声を聞いて
ある時、耳が敏感になった。
敏感と言っても音が大きく聞こえているわけではない。
人の声で言うならば、その声を聞くだけで、その人の感情がわかるようになる。そういう意味の敏感だ。
以来、誰かと話していても、相手が私に対してどういう感情を抱いているのか、すぐにわかるようになった。
目は口ほどに物を言うと言うけれど、私に言わせれば、声は目よりも人を現す、だ。
もとより、小説などを読む趣味は持ち合わせていなかったけれど、この自分の能力に気付いた時、オーディオブックというものに興味を持った。
聞いてみると、面白い。
アナウンサーでも役者でも声優でも、聞くだけでその人の持っている力量がわかる。
丁寧に仕事をする人。
勢いだけでやっている人。
ただただ声を出している人。
慣れてくると、声を出している人の性格までが、手にとるようにわかる。
もちろんそれは、私の想像、もしくは妄想でしかない。
だって、オーディオブックの声を出している人になんて、会ったことないから。
そんな中、一人の男性の声が気になった。
なんて優しい声なんだろう。
声でちゃんと表現しようとしているのがわかる。
怒ってるから、とげとげしく大きい声を出すとか、そんな大雑把な演技ではない。
ちゃんと怒ってることを、伝える声だった。
しかも、話してる相手がどれくらいの距離にいるのかさえ、表現している。
恋人を見送るシーン。
また明日ね。と、別れの儀式をして離れていく恋人に対して、声をかける。離れていく、また声をかける。更に離れていく。それでも声をかける。そして、つぶやくように、心で会話をするように、また明日。と言う。
全身の血が、なみうった。
私は母を呼び、彼にファンレターを出したいと伝えた。
だったらあなたも、声で感想を送ってみたら?
母はそう提案してきた。
いいかも、すごくいいかも。
できるだけ、良い音質で声を届けたいと私はダダをこねて、高品質のマイクを買ってもらった。
1回出すだけで終わったりしないでしょうね?
そういう母の声は、自身の提案に対する後悔がにじみ出ていた。
でも私はそんなこと気にしない。
だって、あの人に 私の声が届く。会ったこともないあの人と、会話するみたい。
そう思うと、とてつもない高揚感に身が震える。
直後、体の内側がひっくり返るような不安がよぎってくる。
ちゃんと聞いてくれるだろうか?
変な声だと思わないだろうか?
そもそもちゃんと喋れるだろうか?
あんた、恋人気取り?
姉が私を、笑った。
そんな姉を、私は罵倒した。
私の左頬を、なにか冷たい物が激しく当たった。
姉の手だ。
冷たい手の癖に、当たったところは、激しく熱い。
姉は、続けた。
言葉でだ。
誰があなたを一生面倒見ると思ってるの?あなたなんてただ生きてるだけの、価値のない人間でしょ。目が見えない癖に。
私は、目が見えていたら、姉をどうにかしていたと思う。
でもよかった。おかげで独り立ちができた。
今、私は、音響監督として声の仕事に携わっている。
自分の特技を活かした、いい職業 選択だったと自負している。
生きている価値。
そんな物が私にあるのかは、わからない。
なにせ、あんなクソな姉でも、私を奮い立たせるという意味では、価値があったのだから。
私は私の生きがいを育てるだけだ。
あの人の声を近くで聴きながら。




