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声を聞いて

作者: chui
掲載日:2026/10/17

ある時、耳が敏感になった。


敏感と言っても音が大きく聞こえているわけではない。

人の声で言うならば、その声を聞くだけで、その人の感情がわかるようになる。そういう意味の敏感だ。


以来、誰かと話していても、相手が私に対してどういう感情を抱いているのか、すぐにわかるようになった。

目は口ほどに物を言うと言うけれど、私に言わせれば、声は目よりも人を現す、だ。


もとより、小説などを読む趣味は持ち合わせていなかったけれど、この自分の能力に気付いた時、オーディオブックというものに興味を持った。


聞いてみると、面白い。

アナウンサーでも役者でも声優でも、聞くだけでその人の持っている力量がわかる。

丁寧に仕事をする人。

勢いだけでやっている人。

ただただ声を出している人。

慣れてくると、声を出している人の性格までが、手にとるようにわかる。

もちろんそれは、私の想像、もしくは妄想でしかない。

だって、オーディオブックの声を出している人になんて、会ったことないから。


そんな中、一人の男性の声が気になった。

なんて優しい声なんだろう。

声でちゃんと表現しようとしているのがわかる。

怒ってるから、とげとげしく大きい声を出すとか、そんな大雑把な演技ではない。

ちゃんと怒ってることを、伝える声だった。

しかも、話してる相手がどれくらいの距離にいるのかさえ、表現している。


恋人を見送るシーン。

また明日ね。と、別れの儀式をして離れていく恋人に対して、声をかける。離れていく、また声をかける。更に離れていく。それでも声をかける。そして、つぶやくように、心で会話をするように、また明日。と言う。


全身の血が、なみうった。


私は母を呼び、彼にファンレターを出したいと伝えた。

だったらあなたも、声で感想を送ってみたら?

母はそう提案してきた。


いいかも、すごくいいかも。


できるだけ、良い音質で声を届けたいと私はダダをこねて、高品質のマイクを買ってもらった。


1回出すだけで終わったりしないでしょうね?

そういう母の声は、自身の提案に対する後悔がにじみ出ていた。


でも私はそんなこと気にしない。

だって、あの人に 私の声が届く。会ったこともないあの人と、会話するみたい。

そう思うと、とてつもない高揚感に身が震える。


直後、体の内側がひっくり返るような不安がよぎってくる。

ちゃんと聞いてくれるだろうか?

変な声だと思わないだろうか?

そもそもちゃんと喋れるだろうか?


あんた、恋人気取り?

姉が私を、笑った。


そんな姉を、私は罵倒した。

私の左頬を、なにか冷たい物が激しく当たった。

姉の手だ。

冷たい手の癖に、当たったところは、激しく熱い。


姉は、続けた。

言葉でだ。


誰があなたを一生面倒見ると思ってるの?あなたなんてただ生きてるだけの、価値のない人間でしょ。目が見えない癖に。


私は、目が見えていたら、姉をどうにかしていたと思う。

でもよかった。おかげで独り立ちができた。


今、私は、音響監督として声の仕事に携わっている。

自分の特技を活かした、いい職業 選択だったと自負している。


生きている価値。

そんな物が私にあるのかは、わからない。

なにせ、あんなクソな姉でも、私を奮い立たせるという意味では、価値があったのだから。

私は私の生きがいを育てるだけだ。

あの人の声を近くで聴きながら。

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