最終話:エレオノーラ、慈悲(なさけ)をかける
結末だ。
彼らを単に殺してしまうのは簡単だが、それでは「生産性」がない。
彼らの愚かさを最大限に利用し、永続的な苦しみを与える。それが、合理的かつ最も残酷な復讐だ。
……数刻後。
魔王城『謁見の間』の巨大な扉が、重々しい音を立てて開かれた。
そこへ雪崩れ込んできたのは、勇者の一行――と呼ぶにはあまりに薄汚れた、難民のような集団だった。
「はぁ、はぁ……魔王め、観念しろ! 俺たちは王都からここまで、誰一人欠けることなく到達したぞ!」
アランが泥だらけの剣を抜き、枯れた声を張り上げる。
だが、その視線の先にいたのは、禍々しい魔王と、その膝の上で優雅に足を組み、最高級の闇色絹のドレスを纏った美女――エレオノーラだった。
「え……エレオノーラ?」
アランが間の抜けた声を出す。
彼女の肌は宝石のように潤い、その身には国宝級の魔道具がいくつも輝いている。やつれ果てた自分たちとは、まるで天と地ほどの差があった。
「エレオノーラ! 無事だったか! やはり魔王に洗脳され、囚われていたんだな! 今助けてやるぞ!」
「そうよ! 魔王に身体を売って贅沢するなんて、聖女である私が許さないわ! 汚らわしい!」
ミナがキーキーと喚く。
そのあまりに現状が見えていない発言に、広間の空気が凍りついた。
側近として控えていた四天王――巨躯のオーク将軍ガドルや妖艶なサキュバス団長リリス、さらには、魔導師団長・万死のネクロン、そして天空竜騎士団長・紅蓮のヴァルドが、「プッ」と吹き出すのを必死に堪えている。
エレオノーラも扇で口元を隠し、クスクスと冷笑を漏らした。
「助ける? ……あら、貴方たち。私を『捨てた』のではなくて?」
その声は鈴を転がすように美しいが、絶対零度の冷たさを帯びていた。
「な、何を言っている! お前を連れ戻してやるから、すぐに国へ帰って仕事をしろ! 書類が山積みなんだ! 結界も消えたせいで、国民がうるさいんだよ!」
アランの身勝手な言い分に、魔王ヴェルザードの殺気が膨れ上がる。
だが、エレオノーラはそれを片手で制し、ゆっくりと立ち上がった。
「書類? 結界? ……ふふ、まだ気づいていらっしゃらないのですね。貴方たちが失ったものが、事務処理係だけだと思っているのですか?」
彼女が虚空に手を伸ばす。
瞬間、大気が悲鳴を上げ、青白い閃光と共に全長2メートルを超える巨大な刃が現れた。
氷の大剣。
その圧倒的な威圧感に、アランの背後にいた騎士団長が腰を抜かした。
「ば、馬鹿な……その大剣は……! ま、まさか、貴方様がSランク冒険者、『氷剣のレオナ』殿だったのですか!?」
「えっ」
アランとミナが絶句する。
「その通りですわ。内政を支えていたのも私。国の武力を象徴していた『レオナ』も私。……貴方たちは、自らの手で国の心臓と剣を同時に捨てたのです」
エレオノーラは大剣を一閃させた。
衝撃波だけでアランたちの鎧が砕け、全員が床に無様に転がる。
「ひぃっ!?」
「あ、ありえない……お前のような可愛げのない女が、最強の冒険者だなんて……!」
現実を突きつけられ、ガタガタと震えるアランたち。
魔王ヴェルザードが玉座から立ち上がり、残酷な笑みを浮かべた。
「さて、俺の愛妻を愚弄した罪だ。死を持って償ってもらおうか」
魔王の手のひらに、絶望的な密度の闇魔法が収束する。
アランとミナは涙と鼻水を垂らして懇願した。
「た、助けてくれ! 死にたくない!」
「私は悪くないの! 全部アラン様がやったことよぉ!」
醜い命乞いとなすりつけを見下ろしながら、エレオノーラはふと、魔王の腕に触れた。
「お待ちになって、あなた」
「ん? 止めるのか、エレオノーラ」
「ええ。殺してしまっては、一瞬で終わってしまいますもの。それはあまりに……『慈悲深すぎ』ましてよ」
エレオノーラは、地べたを這う元婚約者たちを見下ろし、妖艶に微笑んだ。
「彼らには、生きていただきましょう。そして、これからもセレスティア王国の王族として、国を統治させるのです」
「な、なんだって?」
アランが希望を見出したように顔を上げる。
「そ、そうか! やはりお前は俺を愛して……」
「勘違いなさらないで」
エレオノーラは氷のような声で切り捨てる。
「セレスティア王国には、今後一切、魔王軍は侵攻しません。その代わり……周辺国への侵攻ルートとして、貴国の領土を『安全に』通過させていただきますわ」
「は……?」
「つまり、魔王軍はセレスティアには手を出さず、隣接する『聖光大陸』の諸国を攻める。さて……世界は貴方たちをどう見るかしら?」
アランの顔から血の気が引いた。
それは、地獄の宣告だった。
セレスティア王国は魔王軍に無傷でスルーされ、他国だけが被害を受ける。
そうなれば、他国はこう考えるだろう。
『セレスティアは魔王と結託している』と。
「せいぜい、他国の王たちからの怨嗟の声に耳を傾けることですわ。『あの王太子が無能なせいで』『あの聖女が悪女のせいで』……世界中からそう罵られながら、ボロボロの玉座にしがみつきなさい」
エレオノーラは、アランの目の前にしゃがみ込み、とどめの一撃を放った。
「それが、私を追放した貴方たちへの、永遠に終わらない罰です。――さあ、お帰りくださいまし? 貴方たちの『孤立無援の国』へ」
彼女の宣告に、アランは理解が追いつかず、しかし本能的な拒絶で喚き散らした。
「ふ、ふざけるな! そんなこと許されるか! 俺は王太子だぞ! 命令だ、エレオノーラ、今すぐ戻ってこい! 俺をこんな目に遭わせて、タダで済むと思っているのか!?」
「いやぁ! こんなボロボロのまま帰るなんて無理よぉ! 綺麗なドレスと、美味しいご飯をよこしなさいよぉ!」
往生際悪くエレオノーラのドレスに縋り付こうとする二人。
その瞬間、魔王ヴェルザードの瞳が底冷えするほど細められた。
「……聞き苦しいな、羽虫どもが」
魔王が指をパチン、と鳴らした。
それだけの動作だった。
「――っ!?」
アランたちの足元に、巨大な魔法陣が瞬時に展開される。
圧倒的な魔力の奔流が、空間ごと彼らをねじ曲げる。
「な、なに、やめろ、やめろおおおぉぉぉ――ッ!」
「いやあああああッ!」
ズンッ、と空気が弾ける音と共に、数百名の騎士団ごと、彼らは一瞬で広間から消失した。
後には、静寂だけが残る。
魔王による集団転移魔法。
彼らは今ごろ、暴動の真っ只中にある王都の広場へと、文字通り「放り出された」ことだろう。
「ふん、手出しはさせんよ。俺の妻に触れていいのは、俺だけだ」
魔王は埃を払うように手を振り、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
◇
それから、数ヶ月後。
魔王城のバルコニーで、エレオノーラは眼下に広がる世界地図を眺めていた。
かつて「光の国」と呼ばれたセレスティア王国は今、聖光大陸中の憎悪を一心に受けていた。
周辺国からは国交を断絶され、経済封鎖を受け、物資は枯渇。
国民は「無能な王族」を呪いながら次々と他国へ流出し、アランとミナは毎日のように届く他国からの脅迫状と、暴動の恐怖に怯えながら暮らしているという。
『もし、セレスティアがレオナ様を追放しなければ……!』
『あの愚かな王太子と聖女さえいなければ、ルメリスは平和だったのに!』
そんな嘆きと恨み言が、風に乗って聞こえてくるようだ。
「……残酷な女だ」
背後から抱きしめてきた魔王ヴェルザードが、愛おしそうに囁く。
「殺すよりも遥かに重い苦しみを、死ぬまで与え続けるとはな」
「あら。私は彼らに『身分』と『命』を保証して差し上げましたのよ? 感謝されてもいいくらいですわ」
エレオノーラは悪びれもせず、魔王の首に腕を回した。
その瞳は、かつてないほど清々しく輝いている。
「さあ、見ていましょう、あなた。彼らが泥の中で足掻き、朽ち果てていく様を。……それが、私たちが世界を統べるための最高の余興ですわ。」
魔王は深く頷き、最愛のパートナーに口づけを落とした。
こうして、追放された公爵令嬢は魔王夫人に君臨し、愚かな祖国を踏み台にして、新たな居場所を手に入れたのである。
(完)
最後まで付き合ってくれて感謝する。
「地獄の自治権」を与え、世界のヘイトとして利用する。……我ながら、えげつないオチになったと思う。
だが、読後感はスッキリしたはずだ。
さて、書き上げた原稿は、うちの工場で印刷して街の書店に卸す予定だ。
この本が売れたら、次こそは私の書斎に「全自動・魔導マッサージチェア」を導入しようと思う。
それでは、また次の作品で。
――結城 晶
※追伸
反応が良ければ、いつか続編を書くかもしれん。




