第七話 転生者の究極奥義!?
翌朝、目が覚めると、全身が鉛のように重い。昨日のフレアのパンチの痛みが、俺の肉体に確かに刻み込まれていた。起き上がろうとするが、痛みが俺をベッドに縫い付ける。
「うぐぅ……体中が痛い……推しに情熱を注いでいるだけなのに、こんな目に遭うとは……この世界も俺に厳しい……」
俺は呻きながらも、新たな決意を胸に起き上がろうとすると、部屋の外から大きな声が聞こえてくる。
「インテンスー! いつまで寝てんのー? 結局昨日は冒険者ギルドに来なかったじゃない! 今日は、冒険者ギルドに来なさいよ!」
ひどい言われようだ。昨日のフレアの暴力でこうなったというのに……
「フレアちゃん、毎日ありがとうね。インテンスったら全然起きてこないのよ。今日は、部屋から引きずりだしちゃっていいわ!!」
「インテンスのお母さんありがとうございます! では、お言葉に甘えて引きずって行きますね!」
フレアもひどいが、母親も容赦ない。フレアは可愛い顔にキッとした目で、ガチャっと部屋のドアを開けて入ってくる。そんなフレアの顔に騙されて、危うく惚れそうになる俺。
そんなことはつゆ知らずのフレアは、有無を言わさぬ勢いで俺の腕を掴むと、そのままベッドから引きずり下ろした。その力は、ロックグリフィンさえも引きずりまわせそうな威力だ。
「いや、ちょっと待てフレア! 俺はまだ昨日のパンチで……体が……! ぐええええええええ!?」
俺の抗議は虚しく、フレアは俺をずりずり引きずりながら、ギルドへ向かって歩き出そうとする。引きずられる俺の頭とパジャマが、床の埃を集めているのを見て今日は掃除の必要ないな等と考えながら、着替えてないことに気づく。
「ま、待ってくれ! せ、せめて着替えとか準備させてくれ!」
「冗談よ、ちゃんと着替えてから来なさいよ!」
「わ、わかったよ。今日はちゃんと行くよ。」
「うん、じゃぁ、先に行って待ってるからね!」
フレアは、俺の母親と軽い雑談をしてからギルドに去っていった。
「ふぅ、今日は冒険者ギルドに行くか。”セブンスタージュエル”について何か情報があるといいな。」
そうして、俺は簡単な着替えをすまして、ギルドに向かうのだった。
☆☆☆
冒険者ギルドに到着するやいなや、早速フレアが声をかけてくる。
「インテンスー! ちゃんと来たのね。偉い偉い!」
「俺にばかり構って、暇なのか? それともやはり俺のことが好きなのか?」という声は心の中にしまっておく。聞かれようものなら、フレアのパンチで今度こそ”死んだ”じいちゃんと再会できてしまうかもしれない。
「さあ、あんたも何かクエストを探しなさいよ! いつまでも部屋に引きこもってないで、何かしなさい!」
「ひ、ひどい! お、俺は推し活してるだろう!」
「そんなことより、クエスト頑張りなさいよ……」
「わかってるよ……」
とにかく情報を集めなければ。早速、ギルドのクエストボードの前で様々なクエストを眺める。いろんなクエストがある。薬草採取のような初心者向けのクエストから凶悪な魔物退治のような熟練の冒険者がこなすクエストまで様々だ。そんな中、誰にも見向きもされないような、古ぼけた羊皮紙のクエストが目についた。
『月光の魔石の捜索』
その文字を見た瞬間、俺の脳内に、昨日”マナネット”で見かけた”七つの魔宝石”の情報がフラッシュバックした。ん?これって、もしかして七つの魔宝石と関係するのか?魔石と魔宝石で名前は違うけど、なんか引っかかるんだよな。俺は、とりあえずその羊皮紙を持って受付の所に向かう。
「そのクエストにするの? これ、かなり古い上に、誰もクリアできてない難易度高めのクエストよ? 報酬もたいしたことないし、もっと現実的なクエストにした方がいいんじゃない?」
フレアは心配そうな顔で言うが、俺の直感は「このクエストをこなすべきだ」とささやいている。いったん、受付を離れてギルド内にある、”マナネット”端末を使って情報を検索する。
「えーと、『月光の魔石』で、検索……ん? 結構情報があるな。」
”マナネット”で『月光の魔石』について探してみると意外にたくさんの情報が出てくることに気づく。『月光の魔石はひかりケ丘の北にある、大山脈のふもとのダンジョンに存在する』。そのダンジョンの危険度は『出現魔物:ゴブリンキング、オーガナイト、ミノタウロスなど』と書かれている。
「なっ……!?」
俺の顔が青ざめた。まぐれでゴブリンを倒せる程度の俺が、ゴブリンキングだと! 無理だ! 絶対に無理だ! 燃えカスになったルナちゃんフィギュアを修復する方がまだ現実性がある。いっそ、家に帰ってフィギュアの修復するか……いや、いや、それだといつもと同じだ、俺氏。落ち着け俺氏。
「やっぱり俺一人じゃ無理だよな……しかも魔石と魔宝石と微妙に違うから”セブンスタージュエル”と関係があるかどうかもわからないし……もっと情報を集めてからにするか?」
俺が”マナネット”とにらめっこをしていると、ギルドの扉が「バン!」と開いた。まばゆい光が差し込み、俺は思わず目を細める。
「やぁ! フレアさん、ただいま!」
そこに立っていたのは、鎧の隙間からでも輝きが漏れ出ているかのような、まごうことなき英雄。この村の出身であり、冒険者の憧れの英雄アークだ! 彼の登場で、ギルドの空気が一瞬で神々しいものに変わった気がした。
「アークさま!!! おかえりなさい!!!」
先ほどまで俺にべったりだった(実際には違うが……)フレアが、一瞬で顔を赤らめ、目をハートにして駆け寄っていく。
「ただいま! 元気にしてたか? 今日は、大山脈ふもとのダンジョン攻略のために久しぶりに帰ってきたんだ。」
アークは爽やかな笑顔でフレアと会話する。フレアも嬉しそうな満面の笑みで、「アーク様しか勝たん」と言わんばかりの勢いで、アークにすり寄っていく。
(くそぉ。俺だってアークみたいな英雄になってやるんだ……ん?それよりも、大山脈ふもとのダンジョンだと!?それって、”月光の魔石”がある場所じゃないか。ということは……英雄アークのパーティが、”月光の魔石”のあるダンジョンを攻略してくれる……)
俺の脳裏に、とんでもないひらめきが走った。そうだ! 俺一人では無理でも、英雄アークのパーティに便乗すればいい! 彼らが強い魔物を蹴散らしてくれる隙に、俺はこっそり魔石をゲットすればいいのではないか! 俺、天才か!?
「ふ、ふふふ……これぞ、引きこもり転生者の究極奥義……『英雄便乗作戦』だ!」
いや、そんなものはないが、俺は”マナネット”端末の前で、悪役のような高笑いを漏らした。
そして、英雄アークのパーティがいつ大山脈ふもとのダンジョンに行くのかを盗み聞きし、いったん家に帰るのであった。
「待ってろよ、セブンスタージュエル! 待ってろよ、俺の英雄誕生物語!! 待ってろよ、推し活エンジョイ生活!!!」
俺は、英雄になって推し活を満喫するという野望を胸に、最高潮にアガったテンションで、ギルドからそそくさと逃げ出す。
よし、これで”セブンスタージュエル”を集める希望が湧いてきたぜ!