第4話:エレオノーラ、高みの見物をする
タイトル通り、物理的にも精神的にも「高み」からの描写だ。
愚か者たちが泥にまみれて進む中、ヒロインは優雅にワインを傾ける。この対比こそが、ざまぁ系小説の醍醐味と言えるだろう。
わざわざ道を開けてやるあたり、彼女の性格の悪さ(褒め言葉だ)が出ていて気に入っている。
数ヶ月後。
魔王城の最上階のバルコニー。
そこでエレオノーラは、最高級の赤ワインが入ったグラスを揺らしながら、空中に浮かべた遠見の魔法鏡を眺めていた。
「あらあら。ずいぶんと賑やかですこと」
鏡に映っているのは、彼女の故郷――かつて「光の国」と謳われたセレスティア王国だ。
だが今、その国は阿鼻叫喚の地獄へと変わり果てていた。
国境の結界は消滅し、魔物の侵入が常態化。
王都の大広場には、救いを求める民衆が溢れかえっていたが、その祈りが届くことはなかった。
◇
「聖女様! また北区画にガーゴイルが現れました! 早く浄化の光を!」
「私の家が燃えているんだ! なんとかしてくれ!」
悲痛な叫びを浴びせられ、王城のテラスに立った聖女ミナは、引きつった笑顔で杖を振った。
「え、えーっと……聖なる光よ、悪の化身を打ち払え、聖なる光! ……あれぇ?」
彼女の杖からは、線香花火のような頼りない光がポツリと漏れただけ。
当然、空を飛び回るガーゴイルには傷一つつけられない。
それどころか、ガーゴイルは嘲笑うかのように急降下し、民衆の目の前で屋台を粉砕した。
「ひぃっ! 怖いよぉアラン様ぁ!」
ミナは悲鳴を上げ、隣にいたアランの背後に隠れてしまう。
その無様な姿を見た瞬間、民衆の不満が爆発した。
「なんだそれは! それでも聖女か!」
「前の……エレオノーラ様がいらっしゃった時は、こんなことは一度もなかったぞ!」
「そうだ! あの方が結界を張り続けていてくださってたんだ!」
「おい、この女……実は魔力なんてほとんど空っぽなんじゃないか!?」
誰かが投げた石つぶてが、ミナの足元に転がった。
それを合図に、「偽聖女!」「税金泥棒!」「エレオノーラ様を返せ!」という怒号の嵐が巻き起こる。
「う、うるさい! 静まれ愚民ども! ミナは調子が悪いだけだ!」
王太子アランは顔を真っ赤にして怒鳴り返すが、もはや騎士たちですら冷ややかな視線を向けていた。
執務室に逃げ帰ったアランは、震える手で剣を握りしめた。
「くそっ、これもおのれも、全て魔王の仕業だ……!」
「そうよぉ! 魔王が、私たちの『便利なエレオノーラ』を誘拐したからいけないのよ!」
民衆の暴動は時間の問題だった。
ここにいては殺される。アランとミナは、自分たちの保身と、都合の良い妄想を正当化するために叫んだ。
「近衛騎士団を招集しろ! これより魔王城へ進軍し、魔王を討伐! そしてエレオノーラを奪還する! あいつさえ連れ戻せば、民衆も黙るはずだ!」
それは、国家の存亡をかけた決戦というよりは、暴徒化した国民から逃げるための、あまりに身勝手な夜逃げだった。
◇
その様子を魔法鏡で眺めていたエレオノーラは、クスクスと笑いながら、隣に来た魔王ヴェルザードに果実を差し出した。
「ふふ、ご覧になりまして? あの必死な形相。滑稽ですわ」
「性格が悪いな、俺の妻は。……だが、わざわざ城までの道を開けてやるなんて、優しすぎるんじゃないか?」
「あら。泥遊びをするお客様のために、断罪の花道を用意して差し上げなければ。それに……」
彼女の指先一つで、森の魔獣たちが道を開ける。
「そうしなければ、あの方々たち、途中で全滅してしまいますわよ」
それは慈悲ではない。彼らを確実にこの城へ招き入れ、絶望の底へ叩き落とすための誘導だった。
こうして、アランとミナ、そして王命により嫌々従う数百名の近衛騎士団による「魔王討伐隊」は、裏門からこっそりと王都を出発し、人類未踏の地――北の魔境の森へと足を踏み入れたのだが……。
「はぁ、はぁ……なんだ、この泥濘は……!」
「水が……水をくれ……」
そこは地獄だった。
本来ならばSランク魔獣が跋扈する死の森。だが奇妙なことに、彼らが進む道中だけ、魔獣が一切現れなかったのだ。
その代わり、彼らを襲ったのは過酷な自然環境だった。底なしの沼、切り裂くような茨の道、そして極寒の夜風。
補給計画もずさんな彼らは、またたく間に食料を尽きさせ、泥水をすすり、鎧は錆びつき、プライドも髪もボロボロになっていった。
「おかしい……なぜ魔物が出ない? これは魔王の罠か?」
騎士団長が怯えるが、アランは虚勢を張る。
「ふん! 俺の王気に恐れをなして逃げ出したに決まっているだろう! 進め! 魔王城はもうすぐだ!」
彼らは知らなかった。
その道中の魔獣たちが、事前にエレオノーラの手によって「あえて彼らを通すため」に徹底的に排除されていたことを。
彼らが這いずり回っているのは、魔王城へと続く断罪の花道であることを。
そして、出発から一ヶ月後。
泥人形のように薄汚れた彼らはついに、魔王城の巨大な正門へと辿り着いたのだ。
「ずいぶん遅かったですわね。」
城のバルコニーからそれを見下ろしていたエレオノーラは、空になったグラスを置き、優雅に立ち上がった。
「さあ、参りましょうか。――愚かなお客様の、お出迎えに」
「断罪の花道」というフレーズ、ポチがマヨネーズせんべいを食べながら「レッドカーペットなのだ!」と言っていたのを聞いて採用した。あいつの語彙力にはたまに驚かされる。
泥だらけで到着した彼らを待ち受けるのは、最高の絶望だ。次話、いよいよ最終回。
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