3話 再会
思い出したくもないあの日から5年が経っていた。
あのあと、無事に逃げ出すことに成功はした。しかし、1週間もかかってしまっていた。あの屋敷に着くまでは目隠しをされていたから街までの道のりが分からなかったけど、優秀な使い魔のおかげで1日もせず町に帰ることができた。
家に帰れたはいいものの、誰もおらずもぬけの殻だった。シスターへの手紙にもしものことがあったときのためにあの子を孤児院で預かるように書いたから、もしかしたら孤児院にいるかもしれないと思い行った。
しかし、孤児院に行くもあの子の姿は見当たらなかった。
シスターは泣きながら私がいなくなったあとの出来事を教えてくれた。
私と森で別れたあと、ちゃんと孤児院に行ってシスターに手紙を渡したこと。森での出来事をシスターに説明したあと、私との約束を守って1日経ってからシスターと家まで行ったけど、私はおらずレイは探しに行くと言ったこと。しかし、シスターが私の帰りを待つようにと説得して諦めた3日後、突然いなくなってしまったこと。
町中を探したがどこにもおらず、孤児院があるためどうすることもできず、ただ私とあの子の無事を祈ることしかできなかったとシスターは言った。
シスターが傷の手当てをしてくれたあと、家に帰ってからは休む暇もなくあの家を、あの町を出た。
家が知られている以上、また追手が来るかもしれなかった。町の人には何もしてないようだったけど、あの人が何をしてくるか分からない以上、町を去るしか選択肢はなかった。
あの子が帰ってきてもどうせ、あの家はもうない。痕跡を残さないように私に繋がるものは全部燃やした。それがおじいさんの教えだったから。
もし、万が一帰ってきてたとしても孤児院がある。約束を破って、家まで燃やした女のことなんて覚えてなくていいと思った。所詮は気まぐれで拾った子だったし。
シスターに手紙とちょっとばかりの迷惑料残して孤児院を後にした。
その後は周辺の町を巡った。あの子はいなかった。周辺の町もあの人の魔の手が迫るかもしれなかったので、すぐに遠くの町に行った。
何かあるか分からないから、行く町ごとに姿を変えた。都市部の方はあの男の領地があるから近づくことはしなかった。一つの町にいるのは長くても3ヶ月ぐらい、短くて2週間ぐらいにした。そうして今も色んなところをあてもなくぐるぐると渡り歩いている。 その町や村でまた家政婦のようなお手伝いをして日銭を稼いでいる。他にも収入源はあるから、寝る場所には困らなかった。宿屋がなかったときは男を引っ掛ければ済むことだった。どうしてもというときは野宿をしていた。
*****
今滞在しているところはアヒンツという村。
この村は、菊の花が有名で特に来月は菊咲月と呼ばれ、みんなで盛大にお祝いを開くんだとか。ただ、沢山咲くから有名というわけではなく、黄色だけでなく赤や白、ピンク、紫といった色とりどりの菊が一面鮮やかに咲くからだ。
一面中というわけではないが、もう既に咲いている菊たちを見ることはできた。
(どうせならそのお祭りを楽しみたいところだけど……)
村の人に来月には去ることを言うとものすごく残念がられた。
この村の人もみな、人当たりが良くて旅人だという私に何の疑いもせず仕事をくれた。
今はちょうど、お祭りの準備を手伝っているところだ。
「クララちゃん、ちょっとこの飾りたち広場まで運んでくれるかい?」
「もちろんです!任せてください!」
「頼んだよ〜」
村人に頼まれ、村を飾る装飾が積まれた荷物を運ぼうとしてかかえる。
両手で抱えられるくらいの大きさの箱を拾い上げ、よろめきながら体勢を整える。
広場へと歩き出したその瞬間――。
視界の端から、影が勢いよく飛び込んできた。
次の瞬間、何かが激しくぶつかる。
びっくりしたものの体勢を崩すことはなく、箱の中身がどさどさと音を立てて落ちていってしまった。
「あ、すみません!急いでいて」
「いえ、お気になさらず」
そう言って箱から落ちたものを拾っていく目の前の少年。小さな村だから、村中の人間の顔は覚えているのに見ない顔だから、来月のお祭りのために来たのだと推測する。
(髪色がレイに似てる)
あの綺麗な、太陽のような赤い髪に。顔は見えないが髪色やどことなく醸し出す雰囲気が似ていたように思えた。
最後の一つを拾ってもらうと礼を言い、その場を離れようとする。
――が、少年に腕を掴まれてしまった。
突然のことに戸惑う暇もなく、少年の発する言葉に驚かされることになる。
「クララ!……クララ!」
「えっと、」
「……俺には分かるよ!クララでしょ!そう、なんでしょ……そうって、言ってよ」
「おれ、ずっと…クララのこと……さが、してたんだよ」
そう言って少年は泣き出してしまった。
まるで、私が朝、あの子を起こさないで家を出てしまったときのあの日ように。
身長や体格ははるかに成長したのに、泣き虫なのは変わっていないんだろうか。
(あぁ、やっぱり昔からこの子には勝てる気がしないや)
泣きながら、でも笑いながら話すこの子から目が離せなくなる。涙は止まっていないのにその顔には満面の笑みが咲いていた。
「……おいで」
さっきの場所だと人が多く、少年を泣かしたとジロジロと周りから見られるので、箱を邪魔にならない場所に置いて、路地裏にこの子を連れこむ。
「くららぁ!」
「ごめん、ごめんね」
「……クララ、おかえり」
「……」
そう言って抱きしめ返す。前と変わらない温もりがそこにはあった。
会いたかった、会いたくなかった。
会いたかった。
私の心情など知りもせず、レイは私を固く抱きしめてくれた。
離れていた期間の方がはるかに長いのに、この子はたった2年の出来事を大切に覚えててくれていた。
「もう!クララのバカ!どうして、どうして……」
「……なんだか気恥ずかしくなっちゃって。本当に久しぶりだね」
「…うん」
「大きくなったね」
「……うん」
「よく私だって分かったね」
「あたり、まえだよぉ……」
抱きしめたまま数分もすればレイの涙が落ち着いた。
「まさか、クララと出会えると思ってなかった!クララ何でここにいるの?」
「私?私は……旅、かな。色んなところを巡ってるところ。」
「旅?へー……そっか、そっか!」
「なーに?嬉しそうにしちゃって」
「なんでもないよ!」
なぜかニコニコしてるレイにこっちまで笑みが溢れる。
「ってことはクララ、今仕事してないの?」
「うーん、そういうことにはなるのかなぁ」
仕事をしてはいる、と言っていいものなのか。
日雇いはあるけど、別に安定しているかと問われればそうじゃないし仕事してない日もあるしと考えれば曖昧な返事になってしまった。
「そういうあんたは?」
「俺は、お世話係?かな」
「お世話係?何の?てか、あんたにお世話なんてできるわけ?」
「できるよ!……クララが教えてくれたからね」
「そっか、確かにあの頃も私のお世話してくれてたもんね」
前と変わらない、でもどこかぎこちない雰囲気で話すもののどうしていなくなったのか、あのあと何があったのか聞いてこないレイに身勝手に寂しさを覚える。この子は気遣いができるぐらいには成長していたのだと。
そんなの自意識過剰で、もう新たな人生を歩んでいるのだから興味ないだけかもしれないけど。
「……あのさ!」
「なあに?」
「クララが良かったらでいいんだけど、俺と一緒のところで働かない?」
「え」
「ほら!クララ仕事してないって言ってたし、安定した仕事に就いた方がこの先安心だしさ!」
「あのね、あんたがそう言ってもあんたの主人が許可するはずないと思うよ。今のあんたの身なりからしてだいぶ良いところで働いてるでしょう?こんな怪しい女雇う方がおかしいよ」
「ゔっ……まあそうだけど。でもさ!まだ小さかった俺を拾ってくれたんだよ。少し厳しいところもあるけど……良い人だし!それに、ちょっと事情があって新しい人を探してるから俺から紹介すれば、きっとクララのことも雇ってくれるよ!」
(俺から紹介すれば、か)
まだ小さかったレイを拾ってくれる良い人なのだろう。そんな人と信頼関係が築けるくらいには、今のレイは成長している。
……今のレイに私はどう映っているのだろうか。
確かに、確かに5年の月日を経ても私を忘れないでいてくれたのは事実だ。だからといって、そこにある情は自分を拾ってくれた恩だけ。死なずに済んだ、それだけ。
そんな恩人が安定した仕事に就かずこの先路頭に迷うかもしれないという……温情。はたまた、憐れみ?
あの人に見つからないように、なんて建前で、この子にもう一度会えたらと心の底でどこか期待していたのに、実際会えることができたら、聞き慣れない俺という一人称に見慣れない背丈と服装を前にひどく自嘲している自分がいる。
(会う覚悟がなかったのは自分じゃん)
成長しているレイとあの日々に囚われている自分。 この会話だけで、この子の壁を、差を知ったような気がした。
「わたしは大丈夫だから」
「でも、ほんと、俺には勿体無いくらい素晴らしい人なんだ。俺にとってクララは大切な……恩人だから!」
(ほら、やっぱり)
「その人が良い人なのは、そんな良い服を着てるあんたを見れば分かるよ。すっかり成長したその姿もね」
「なら、!」
「でも、本当にいいの。わたしは十分この生活に満足してるし、それに……」
「それに?」
「なんでもない」
「もう、そうやってクララはいつも――」
「あんたに、レイに会えてよかったよ。本当に無事でいてくれてありがとう。今のレイに会えただけで満足だよ」
まだ子どもの、しかも拾い子のレイにここまで整った服装をさせるということは、余程立派な貴族なのだろう。そんなところで、私が働けばあの人に会う機会がある可能性がある。それは絶対に嫌だ。
この子が素晴らしいというくらいなのだから良い人に違いない。そんな人に、レイに迷惑をかけるわけにはいかない。
早々にレイの前から立ち去ろうしたーーそのとき、空が一瞬暗くなったかと思えば遠くの方で大きな音がした。
急いで広場の方に出ると、村の建物の一部が壊れていた。
気配を感じて空を見るとそこにいたのは
「ーー竜」
普通の竜なのか邪竜なのか、一目見ただけでは分からないが、どうやら暴れているようだった。
景色を見回すと壊れた建物の下敷きになった人がいた。
「おばさん!!」
「ク、ララちゃん……」
「待っててね、今急いでどかすから」
おばさんの足に乗っかっている瓦礫をどかそうにも重くて、必死に押すが動かせそうな気配がない。
「アル・スナーヴ!」
「ま、ほう」
魔法を唱える声したと思ったら、おばさんの上に覆い被さっていた瓦礫が浮く。
その声がレイの声だと気づくのに時間はかからなかった。
自分も使えるのに、見知った人が怪我をしているという焦りからか魔法を使うということを忘れていたことに気づく。
「早く!長くは持たないから!」
「おばさん!立てる!?」
瓦礫に被さった足は怪我をして歩くことはできなさそうだったので、おばさんを背負う。
背負ったはいいものの、空には竜がいてどこに逃げればいいかなんて分からなかった。
私も含め、急な竜の出現に村中がパニックになってるようだった。
「こっち!」
レイの案内に従うことにして、村が壊されていない場所にひとまず避難させた。
どうやら竜は山の方面から降りてきたようだったので、その反対側に村の人たちは集まっていた。幸か不幸か怪我人は少なく、大きな怪我をしたのはあのおばさんくらいだった。
さっきから、あの竜……いや邪竜は劈くような咆哮をあげるばかりであまり攻撃してくることはなかった。
落ち着いて竜の方を見ると、魔素に侵された邪竜だということが分かる。山の方から降りてきたこと、あまり村を攻撃する意思がなさそうなことを鑑みれば、理性が僅かに残っているのだと推測できる。魔素に侵されて間もないのだろう。竜は知性の高い生き物だから、人間を害すことはないし人里に降りてくることもない。
村の人が全員避難したかどうかを確認しようと、竜に気をつけながら辺りを見回っていると、近くで子どもの泣き声がしたような気がしたので探してみると女の子が屋根の下で蹲って泣いているようだった。
今の時期は、みんな祭りの準備をしているから家で1人でお留守番をしていたのかもしれない。
怖くて動けなくなっているだろう女の子を避難場所まで連れてこうと近づく。
しかし、女の子がいた場所は邪竜の咆哮による衝撃で今にも崩れそうだった。
「危ない!」
一か八か走り出して、咄嗟に女の子を抱きしめる。杖を出して魔法を唱えるより体の方が動いてしまった。
今から襲いくる衝撃を覚悟してギュッと目を瞑る。
(痛くない……?)
覚悟していたはずの痛みは少し待っても来ず、恐る恐る目を開くと瓦礫は頭の上で浮いていた。
「お嬢さん方、お怪我はありませんか?」
訳もわからず不思議に思っていると、男の人の声が聞こえた。声がした方向を見れば、見目麗しい男の人がこちらに手を差し伸べてくれていた。
「え、えぇ。ピリも大丈夫?」
女の子に声をかけると、コクリと頷き、差し伸べてくれた手を女の子が受け入れ、立ち上がる。怪我はしていないようだった。
「おねぇちゃん、ありがとう」
「無事で良かった。それと、お礼を言うならお兄さんにも」
服についた土や砂をはらうと礼を言われる。助けてくれたのは目の前にいる男の人なので、その人にも礼を言うように促す。
「おにぃちゃん、ありがとう」
「危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
「いえいえ」
女の子は礼を言うと、近くにいた両親の元へと走り去っていった。母親が女の子を抱きしめたかと思えば、両親共々こちらに会釈をしてきたので同じように返す。
(家族と無事に会えてよかった)
恐ろしいほどに美しい顔にこの世の全てを惚れさせそうな笑顔を浮かべる目の前の男は、私達が無事なのを確認すると浮かせていた瓦礫を安全な場所に置いた。
それに魔法名を唱えることなく魔法を使っていただけでなく、杖を持っていないところを見るに目の前の男は余程優秀な魔導士だということが分かる。
魔法を使う者にとって杖は必須と言っても過言ではない。魔力量・制御力ともに安定して魔法を使うことができるのだから。
平民や魔導士、魔導士養成学校にいる魔法使いたちは魔法名を唱えて、杖を媒介として魔法を使うことができる。私も、恐らくレイも魔法名を唱えて杖を使わないと魔法は使えない。
いつの間にか魔法が使えるようになっていたレイは人を覆うくらいの瓦礫を浮かすことはできても、数分と持たない。この村に住む人たち、いや平民のほとんどは浮かすことさえできないだろう。だから、魔法は難しいのだ。
おばさんを覆っていた瓦礫や私達に降りかかろうとしてた大小様々な沢山の瓦礫を浮かして動かすことが私にできても、それは杖や魔法名ありきの話だ。
魔法名を唱えず魔法を使えるものがいるというのは話に聞くが、それも噂程度で実際に目にしたことはないし、杖を使わないというのは聞いたことがない。それほどまでに魔法において、杖が重要だからだ。
魔法名も唱えない、杖も使わない。目の前の、いかにも女誑してますというような男がこれほどまでに優れていると言わんばかりの状況が飲み込めない。
それに、あの顔どっかで見たことあるような……。
「あー!師匠、遅いですよ!」
(ん?師匠?)
この声は間違いなくレイのものだ。ってことはこの人がレイの雇い主ということになる。
確かに服装からは高貴な人だということが窺えるが、どこか胡散臭さを感じてしまうのは気のせいだろうか。
「あぁ、レイ。こんなところにいたのかい?探したんだよ。走り出したかと思えば、急にいなくなってしまったからね」
「そ、れは……ちょっとした事情があって!ていうか!それより、早くあの竜を倒さないと!」
「竜?なんのことだい?」
「なんのこと、って!俺たちが来たのは邪竜になった竜を倒すためでしょ!ほら!今も空で翼をはためかせ、てる……っていない!?」
「あぁ、あの竜ならもう倒してしまったよ」
「えぇ!?いつの間に……」
(確かに、いつの間にかいなくなってる)
どうやらこの会話から察するに、あの子とあの男性は邪竜を討伐するためにこの村まで来たらしい。
邪竜を討伐ということは、やはりそれなりに名のある魔導士なのだと納得する。
「そんなに早く倒せるのなら、もっと早く倒してくれれば村が壊れることもなかったのに……」
そうすれば、あのおばさんが怪我することもあの女の子が怖い思いをすることもなかった。この村の人たちが危険な思いをすることもなかったのに。
「……っ!すみません。助けていただいたのに!」
思わず口から出た言葉に気づき、急いで謝罪する。何もできなかった私に言えることではないし、きっとこの魔導士の付き添いで来たレイを引き留めてしまったのは私だ。
「そうだよ!クララの言う通りだ!」
「ううん、私が悪い。仮に思っていたとしても助けてくれた方に対して言うべきことじゃなかった。この方がいなければ、私も女の子も無事では済まなかったのだから。それに、私が貴方のことを引き留めてしまったから……ごめんなさい」
「確かに、それはクララが正しいや。でも、引き留めたのはどっちかっていうと俺の方だよ。俺が仕事を忘れてクララと話し込んでいたから……俺のせいだ、ごめん師匠」
「うーん、私にとってはどうでもいいんだけれど。まあ、仕事を忘れていたのは感心しないね。君がこの5年間探し求めていたという彼女に出会えたのだからその気持ちも分からなくはないが――」
「あー!あー!そ、そう!この人が俺の恩人のクララ」
(仲良いな、この2人……)
喋りかけていた師匠と呼ばれる男の言葉を遮るレイに紹介されたことに気づき、慌てて言葉を紡ぐ。
「改めまして、この度はご無礼を失礼いたしました。そして、助けていただき感謝申し上げます」
どうにも胡散臭いというか、怪しいというか……レイには申し訳ないけどあまり関わりたくない人だ。それにここまで魔法に長けていたら――気づかれてしまうかもしれない。いや、もうすでに気づいている可能性だってある。
「……ふぅん?それより、さっき君が言ったことは正しいよ。そのお詫びとして――」
上から下まで舐め回すように私を見たかと思えば、男はみるみるうちに壊れた村の建物を直していく。
全て、魔法名を唱えることも杖を使うこともなく。
しまいには、光魔法で怪我をした方の治療までしてしまった。
(光魔法まで使えるなんて……)
そこでようやく私は思い出した。
ここ数年は都市部の方へ行っていなかったから分からなかったけど、あの男の正体はシアン・ダグザ・アリアンロッド大公――今代の大魔導士様だ。
確か、弱冠18歳で大魔導士としての称号を継承したかと思えば、アリアンロッド公爵家の当主の座を受け継いだ、あの。
大魔導士の称号を得ているということは、公爵家の地位なんてもはやどうでもよさそうだけど……だって、 大魔導士の称号を得ると同時に大公という身分を得る。つまり、この国唯一の大公ということになる。
歴代のどの大魔導士よりも魔力量が多く、詠唱なしで魔法の精度も高く杖を媒介とせずに魔法が使えるっていう……光り輝く銀髪に宝石のような青緑色の目、社交界で名を聞かない日はないっていう……あの、あの大公様じゃないか。
顔を見たことはなかったとはいえ、噂通りの特徴なのにどうして気づかなかったんだ。
(私、不敬罪で殺されたりしないよね……)
「クララ、怪我してない?」
「あ、うん。大丈夫だよ。レイの方は?」
「俺も大丈夫。村も村の人も師匠が全部なおすから心配いらないよ」
(確かに村は心配だけど、今はそれどころじゃないっていうか)
でも、どうしてわざわざこんな村に?邪竜を倒すためなら、大魔導士様じゃなくて他の魔導士でも十分なはず。
レイがまさかこんなすごい人に仕えてたなんて。せいぜい羽振りのいい子爵くらいかなと思っていたのに……。いや、まだ大魔導士様本人と決まったわけじゃないけど。
それに、さっきの会話からだいぶ親密なことが分かる。師匠って呼んでたし、レイがただのお世話係でないと察する。
「これでいいだろう?」
「いいだろう?――じゃないでしょ、!もっと早くに倒していれば、こんなに魔力を消費することもなかったじゃないですか!ほら、俺にもたれかかんないでください!」
治癒を終え、村の人と話をしていた大公さまがこちらに戻って来たかと思えば、レイにもたれかかっている。この様子を見ると、本当にこの人が大魔導士なのか疑問に思えてきた。
大魔導士様が国王様と同じくらい偉い人だと分かっているのか不安になるくらい、レイが適当にあしらっている。
「私の魔力なのだから、私がどう使おうと自由だと思うのだけれど?」
「そうですけど!ただでさえ、邪竜を倒すのに魔力を消費するのに、壊れた建物を一瞬で直したり光魔法を使ったり魔力の消費量が多いんですから気をつけてくださいよ!で?どうして遅れたんです?」
「君がはしゃいで村まで駆け寄ったあと、近くで魔物の群れが現れたらしくてね。その対処をしていたんだ。犬や熊の魔獣だから雑魚程度だったんだけど、なにぶん数が多くて」
「最近魔物の数が増えてきてますもんねー」
聞こえてきた会話に戦慄する。
「ぇ……そうとは知らず失礼なことを!重ねて謝罪申し上げます」
そりゃどのタイミングで襲って来るか分からない邪竜より目の前の魔物を優先する。村の近くとくれば尚更だ。たまたま、魔物の群れと邪竜が村まで降りてくるタイミングが被ってしまったのだろう。
事情も知らないのに文句まで言ったのに、この人はそれを気にすることもなく……言ってしまった言葉にさらに後悔する。
「そんなかしこまって謝る必要はないよ、クララ。それが仕事だから、大魔導師だからそれくらいして当たり前なんだ」
「でも、私が言えることではないですけど……仕事だとして大魔導士だとして、あなたが全てを背負うべきではないでしょう?今回は偶然、タイミングが被ってしまっていただけなんで、本来なら助けられていたんですから。それに、全てを救おうとするなんて神様じゃないんだから……当たり前なんてこと、あっちゃいけないと私は思います」
「クララ……」
「……いや、レイの言う通りだ。それより、君もう少し近くに来てくれるかい?」
「はい?」
その言葉の意図が読めず、不審に思いつつも彼のそばに近寄る。
流石に今までの言動が不敬すぎて、罰せられるのだと覚悟してみると、思ってもいなかった行動にギョッとする。手を引かれたかと思えば、彼に抱きしめられていた。
「あ、あの?」
「ちょっと!クララに何してるんですか!」
レイによって引き離されると、名残惜しそうにこちらに手を伸ばしてきている。
この状況に飲み込めないでいると、村長が話しかけてきた。
「魔導士様、この村を邪竜から助けていただき誠にありがとうございます。助けていただいただけでなく、怪我をした者の治療に、壊れた家の修復まで……本当に感謝してもしきれません」
「失礼、貴方は?」
「この村の村長さんです」
この場には私とレイと大公様(と思われる人)だけなので私が説明する。
さっきの出来事などなかったような切り替えの速さに驚く。
「いえ、惨事にならなくてよかったです。邪竜は当分現れないと思うので、どうぞ安心してお祭りの準備を進めてください」
「ほんと、何と言えば良いか…!!どうか、今宵は村へ泊まっていってください。花しか取り柄のない村ではございますが、精一杯のおもてなしをいたしますので。もちろん、お代は入りません。ごゆっくりしていってください。
クララ、この方達を宿まで案内してくれるか?主人には話をつけておいたから」
「分かりました」
*
そう言って、この町唯一の宿に案内して、解散――その筈だったのに、どうしてこうなった?
目の前には椅子に座ってこちらを見ている大公様(仮)、ベッドに座る私の右隣には腕をガッチリ掴んで離さないレイ。
椅子は1つだけで、他に座る場所もないので私とこの子はベッドに腰掛けている。
私は大公様に声をかける。
「あ、あの〜?宿屋には案内したことですし、わたしはもうこの場にいなくてもいいのでは?」
「駄目!絶対駄目!」
「ふふっ、随分と懐かれているようだね」
「あはははは」
宿に着いて、ここのご主人と話をして1番いい部屋に案内し終わり、私は違う部屋だからと去ろうとしたその瞬間、レイに腕を掴まれてあれよあれよとベッドに腰掛ける羽目になったのだ。
しかも1番いい部屋といえど、小さな村だから小さなテーブルと椅子、ベッドが2つの部屋だ。普段、都市部に住んでいる2人には狭いだろうに。
さっきからレイは何も話そうとせず私の腕を掴んでいるだけだし、大公様(仮)はなぜか私の方を見てくるし……色んな意味で今すぐ離れたい。
これ以上関わりたくないのに、レイは何も発する気配がないし……。
このまま名乗らないというのも無礼極まりないし、ましてや絶対に身分の高いであろう相手から挨拶させるわけにはいかないので、覚悟して話しかける。
「ご挨拶が申し遅れました。クララと申します。この村の民ではないですが、数日お世話になっています」
「私の名はアリア。こっちは私の従者兼世話役兼弟子のレイ。君はレイの恩人のようだから紹介はいらなかったかな?」
アリアって明らかに偽名だし、絶対家名のアリアンロッドのアリアからきてるじゃん。こんなところで会うなんて思ってなかった。
(あー関わりたくねー)
「えぇ、まあ」
心の内を悟られないように笑って誤魔化す。
「ちょっとクララ、そんなに畏まらなくてもいいのに」
ようやく喋ったかと思えば、ヒソヒソと耳打ちをされる。
関わりたくないから、なんて正直に言ったら師匠と慕っているこの子のことだから落ち込むかもしれない。そう思って、私は少し考えてレイに耳打ちをした。
「まさかレイの主人がこんなに端正な方だと思ってなくて……」
嘘は言っていない。私くらいの歳の子なら恥ずかしがって照れるところだろうし、さっきも町の女の子がこの男のことを見てキャーキャー騒いでいた。それにレイの主人がこんなに顔が整っていると思っていなかったのは事実だ。
「へぇそうなんだ。へえ?」
何故か私を見るレイの目がニヨニヨとし始めたし、含みのある言い方をする。これは何か勘違いをしたなと呆れる。
私との会話を早急に終えたかと思えば、勢いよく話し始めた。
「師匠!お願いがあるんだ!」
「なにかな?」
「クララを雇ってほしいんだ!」
「それはまた、どうしてかな?」
「実はーー」
ーーそうしてレイは私との関係を話し始めた。幼い頃拾ってもらったこと、2年間育ててくれたこと、訳あって離れ離れになってしまったことを。
「クララは俺に生活の全部を教えてくれた人だから、料理はもちろん掃除に洗濯、家事ならなんだってできるし、今は違うっぽいけど昔は家政婦として仕事してたこともあるし、何より俺の恩人なんだ!だから、クララを雇ってください!」
レイの勢いに押されて、話すタイミングを失っていたけど、ここで黙っていたらまずいと思います口を挟む。
「確かに、さっきこの子が言ったことは事実です。しかし、家政婦として仕事していたのは5年も前のことですし、今更役立てるかどうかは分かりません。何より私はあなたに雇っていただく義理はありません。その身なりから高貴なるお方だとお見受けいたします。この子を従者として雇ってくださったのは、寛大なお心あってのことでしょう。ですが――私はもう成人しておりますし、ひとりで暮らしてゆくこともできます。雇う必要はございません。」
こんな身元の分からない怪しい女を雇うはずがないのに。それに、役に立つかどうかも分からないのだから断るに決まっている。それこそ、この人の名に傷をつけるというものだ。
だから、お願いだから断ってくれ。
面倒ごとには関わりたくない。それに何より、私はもう都市部には行きたくない。
「――いいよ」
「え」
私の落胆する声とは真逆にレイの歓喜の声が聞こえてきた。視界の端でガッツポーズをしている姿が映る。
「はぁ…!やったぁ!ありがとうございます!師匠!!」
「いや、私はやるなんて、一言も…!それに――」
「クララ!これでまた一緒に暮らせるね!」
「レイ……」
その言葉を言われてしまえば、私は何も言えなくなる。
この気持ちの正体は罪悪感だ。あの日、レイを行かせてしまったこと、約束を破ったこと、家を燃やしたこと。
拾ったのならば、最後まで責任を持たなければならない。私はそれを中途半端に放棄したのだから、再び責任を持たなければいけないのは当たり前なのだろう。なんて、自分に言い聞かせる。
また一緒に暮らせるって言ったって……別に嬉しくはない。けれどどこか笑みを堪えてる自分がいた。
「さて、それなら、きちんと挨拶をしないといけないね。私はアリアンロッド家当主――シアン・ダグザ・アリアンロッド。一応、今代の大魔導士をやっているよ」
「……!大公閣下にご挨拶申し上げます。大公閣下と存じ上げなかったとはいえ、数々の無礼失礼いたしました!」
「顔をお上げ、そんなに畏まる必要はないよ」
「いえ、礼儀ですから」
私は今、目の前の男の正体を知ったかのように慌てて、ベッドから降りて膝をつき挨拶と謝罪をする。
「別に私は礼儀とか作法とか気にしないから、楽にしてくれていいんだよ。ほら、君の隣の少年を見習いたまえ」
その言葉に顔をあげる。
「礼儀のれの字もないほどに生意気だろう?」
そう言いながらニヤリと笑ってレイの方に視線を向ける大公様。
「失礼な!これでもちゃんと尊敬してますよー!」
「ふっ」
そのやり取りを見て自然と笑いが溢れた。
*****
「ねぇ、お互いレイという信用に値する人物を挟んではいるけれど、レイの言ったように私達の間に信用なんてもの微塵もない。なんせ、さっき出会ったばかりなのだからね。彼が気を利かせてくれたようだし、親交でも深めるとするかい?」
「そうですね」
「……いくつか質問をしてもいいかな?」
「どうぞ?」
全く、レイには困ったものだ。お世話係をやるなんて一度も言っていないのに、大公様と2人して勝手に話を進めるのだから。本人を他所にどんどん話を進める2人になんとか、割って入って仮で採用というところに落ち着いた。
とりあえず、話がまとまったかと思えば、レイは「雇用関係とはいえ、まだお互い信用できないと思うんで!2人でどうぞごゆっくり〜」なんて言ってそそくさと出ていってしまった。
お前の部屋はここだろうに、どこへ行くんだ。ましてや、大公様と2人きりなんて気まずい……と思い、レイに乗じて私もさっさと部屋に戻ろうとすると、大公様が私を引き留める。
バルコニーに移動すると、少しの沈黙のあと、向こうから話しかけられた。
「君は……どうしてその姿でいるんだい?」
「やっぱり、大公様には分かってしまいますか」
質問と聞いて、この男にどこまで話すか少し身構えていたが、まずは想定内の質問に安堵する。
「少し事情があり、姿を偽らなければいけないのです。この身に関わること故、無礼を承知でこの姿でいることをお許しください」
「そう、ならこのことについて深掘りするつもりはないよ。ただ、……君には聞きたいことが沢山あるんだ。あの子の手前、尋問するような真似はできないからね」
さっきまでのほんわかした空気とは打って変わって、ピリッとした雰囲気が漂う。
「怪しまれるのは当然のことですから、かまいません。わたしが大公様を狙う輩かもしれませんからね」
「ふふっ、君はおかしなことを言うね。私はこれでも大魔導士なのだよ?君みたいなお嬢さんに軽々と命を狙われるとでも」
「どうでしょうね。確かに気品は貴族そのものですけれど、わたしは大公様の顔なんてご存知ありませんから、貴方が本物かどうかなんて分からなくて当然です。2人してわたしを揶揄っている可能性だってありますから……私は少々疑り深いのです」
「へぇ、確かにそのようだね。それなのに、畏まったままなんだね」
「そのお顔からは考えられないくらい意地悪なお方ですね!」
あんな魔法を見せられたんだ、大公様かどうかなんて全く怪しんでなんかいないが……こうやって疑り深いやつだと思わせとけば、なかなか親交を深めるなんてできないだろう。
私には、最初から親交を深める気なんて1ミリもない。
レイがまた一緒に暮らせると言ってくれたときは嬉しさでいっぱいだったが、改めて考えてみると不安が積み重なっていく。
気づかないうちに、レイと再開できた喜びで浮かれていたのかもしれない。
それに大公様にだって親交を深める気などさらさらなさそうだ。私を怪しんでいるのは向こうも同じこと。これは駆け引きだ。どちらかでも隙を見せた方が……落ちる。
さっきから距離を詰めるふりをして、どんどん近づいてくる。
(甘い顔に、甘い言葉……こんなふうに接せられたらきっとどんな女性もイチコロでしょうね)
他の女性と私は違うって言うことが言いたいわけではなく、この手の男性にはもう懲り懲りなのだ。少しでも気を許して、自分を見せてしまえばあっという間に籠の中の鳥になる。
「ふふっ、ごめんごめん。君があまりにも真剣な表情で言うから、つい揶揄いたくなってしまって」
「まあ、ひどい人」
(なんちゅー、上辺だけのぺらっぺらとした会話だろう)
大公様のことだからこの世の美女を見尽くしたに違いないが、私だって美しさで言ったら都市部の人にだって負けてはいない。別に大公様に気を持たせたいわけじゃないけど、今までにないくらい猫を被っているから少しくらいこちらに落ちないか面白半分で気になってきたところだ。
「話を戻そうか。まず、さっき君が言った通り姿を偽っていることについてはどうでもいい。その程度ならお洒落で嗜むレディもいるからね。聞きたいのは、どうして魔法を常時発動できるのか、ということだよ。髪や瞳の色を変えるのは魔道具を持ってしてもせいぜい1時間程度。なのに、君は初めて会ったときからずっとその姿のままだろう?」
このことについても聞かれると思っていた。
私のことを一目見た時からきっと分かっていたのだろう。
昔の私はクラッカーみたいな明るい茶色で肩につかないくらいの長さだったけど、今は腰くらいの長い髪をチョコレートのような茶色に……目の色もオリーブ色から茶色に魔法で変えていた。
魔法で顔の構造を変えるのは禁止だけど、髪や目の色を変えるのはお洒落の範囲として許可されている。
だから顔は変わりないとはいえ、髪の色も長さも目の色も違うのに私に気づいたレイには心の底から驚いた。それに、あの頃はまだ6歳……5年も経っていれば忘れているものと思っていたから。
「……魔力量や消費量は一般の方とさほど変わりはありません。食事や睡眠などで回復するということも同じです。しかし、私は自然魔力を吸収しやすい体質なのです。食事や睡眠と違って自分で取る必要がなく、減った分の魔力がまさに自然と回復していくのです。その上、器の許容量を越えることもないです。そう、私を育ててくれた方が言っていました」
このことについては別に隠す必要もないので、きちんと説明する。魔力量が歴代1位と言われている大魔導士様なら気になるところでもあるのだろう。
魔力は体内生成型で睡眠や食事をすることで回復する。他にも魔力の相性が良いもの同士は接触することで回復可能である。属性による相性ではなく、生まれ持った魔力による相性なので、火属性同士だから回復できるというわけではない。
さらに、自然から魔力を吸収できる特異体質の者がごく少数存在する。大気中にある自然エネルギーを自然魔力として吸収している。つまりは私がその特異体質なのだ。
「へぇ、じゃあ君もあの子と同じく拾われの身だったってわけか」
「えぇ、そうなりますね」
先ほどまでの仲良しこよしの生ぬるい空気感など。とっくに変わって真剣な話になる。
「君は平民だというのに、礼儀作法もきちんとしているし、レイが読み書きをできたということはきっと君もできる。礼儀作法はともかく、読み書きができるのはどうしてだい?それに魔法も――ね。私がレイと出会ったときレイは既に生活魔法よりも上の知識持っていた。それと昼間、空をずっと飛んでいた鷹。あれ、君の使い魔だろう?」
この人には何でもお見通しなのだろう。怒涛にくる質問に一つ一つ答えていく。
「読み書きと魔法に関しては私を育ててくれた方に教わりました。確かに、わたしは生活魔法よりも高度な魔法を知っていますが、知っているだけです。生活魔法ぐらいしか使えません。この髪や瞳の色を変える魔法は身の安全のためにと教わっただけなので、これが難しい魔法だと言うことは知りませんでした。使い魔は私を育ててくれた方から引き継いで契約しました。亡くなったらそのまま引き継げるようになっていたのであたし自身やり方は知りません。礼儀作法も一般的なものはその方から教わりました」
確かに私は生活魔法より高度なものを知っているし使える。使い魔だって私自身で契約したものだ。使い魔と私、双方の思いが合致しなければできないのだから。しかし、ここで魔法が使えると言ってしまえば面倒なことになりそうだから、事実と嘘を巧妙に混ぜてバレないようにする。
「……そう。でも君の礼儀作法は明らかに上流階級のものだよね?普通の平民なら、私ほどの身分の人と会ったらまともに挨拶すらできないと思うけれど?」
「…………礼儀作法は、育ててくれた方が亡くなる前にとある屋敷の執事長に紹介状を書いてくださり、亡くなったあとは暫くそこでお世話になりました。きっとそこで鍛えてくださったからでしょう」
「でもレイから聞いた話だと、君は家政婦として生活をしていたんだよね。その屋敷で働いていた方がきっと良い生活ができていたと思うけど、どうして屋敷での生活を捨ててまで森の中で暮らしていたんだい?」
この男、見た目から分かる以上に食えないやつだ。明らかに私が嫌な質問だと分かってなお、掘り下げようとしてくる。大魔導士っていうんなら、そんなこと勝手に調べればいいのに。
「申し訳ありませんが、そのことについてはお話しできません。その上で怪しいと思うのなら、さっきの話は無かったことにしていただいてかまいません。そうするのであれば、朝日が昇る前にはこの村を立ちます。私を信用できないのは当然のことですので、お気になさる必要はありません。」
「まあ、最初にも言ったけれど信用できないのは確かだね。でも、それはお互い様だ。今日が初めましてなのだから、これから判断すればいいことだよ」
飄々と話す大公様と違って、踏み入れられたくないところに足をかけようとする大公様に私冷たい言い方をしてしまったと反省する。クララはきっとこんな冷たい話し方はしない。クララならずっと笑顔で、まさに目の前の男のようにニコニコと話すだろう。
話して分かったが、別に大公様は誑かそうとしているわけではない。パーソナルスペースが近い人なのかもしれない。レイにももたれかかっていたところを見るにきっとそうなのだろう。
でないと、大公様ともあろうお方が初対面の女と2人きりの部屋でここまで近づいてくるはずがない。
最初に人ひとり分あったスペースはいつの間にかなくなっており、肩や腕が触れ合うくらいにはなっていた。
「まあ、ともかくこれから暮らしていく仲なんだからそう四六時中肩肘張ってるのは辛いだろう?」
確かにこの男の言う通りだが、レイの前ならまだしもこの信用ならん男の前で曝け出すわけにもいくまい。私が猫を被ってるのなんて既に分かっていて、こう言うことを言ってくるのだから。
面の良い男も女も信用するなと言っていたおじさんを思い出す。
「肩肘張ってるわけではないんですけど……やっぱり大公様と2人きりでお話しするのは緊張してしまうので」
嫌味には特大の笑顔で返す。絶対この人、腹黒だ。
でも、仮といえど、もしこのまま本当にレイと暮らすことになった時のために一か八か布石を打っておく。大公様が受け入れてくれるかは分からないが、使えるものは使っとく主義だ。
タイミングを伺い、今しかないと思い改めて大公様に向き合って話し出す。
「…………一つだけ。一つだけ、お願いがあります」
「私にできることならなんでもどうぞ?」
「私とレイの身の安全を保証してください」
「と、いうのはさっき君が答えられなかったことに関係しているのかな?」
「ふふっどうでしょうね。秘密です。でも、もっと単純なことですよ。大公閣下といえば、女性の間では噂されない日はないですから。そんな方が何処の馬の骨とも分からない平民を連れ帰ったとなれば……想像に容易いでしょう?時に、女というものは魔物より恐ろしくなりますから」
「ははっ、それもそうだね。では、君も私の噂話をしたことがあると思ってもいいのかな?」
「えぇ、まあ。大公閣下の魔導士としての名声を聞かない日はありませんもの!」
「……君は会話が上手なようだね」
「大公閣下ほどではありませんよ」
*
「おやすみなさい」
「えぇ、おやすみなさい。あと――詮索好きの男性は嫌われますよ」
聞きたいことが聞けたから満足したのか、バルコニーでは身体が冷えるからなのか、お互いに終わりの雰囲気を感じ取ると早々に挨拶をして解散した。
あーーー怖かった。
最後の最後にかましてやりました。言った時の目の見開いた顔ときたら、今にも思い出して笑えそうだ。
嘘が嘘だとバレているならその時点で嘘としての意味をなくす。
どこまでバレているのだろう。案の定、姿を偽っていたことはバレていた。だけど、レイから私の話を聞いていたのだとすれば、私の本当の姿はクラッカー色の茶髪に肩ぐらいの長さ、オリーブ色の目だと思っているに違いない。髪を魔力で常時補うのは流石の私でも大変だから普通に5年の間に伸びただけなんだけど……まあ勘違いしてくれているのならそれでいい。
魔法を使っていることは見破れても、本来の姿は知り得ないのだから。
問題があるとするなら、私の身を守ってくれるかという問いに頷いてくれることはなかったこと。
これから先、都市で暮らしていける自信がない。私はずっとあの人に囚われたまま生きなければならないのだろうか。
今日は本当に疲れた。レイと再会したかと思えば、邪竜が現れて……予想もしていない大公様との出会い。
まさか、レイとまた会えるとは思っていなかったから少し浮かれていたかもしれない。
ふと、冷静に考えてみると……また、あの子を巻き込むかもしれないという不安が襲ってくる。また、あの日みたいにお別れが来るのなら今のうちに去ってしまった方が楽ではないのだろうか。
今すぐこの村を去ってしまおうか。
そんな考えが頭の中を支配するが、部屋に入るとその考えは一瞬にしてなくなった。
大公様とは違う狭い部屋に戻ってくれば――レイが私のベッドで寝ていた。
あの部屋を出て、どこへ行くのだろうと思ってはいたけれど……まさか、私の部屋にいるとは。
話したいことがあったのかな、それともただ単にこの部屋で待っていたけど疲れて寝ちゃっただけ?
(私はね、レイ。話したいことが沢山あるよ)
この5年間何をしていたの?
どうして大公様といるの?
仲が良さそうなのはどうして?
ねぇ、レイも私とまた会うことを望んでた?
「あーあ、こんな寝顔みたらもう、2度と離れたくなくなっちゃうよ」
既にお腹を大きく上下して寝ている子どもに毛布をかける。
体の大きくなったレイがベッドを独占していて、あの頃とは違う意味で寝れそうにないので、ベッドに腰掛ける。
あの拾った日と一つ違うのは、手を繋いでいるということ。
「相変わらず、あったかいや。おやすみレイ」




