第六話 「俺は英雄になる」という願いをかなえるんだ!
翌日、俺はベッドの上で丸くなっていた。人生初クエストをこなした小さな満足感と、ルナちゃん(フィギュア)と財布の中身を失った喪失感がごちゃ混ぜになった変な感情だった。
「しかし、クエストをクリアして、むしろマイナスになるなんて……! こんなこと、ブラック企業ですら滅多にないぞ。もしや、転生して社畜のスキルが備わってないか!?」
昨日、汗と涙と鼻水を流して手に入れた月光草を、クエスト報酬の2倍の値段で買い戻したのだ。これで”プリズム☆エンジェルズ”への投げ銭も、オリジナル等身大抱き枕(限定の一品!)も、ルナちゃんの生誕記念の特別ライブのチケットも買えない。
そして何よりルナちゃんフィギュアの修復ができないではないか! これは推し活を根底から揺るがす、もはや俺の中での文明滅亡レベルの由々しき事態だ。
「うぐぅ……ルナちゃん……俺は、どうすれば……もう、俺には”マナチューブ”の無料コンテンツしか残されていないのか! この飢えは、何を食らって満たせばいいんだ!」
俺は枕に顔を埋め、アザラシのようにむせび泣いた。この世界に転生してからというもの、唯一の心の支えが”プリズム☆エンジェルズ”だ!
”マナチューブ”で彼女たちのライブ映像を見るのが、何よりも至福の時間だった。部屋にこもって、夜通しキンブレ(魔力で発光する棒状のもの)を振り回して応援し、推しへの愛を叫び、コメント欄で同志たちと熱く語り合う。それが俺の生きがいなのだ。
特にセンターのルナちゃんは、まさに俺の人生そのもの、いや、魂そのものだ。彼女の天使のような歌声、キレのあるダンス、そして時折見せるはにかんだ笑顔……全てが尊い。この尊さでお腹がはちきれんばかりに膨らむ勢いだ。
「ルナちゃん誕生祭の特別ライブまであと一か月しかない……このままじゃ、誕生祭に参加できない。それに、限定の生写真が手に入らなかったら……俺、死ぬのでは!?いや、そもそも推しに課金できない時点で、俺の魂は半分死んでるのでは……!?」
絶望に打ちひしがれながらも、俺は震える手で”マナチューブ”を開いた。せめて、無料配信されている過去のライブ映像を見て、心を落ち着かせよう。
画面には、七色の光を放つステージで歌い踊る”プリズム☆エンジェルズ”の姿が映し出される。ルナちゃんをセンターに、七人が推し色のライトで照らされ、ステージで輝いている姿が、俺の荒んだ心にじんわりと染み渡っていく。
特にルナちゃんがソロパートでウィンクを決めた瞬間は、すぐにでも冒険に出てしまえるほどテンションがアガる。
”ルナ!ルナ!”
”月光のプリンセス!”
”ルナ!ルナ!”
”もっとー輝いてー!”
画面の中のルナちゃんが、俺に向かって微笑みかけているように見えた。いや、きっとそうに違いない! 俺の推しは、いつも俺を見てくれているはず。俺はルナちゃんが歌う歌詞の一言一句、ダンスの指先の角度まで完璧に覚えている。推しは、いつも俺の心の中にいるのだ。
「ダメだ俺氏! こんな無料の”マナチューブ”コンテンツで満足してはダメだ! 推しに課金してこそだろう! 誕生祭に参加して、限定の生写真を手に入れるんだろ俺氏! そのためには金だ! 金!」
俺は立ち上がり、推し活の資金を貯めることを決意する。しかし、クエストをこなすだけでは、お金は貯まらない。むしろ減っていく一方だ。何? それはお前だけだと? そんなツッコミは脳内で無視だ無視!
「インテンスー! 今日はどうするのー? 今日も冒険者ギルドに来るのー?」
明るい元気な声が今日も外から聞こえてくる。フレアだ。いや、今日は無視だ。クエストをこなしても推し活はできない。もっと何か、違う何かが必要だ!一獲千金、いや一獲万金だ!
ドンドンドン!
それでも、無視だ。ここでフレアに会ったら冒険者ギルドに連れていかれて、さらに訳の分からないクエストをこなす羽目になる。そうすれば、財布的にも精神的にも終わってしまう。我慢だ俺。
ドンドンドンドンドンドン!
もはやドアが悲鳴を上げている気がする……俺はびくびくしながらもフレアのことを完全にシャットアウトし、何かないかと”マナネット”で「金 稼ぎ方 裏技」「初心者 一攫千金」「働かないで儲ける」などの怪しいワードで情報を集め続ける。
その時、マナチューブのサイドバーに表示された広告がふと目に留まる。普段なら見向きもしない胡散臭い、いや、超絶胡散臭いバナーだ。
『七つの魔宝石を集めて、願いをかなえませんか!』
怪しさ満点のバナーだ。普段ならこんなバナーはクリックしない。こんなものに釣られるのは、よっぽど困っている人間だけだろう。だが、推し活のために藁にも縋ろうと思っている今の俺は、その「よっぽど困っている人間」の筆頭だ! 思わずクリックしてしまう。
個人が運営していると思しき、胡散臭さ満点のオカルト系まとめサイトに飛んだ。サイトの背景は怪しげな星図で、お世辞にも見やすいとは言えない。表示されている画像も、どこかの子供が色鉛筆で描いたような宝石の絵だ。
「はは……胡散臭っ……」
しかし、その下に書かれた文章を読んだ瞬間、俺の目は皿のように見開かれた。
『七つの魔宝石。別名、”セブンスタージュエル”。この世界に存在する七つの魔宝石を集めると……どんな願いでも一つだけ叶う……という伝説がある』
俺は思わず、ごくりと唾を飲み込む。どんな願いでも一つだけ叶うだと!? そんなこと、本当にあるのか!? いや、あるわけない!……だが、もし、もしもそれが本当なら……!
「し、しかし、それが本当なら……英雄になることができるのでは!?……英雄になれればお金持ちになれて、ルナちゃんの限定生写真なんて買い放題なのでは!? ……いや、それどころか、首都ルミナリアまで行って、ルナちゃんとの特別プライベートライブに参加して会うことができるんじゃ……!?いや、そもそも、英雄になれればフレアだってルナちゃんだって振り向かせることができるはず!」
俺の推し活に飢えた脳みそが、一瞬にして目の前の胡散臭いサイトに釘付けになる。初心者クエストですら散々な目に遭ったけど、推し活のためなら、英雄になれるんだったらどんな苦難も乗り越えられる!
まさに、藁にもすがる思い。。。いや、これは七色の光に導かれていると言っても過言ではないのでは! そうか、俺が転生したのは、この”セブンスタージュエル”を見つけるためだったのか! 天命だ!
「よし! これだ! 金はないが、英雄になるという願いを叶える手段があるのなら、”セブンスタージュエル”を”集めざるを得ない”!」
俺は、新たな英雄になるという野望に燃え始めた。英雄となりお金持ちになって推しに直接会う、あるいはチヤホヤされるために、俺はうさんくさい7つの魔宝石を探すことを心に誓い、最高潮にアガったテンションで外に出るのだった。
そう、外で怒りに任せてドアを叩き続けるフレアを完全に忘れて。
メキョ!
「いてーーーーー!」
俺が勢いよくドアを開けた瞬間、ちょうど振り下したフレアの拳にめり込む俺の顔面。
「なんで全然返事しないのよ! ばかーーー!」
俺の顔面にめりこんだ自分の拳のことなど気にした様子のないフレア。さらに、怒鳴りつけながら拳を振りおろしてくる。
バキッ!
そして、追撃のギャルパンチが俺の腹に炸裂。俺の魂は三回転半ひねりを加えて体から飛び出し、天井にぶつかってから戻ってきたようだ。いや、物理的にも一回転半ひねりで吹っ飛んだが。。。
こうして俺は冒険へ出る決意をしたものの、2発のギャルのパンチで再び自室送りにされるのであった。
「あ、明日こそは”セブンスタージュエル”を探しに行くんだ……」
俺は、意識が朦朧としながらも、英雄になるという願いをかなえる目標を胸に、静かに床に沈んだ。