誰に気づかれることもなく沈む
短編です
「「ガジャリ」」
門の外で、ぼんやりしている俺の目の前に、俺を雇った男が重たい金属の入った袋を投げ捨てた。
「ご苦労だったな。それは手切れ金も含まれている。もうこの国に戻っては来るな」
そう言われ、俺はその袋を持ち上げた。十五年の人生で初めて手にした金貨の重みに、俺は浮足立っていた。
「言われなくても二度とこんな国、戻ってこねぇよ!」
実に割の良いバイトだった。小ぎれいな格好をして、椅子に座って、ただ首を縦か横に振るだけ。簡単だ。頭をどっちに振るかは、俺を雇った“さいしょー”とか呼ばれる、幸の薄そうな骨ばったおっさんの指を見て判断すればいい。他のおっさんが、何やら難しいことを言う間は、ぼんやり目の前に膝をついて座るやつを見つめていればいい。
一人だけ、俺を「スラムのガキ」と呼んで、いつも殴ってくるおっさんが目の前に来たときは驚いた。けど、何やらおっさんに不利になるような決定が下されたようで、顔面蒼白で連れていかれた様子は見ていてとても小気味よかった。俺に泣いて縋る姿も見られて大満足だ。
そんな簡単な仕事で、金までもらえるなんて、俺はラッキーだ。
十五年、生まれ育った国を出るのは少し寂しいけど、両親が誰かもわからない、廃れた生活をして暮らしていた俺にとって、金があるのにこの国に居座る理由はない。
あばよ、俺の十五年。俺はこの金を元手に、偉業を成し遂げ、俺を見下した奴らをあざ笑ってやるのだ!
そんな風に思っていた頃もあった。今となってはソレも遠い記憶。懐かしい記憶があふれてくる。頬と手に触れる砂の感触が、俺をかろうじて繋ぎとめていた。
俺は知らなかった。金がいくらあれば、自由になれるのかなんて。
そして俺は知った。“さいしょー”のおっさんがくれた金は、俺の元居た国の領地でしか使えないものだと。関所と呼ばれる場所で、各国専用の金に換金しなければ、持っていてもただの金属の屑に過ぎないのだと。そして関所を通るためには、身分証が無ければならない。スラム育ちの俺は、金がなければ奪うしかなかった。でも身分証なんて、見たこともなかった。
関所なんて、誰も教えてくれなかった。金の使い方なんて誰も教えてくれなかった。俺が知っているのは盗み方、ただそれだけだった。
じわじわと体から血が抜けていくのが解った。殴られるだけでは人は死なないけど、刺されたり切られたりすれば、人は死ぬ。死、初めての感覚。俺はこのまま死ぬんだろう。どうしてこうなってしまったんだろう。俺はただ、さいしょーの言う通りにしただけなのに。金を貰って、ただ自由に、好きなものを喰って、誰にも虐げられずに、温かい布団に包まれて寝ていたかっただけなのに。
顔も覚えていないけれど、父さんや母さんと、一緒に、過ごしていたかっただけなのに。
俺をあざ笑うかのように、雨が降り出した。雨が俺の血をより流れさせる。寒い、体が冷えていく。さらさらだった砂は、次第に水気を帯びてきて、俺の体をズブズブと飲み込んでいく。息が、浅く、なってきた・・・。
砂に、飲まれて、俺は死ぬ。
誰にも名前を呼ばれぬまま、誰にも存在を知られぬまま、俺は砂に飲み込まれていく。
——誰に気づかれることもなく沈む——
ただひたすらに沈む




