ねこが世界一周したよ
季節は冬だったが俺の心は熱く燃えていた。
「俺は世界一周するぜ!親父ぃぃ!」
「ばかたれぃ!」
親父の肉球ビンタは痛くなかった。
「何度でも言うぜ!俺は世界一周するんだ!」
「このぉ!」
何度殴られても肉球なので痛くない。
「俺は親父のように狭い世界で満足したくない!」
「衣食住の揃った家猫がどれだけ幸せかなぜわからんのだ……」
「恵まれてるから幸せとは限らない」
「……勘当だ。お前とは親子の縁を切る。二度と顔を見せるな」
「……お世話になりました」
こうして俺は世界一周の旅に出た。
らしい。
これはフィクションだから過去を振り返ることが出来るが、君たちに忘れて欲しくないのは俺たちが猫って事。
猫の記憶力なんて大したもんじゃあない。
大体1週間で親父の顔がぼんやりとしか思い出せなくなって、1ヶ月後にはすっかり忘れた。
俺は野良猫になったのだ。
その日生きることを考えるだけの毎日。
孤独な旅猫。
十年経って俺は世界一周を達成した。
らしい。
フィクションは実に都合が良い。
世界をグルっと周って戻って来る長い長い旅が終わった。
まぁ俺はその事に気がついていないので立ち止まる気は無かった。
身体はドロドロ。お腹はペコペコ。控えめに言ってヘトヘトだが止まらない。
「そこの旅のお方」
「ん?」
結構いい家の窓越しに、年老いたノルウェージャンフォレストキャットのオスが声をかけてきた。
「なんだい?」
「ワシには息子がいた気がするんだ。あんたのようなね」
「俺はサンタの親父は知らないね」
オスはサンタ服を着ていた。
帽子まで被ってる。
親父の事は覚えていないが、サンタでは無かったと思う。
サンタのオスは話してみると結構面白いやつで、話し込んでいたら雪が降ってきた。
「この家には衣食住すべてがあるよ。今日は泊まって行きなさい」
「たまにゃあいいかもね」
長い事野良猫やってると衣食住の有り難さが身に沁みている。
衣食住。猫生これ以外はおまけだよ。
はー。ありがたい。今日は寝ているだけで飯が食えるのか。
「えっ!!?」
家主の人間は俺を見てやたら驚いていた。
世話になりますよっと。
「……クリスマスの奇跡?」
……
一晩だけのつもりだったが、いつの間にか俺は1週間も泊まっていた。
雨にも濡れない飯は自動で出てくるしトイレは綺麗。
ここは魅力的過ぎる。
「なぁ。あんた。もうここの猫にならないか?」
サンタ服から着物になったオスが言った。
「いいね」
「同じノルウェージャンフォレストキャットだ。親子盃といこう」
人間に長旅の汚れを落としてもらい鏡を見て俺は驚いた。
俺は結構毛並みが良かった。
俺はオスと同じノルウェージャンフォレストキャットだったのだ。
「じゃあこれからは親父と呼ばせてもらおうかな。どうした!?」
オスはシトシトと泣いていた。
「なにか悲しいのか?」
「うぅん。歳のせいじゃろ。困ったな。目ヤニが溜まるなぁ」
困ったもんだ。だがなぜか憎めない。
まるで覚えていないが俺の親父もこんな猫だったのかなぁ。
この家に来てからよく昔の事を思い出すようになった。
エヒメ、カガワ、トクシマ、コウチ。
誇らしい『世界一周』の思い出……。
この調子ならいつか旅立ちの日の事も思い出すかも知れないな。