第2話:エレオノーラ、引き抜かれる
追放された先での出会い。
普通なら絶望する場面だが、彼女は大剣で解決する。
そして現れる魔王。ここでのポイントは、魔王が彼女の「美貌」ではなく「能力」を評価した点だ。これこそ正しい採用面接のあり方だろう。
それはそうと、この第2話まで読んでるキミはなかなかセンスがあるな、褒めてやる。
王都から遠く離れた北の果て。
人類の生存領域と魔族の支配領域を隔てる魔境の森の入り口に、一台の馬車が止まった。
「さあ降りろ、公爵令嬢。いや、元公爵令嬢だったな」
護送を担当した騎士たちが、エレオノーラを乱暴に地面へ引きずり下ろす。
彼らの顔には、これから死地へ向かう者への憐れみと、自分たちが安全圏に戻れるという安堵が浮かんでいた。
「アラン殿下の慈悲に感謝することだな。本来なら処刑台行きだったんだ」
「まあ、この森で夜を越せる人間なんていないがな。精々、魔獣に食われて骨を拾ってもらえ」
騎士たちは下卑た笑いを残し、逃げるように馬車を走らせて去っていった。
蹄の音が遠ざかり、あたりには不気味な静寂と、濃密な魔素の澱みだけが残される。
深窓の令嬢であれば、この絶望的な状況に泣き崩れていただろう。
だが、残されたエレオノーラは、優雅に土を払い、ふう、と息を吐いただけだった。
「……やっと、監視の目から解放されましたわね」
彼女は纏っていた窮屈なコルセットを魔法で弾き飛ばし、豪奢なドレスの裾を大胆に引き裂いた。
ビリビリと音を立てて布が舞い、動きやすい膝丈になったドレスから、白くしなやかな脚が露わになる。
その所作は、淑女のものではない。歴戦の戦士のそれだ。
ガサリ、と背後の茂みが揺れた。
現れたのは、三つの首を持つ巨大な魔獣、合成獣。
Aランク指定の災害級モンスターであり、王国騎士団が一個中隊で挑んでようやく撃退できるかどうかという化け物だ。
キマイラは目の前の華奢な餌を見て、勝利を確信したように咆哮を上げた。
『グオオオオオッ!』
しかし、エレオノーラは眉一つ動かさない。
彼女は虚空にスッと手を伸ばすと、大気中の水分を一瞬で凝固させた。青白い光と共に顕現したのは、彼女の身長をも超える、あまりにも巨大な――氷の大剣だった。
「Aランクごときが、私を倒そうとでも!?」
彼女の瞳から、公爵令嬢としての「演技」が消え失せる。
そこにいたのは、冒険者ギルドで唯一無二のSランク称号を持ち、数々の伝説を残してきた正体不明の冒険者――氷剣のレオナ、その人だった。
「消えなさい。氷結一閃」
エレオノーラは、鉄塊のように重いはずの大剣を、まるで羽ペンでも扱うかのように片手で軽々と振り上げた。
踏み込みと同時に、横薙ぎの一閃。
暴風を伴う斬撃が、キマイラの三つの首を同時に捉える。
『ギャ――』
断末魔すら凍りついた。
巨大なキマイラの巨体は、上下真っ二つに両断されると同時に氷像へと変わり、次の瞬間には無数の氷の粒となって砕け散った。
「ふん、手応えのない。……まあ、魔石は回収しておきましょうか」
彼女が手慣れた様子で大剣を光の粒子に戻し、地面に転がる高純度の魔石を拾い上げた、その時だ。
「――ブラボー。素晴らしい余興だ」
頭上から、闇を震わせるようなバリトンボイスが降ってきた。
エレオノーラは即座に再び大剣を生成し、声の主を見上げる。
夜空に浮かんでいたのは、漆黒の翼を広げた男だった。
月光を背負い、圧倒的な覇気を放つその男は、人間離れした美貌と、ねじれた角を持っていた。
「誰ですの? 人の狩りを覗き見とは。感心しませんわね」
相手が放つ魔力の桁が違うことを察知しながらも、エレオノーラは不敵に微笑む。
男は翼を畳んで音もなく地面に降り立つと、面白そうに目を細めた。
「俺はヴェルザード。この森の、そして魔族すべての王だ」
「……魔王ヴェルザード」
「そうだ。人間が捨てたゴミを拾いに来たつもりだったが……まさか、大陸最強と謳われる『Sランク冒険者レオナ』が捨てられているとはな。人間の国はよほど人材が余っているらしい」
魔王は彼女の正体を一目で見抜いていた。
エレオノーラは警戒を解かず、切っ先を彼に向ける。
「ええ、あそこは見る目のない節穴ばかりの国ですので。それで、魔王様が私に何の用ですの? 命を奪いに来たのなら、全力で抵抗させていただきますけれど」
「くく、殺しはしない。俺は美しいものと強いものが好きでね」
ヴェルザードは切っ先を恐れることなく一歩近づき、エレオノーラの顔を覗き込んだ。
至近距離で交差する、深淵のような闇の瞳と、絶対零度の氷の瞳。
「お前ほどの女が、あんな腐った国で浪費されるのは世界の損失だ。どうだ、俺の城に来ないか? 衣食住は保証する。俺の『手駒』として働くなら、相応の地位をやろう」
魔王からの直接勧誘。
だが、エレオノーラは鼻で笑った。
「手駒? お断りですわ。誰かの命令に従うのは、もうこりごりなの」
「ほう?」
「私を雇いたいなら、条件があります」
彼女は大剣を消し、腕を組んで傲然と言い放つ。
「私を対等な『パートナー』として扱うこと。そして――私の能力を最大限に活かせる『権限』を与えること。それが飲めるなら、あなたの力になってあげてもよろしくてよ?」
魔王ヴェルザードは目を丸くし、次の瞬間、森が震えるほどの大爆笑をした。
「ははははは! 魔王である俺に対し、命乞いではなく交渉を持ちかけるか! いいだろう、気に入った!」
ヴェルザードは手を差し出す。
「契約成立だ、氷剣のレオナ。お前を俺の城へ招く。だが覚悟しておけよ? 我が魔王軍は実力主義。お前がその口に見合うだけの働きができなければ即刻クビだ……物理的にな。」
「望むところですわ。」
エレオノーラはその手を取り、不敵に微笑み返した。
公爵令嬢としての知性と、Sランク冒険者としての武力。その両方を併せ持つ『最強の駒』が、魔王軍に加わった瞬間だった。
ヴェルザードが指を鳴らすと、転移魔法陣が展開される。
「では、我が居城へ案内しよう」
光に包まれ、一瞬の浮遊感の後、二人は魔王城の玉座の間へと転移した。
しかし、到着した直後。
エレオノーラは、その美しい顔を引きつらせることになる。
「……魔王様。これは一体、どういうことですの?」
目の前に広がっていたのは、禍々しく荘厳な玉座の間――ではなく。
天井まで積み上げられた未処理の書類の山、山、山。
そして、その隙間で死んだ魚のような目をして羽ペンを走らせる、過労死寸前の側近魔族たちだったのだ。
「ああ、見ての通りだ。人手不足でな。ここ数百年、慢性的なデスマーチだ」
魔王は爽やかに笑って言った。
エレオノーラの中で、何かがプツリと切れる音がした。
(……なによ、これ!!)
魔王城がブラック企業化していた、という展開はお約束だが、やはり親近感が湧く。
私の工場も、従業員(元暗殺者たち)が優秀すぎて助かっているが、彼らがいなければ私も魔王のように書類の山に埋もれていただろうな。
次回、ヒロインによる容赦ない「業務改善」が始まる。
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さぁ、遠慮することなく、私の承認欲求を満たすが良い!




