表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

プリンがない

作者: ツルタコウ

 プリンがない。

 そのことに気づいたのは昼過ぎに起きた時だった。

 昨日は0時近くまで飲み会があり、二日酔いの頭を押さえて飲み物を飲もうと冷蔵庫を開けると一番上の棚に乗っていたプリンが姿を消していたのである。

「プリン知らない?」

 同居人の田中に聞くと首を横に振った。

「プリンなんか買ってたっけ?」

 田中にそういわれ、机の上の財布に手を伸ばした。

 コンビニのレシートはすぐに見つかった。そこには確かに「プレミアムプリン」と商品名が書かれていた。プレミアムなプリンなのだ。三百円もしたのである。

 田中にレシートを見せると一応は納得したようだ。

「昨日のことはおぼえてないの? ずいぶん酔っていたみたいだったけど」

 その言葉にふと考えてみると確かに飲み会の後に帰り道コンビニに立ち寄ったことはうっすらと覚えているが、そのあとどうやって家まで帰ってきたのか記憶がなかった。

「コンビニのあとってすぐ帰ってきたんだっけ?」

 田中も一緒に飲んでたから覚えているはずだ。

「だいぶ遅かったからね。すぐ帰ってきたよ」

「そうか」

 コンビニから自宅までは徒歩で十分くらいなのでその間に何かが起こるわけがない。

 そのプレミアムプリンを買ったのには理由があった。飲み会自体も関係がある。つい一週間ほど前、彼女に振られたのだ。彼女は特別美人というわけではなかったがほわほわしている人で、何よりもプリンが好きだった。特に昨日のコンビニで売っているプレミアムプリンをいつも行くたびに買っていた。

 振られた理由に心当たりはなかった。誰でもそんなもんだろう。

 なるべく表に出さないようにしていたが、田中にはすぐにばれてしまい、傷心会ということで飲み会を開いてくれたのだ。

 そんな理由もありそんなに強くないのにもかかわらずいつも以上にのんでしまったという経緯があった。

 彼女はいつもプリンを食べさせてはくれなかった。甘いものは特別に好きというわけではなかったが、三百円もするのだから少しは食べてみたい気持ちもあった。何回か一口くれないか聞いたこともあったが結果はいつもダメだった。

 そういえばと田中は何かを思い出したようだった。

「コンビニ出たあと、なんか電話してたよ」

「電話?」

 誰に電話したんだろうか。スマホはジーパンの後ろのポケットに入っていた。通話履歴を確認してみる。確かに夜中に電話していた。

 相手は元彼女だった。

 通話は一分ほどしかしていないようだが、何を話したのだろうか。

 田中は表情から電話相手がだれであったのか察したようで、ばつが悪そうに自室へと向かっていった。

 ぽつんと一人でその場に立ち尽くした。

 記憶をたどっても何も出てこなかった。この時点で正直プリンのことはどうでもよくなっていた。

 それよりもなぜ彼女に電話をしたのかが、頭の中をぐるぐる駆け巡った。

 思い切って連絡を入れるべきだという結論に達した。

 電話をかけると着信拒否になっているかとも思っていたが、すんなり出た。

「どうしたの?」

 一週間ぶりに彼女の声を聞いた気分だがおそらく違うのだろう。

「大変聞きにくいんだけど、昨日の夜って何話したっけ?」

 彼女はだいぶ酔っていたみたいだからねと前置きをつけて、

「プリンの話してたよ」

 と言った。

「プリン?」

 ここでプリンの話が出るとは思わなかった。

「それだけ?」

 と続けて聞いた。

「それだけ」

 と一言彼女は言った。

 とても拍子抜けした気分だった。

 そのあと少し具体的に聞いてみたが、やはりプリンのことを話していただけのようだった。

 プリンを買って家に帰ったら食べる。おいしい食べ方はあるか? そんな電話だったらしい。

 てっきり酔った勢いで復縁を迫ったり、別れたことに文句をたれたりしたのかと思った。

 まあ考えてみれば酔ってもそんなことはできないけど。

 この件に関して安心はしたが結局プリンの行方は分からなかった。ふと電話内容を思い出した。

 プリンのおいしい食べ方はあるか?

 そんな質問を彼女とまだ付き合っているときにもしたことがあった。ちょうどテレビで出来立てのプリンを芸能人が食べていて、出来立てのあったかいプリンもおいしいですねなんて言っていた。そのころには、彼女がプリンフリークというのは十分知っていたから、彼女に聞いてみたのだ。

 彼女は温かいのもおいしいけどねと前置きしてから、キンキンに冷やしたのが好きだと言っていた。そんなことをふと思い出し、冷蔵庫のほうに目をやった。

 ついに彼女と付き合っているときにはそのプリンを食べることはなかった。

 だから初めて自分のために買ったプリンを彼女が言っていたおいしい食べ方で食べようと思って、でも寝てしまったのだ。

 冷蔵庫に手をかけ、2ドア式のもう一つの引き出しをなんとなく開けた。

 プリンは冷凍室にあった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ