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第3話 エレオノーラ、改革する

 待たせたな。カタルシスの時間だ。


 「物理的な暴力」と「知的な管理能力」。この二つを併せ持つヒロインが、停滞した組織を叩き直す様は、書いていて非常に筆が進んだ。


 やはり、仕事ができる人間を見るのは気分がいい。


「戦場より酷いじゃないの!」


 魔王城の心臓部、大会議室兼執務室に、エレオノーラの呆れた声が響き渡った。


 無理もない。目の前に広がる光景は、几帳面な彼女にとって地獄絵図そのものだったからだ。


 床が見えないほどに散乱した羊皮紙。数百年分の埃と、インクの腐った臭い。


 そして、その書類の海で溺れかけている魔王軍の幹部たち。


「ええい、計算が合わん! なぜゴブリン部隊の食費がドラゴンの十倍になるのだ!?」


 頭を抱えて吠えているのは、四天王の一角、剛腕のオーク将軍、ガドルだ。


「南の砦から『武器が届かない』とクレームよぉ。もう、あたし知らないわぁ」


 気だるげに嘆くのは、サキュバスで諜報師団長のリリスだ。


 彼らは個の戦闘力においては一騎当千の強者だが、事務処理能力においては新入りの文官以下だった。


 魔王ヴェルザードは、玉座の上で「な? 酷いもんだろう?」と他人事のように肩をすくめている。


 エレオノーラは、こめかみを指で押さえた。


(ファイリングのルールが存在しない。決裁権限が分散しすぎている。そもそも、このオーク、足し算を指折り数えているレベルね……!)


 彼女にとって、Sランク魔獣よりも恐ろしい「非効率の極み」がそこにあった。


 エレオノーラは、スタスタと部屋の中央へと歩み出た。


「そこの人間! 邪魔だ、踏み潰すぞ!」


 苛立っていたオークのガドルが、巨大な腕を振り上げて威嚇してくる。


 だが、次の瞬間。


 ドォォンッ!


 部屋の温度が氷点下まで急降下し、巨大な氷塊がオーク将軍の鼻先数センチの床に突き刺さった。


 それがエレオノーラの愛用する氷の大剣だと気づいた時、ガドルの顔は青ざめ、腰を抜かして座り込んだ。


「お座りなさい、豚さん(オーク)。……今から、この私が『教育』して差し上げますわ」


 エレオノーラは氷の瞳で部屋全体を睥睨する。その威圧感は、魔王に勝るとも劣らなかった。


 彼女はパン! と手を叩き、宣言した。


「これより、魔王城執務室の抜本的改革を行います。私の指示は絶対。口答えは許可しません。よろしいわね?」


 玉座のヴェルザードがニヤリと笑い、手を振る。


「許可する。存分にやれ、エレオノーラよ」


 魔王のお墨付きを得たエレオノーラによる、暴力的なまでの業務改善(カイゼン)が始まった。



「まずは環境整備からですわ!」


 エレオノーラが指を鳴らすと、空調魔法エアコンディショニングが発動。蒸し暑かった室温が快適な温度に保たれ、淀んだ空気が清浄化される。魔族たちの能率が目に見えて上がった。


「次に人事! サキュバス団長(リリス)、あなたは計算が得意ね? 経理部門のトップに立ちなさい。オーク将軍(ガドル)、あなたの体力は物流向きよ。倉庫整理と輸送ルートの確保を!」


 種族特性を見抜き、適材適所に再配置する。


「インクが乾くのを待てない? ならば瞬間凍結(ドライ)!」


「書類の分類が面倒? 私が開発したこの魔導検索インデックスを使いなさい!」


 そして極めつけは、物流改革だ。


「なぜ北の砦への補給に、わざわざ危険な死の沼地を通っているのです?」


「そ、それは、そこしか道が……」


「ありますわよ。この岩山を迂回すれば安全な隠し通路が。……私が冒険者時代に発見したルートですけれど」


 元Sランク冒険者「レオナ」としての知識が火を噴いた。地理、魔獣の生態、安全なルート。彼女の頭脳は生きた戦略地図そのものだった。


 見る見るうちに、書類の山が消えていく。


 滞っていた物流が血液のように流れ出し、魔王軍という巨大な組織が有機的に機能し始めたのだ。


「す、すげぇ……計算が一発で合った!」


「嘘でしょ、百年滞納していた給与計算が、たった一時間で終わったわ!」


 幹部たちの目が、恐怖から尊敬、そして崇拝へと変わっていくのに時間はかからなかった。


 いつしか魔族たちは、エレオノーラを「姉御」や「軍師様」と呼び、その指示に絶対の忠誠を誓うようになっていた。



 一方その頃。


 エレオノーラを追放したセレスティア王国では。


「なぜだ! なぜ税収の計算が合わない! 結界維持用の魔石発注は誰がやるんだ!?」


 王太子アランは、執務室で頭を抱えて絶叫していた。


 エレオノーラがいた頃は、承認のサインをするだけで回っていた国政が、完全に停止していたのだ。


「それが……業務マニュアルは存在せず、全てエレオノーラ様の頭の中にあったようで……」


 側近の報告に、アランは顔面蒼白になる。


 そこへ、ノックもせずに聖女ミナが入ってきた。


「アラン様ぁ~、お仕事ばっかりしてないで、お茶会しましょ~?」


 いつもなら可愛く見えるその仕草に、アランは初めてドス黒い殺意を覚えた。


「今それどころではない! 少しは黙っていろ!」


「ひどぉい! エレオノーラみたいなこと言わないでよぉ!」


 泣き出すミナ。さらに追い討ちをかけるように、緊急の伝令が飛び込んでくる。


「伝令! 辺境の街にエンシェント・ドラゴンが出現! 現地の騎士団では歯が立ちません! Sランク冒険者レオナ様に援軍要請を!」


 アランは絶望した。


 内政の要であるエレオノーラは追放した。そして、国の最強戦力であるレオナも、なぜかタイミング悪く行方不明。


 ……詰んでいた。


 この国は、エレオノーラを追放した時点で既に詰んでいたのだ。



 夜。見違えるように片付いた魔王城のバルコニーで、エレオノーラは心地よい夜風に吹かれながら、赤ワインのグラスを傾けていた。


「……見事だ」


 背後から、魔王ヴェルザードが現れる。彼は心底感心した様子で、彼女の隣に並んだ。


「たった半日だぞ? 俺が数百年かかっても解けなかった難問を、こうも鮮やかに解決するとは。やはり俺の目に狂いはなかった」


「ふふ。整理整頓は私の趣味ですもの。それに、あなたの部下たちは人間と違って素直で優秀ですから、やりやすかったですわ」


 エレオノーラが微笑むと、ヴェルザードは彼女の腰を大胆に引き寄せ、その身を抱きしめた。


「お前は俺に、最強の軍団と快適な城を与えてくれた。……俺は何をお前に返せばいい?」


 魔王の甘い囁きに、エレオノーラは彼の胸に手を添え、妖艶に微笑み返した。


「私の居場所を。……そして、私を捨てた愚か者たちが地獄を見るための、特等席をいただけるかしら?」


 その答えに、魔王は狂喜の笑みを浮かべ、彼女の唇に口づけを落とした。


「いいだろう、約束する。お前を我が生涯の伴侶、魔王第一夫人にしよう。それでも不服ならこの王位、今すぐ譲っても良い。共に世界を――いや、まずはあの愚かな国を、盤上から排除しようか」


 月光の下、魔王と令嬢の契約は、強固な信頼と愛の盟約へと変わった。


 氷の大剣で威嚇しつつ、適材適所の人事を行う。これこそ理想のリーダー像だ。


 一方、王国の崩壊っぷりも順調だな。


 「マニュアルが存在せず、全て特定の個人の頭の中にあった」という状況。これ、私の工場でも気をつけないとな……テオあたりにちゃんと引き継ぎ書を作らせておくか。


 そして、面白かった、次も読みたいと思ったら、ブックマークや、下の【☆☆☆☆☆】(評価)で応援してくれ!


さぁ、遠慮することなく、私の承認欲求を満たすが良い!

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