想的な岩は見つからなかった。
あるいは高望みのしすぎなのかもしれない。いつもこうだ。理想が高すぎるだけなのか、現実を知らないだけなのか、妥協を知らないだけなのか、単に逃げているだけなのか、夢を見すぎているだけなのか、それとも本当に現実が糞なのか。
いつもの癖で、海岸を見下ろしながら、こうした意味のない思索に耽っていると、まさに理想的な岩を見つけた。
私は狂喜し、すぐにでも崖から飛び降り、岩のもとへと駆けつけたかった。が、岩の上には先客がおり、このままでは飛び降りることが出来なかった。
私は、何一つ思い通りにならない人生の最後くらいは華々しく飾りたかった。人生の最後は私と岩の二人きりで締め括りたかったのだ。
私は注意深く崖下へ降り、それを眺めた。ズタボロのスーツを身につけたその男はどこからどう見ても死んでいた。
靴の先で腹のあたりを蹴って海へ捨てようとしたのだが、男は存外に重く、ただブヨブヨと揺れるのみで、岩から動こうとはしなかった。
と、男が生き返った。
ゲボゲボと咳き込みながら水を吐き出し、呆けた顔で私を見て「ああ、助かった」と男は言った。
「なんなの?」と私は言った。
「実は死のうとしていたんだが、どういうわけか不死身になってしまったようで、何をやっても死ねないんだ。首を吊り、ビルから飛び降り、トラックに撥ねられ、列車に牽かれ、海に沈んだが死ねなかった。いや不死身ではないか、死んでもすぐに生き返ってしまうんだ。しかも痛みや苦しみはそのままなんだ。海に沈んだ時はもう駄目かと思ったが、なんとか岸までたどり着いたようだ」
ああ良かった良かった、と呟きながら男は立ち上がり、私を見据えて声を潜めて言った。
「自殺はやめたほうがいいよ」
その瞬間、頭の中で何かが千切れる音がした。と同時に、目の前の男に憎悪が沸き、気づくと私は男を押し倒し、首に両手をかけて締め上げていた。
「な、なにを……」
男は首にかけられた手を外そうとジタバタしていたが、急に白目を剥くと動かなくなった。
私は男を引きずり、海の中へ投げ込んだ。
「もう戻ってくるなよ」
沖へ流れていく男にそう声をかけ、仕事を終えた後のような充実感に包まれながら、日が昇り始めた海をしばらく眺め、私は急いで崖をよじ登った。
そうしてもう一度、崖の下を眺めたが、朝日に照らされてキラキラと光る岩は、しかし先ほどよりも遥かに色褪せて見えた。