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第五話 嘘って結局バレるのね

”マナネット”のフリマサイトの出品者から月光草を無事引き取った俺は、冒険者ギルドに行くか、それとも魂の拠り所であるルナちゃんフィギュアを直すか(もはや土から練り直すレベルだが)、真剣に悩んでいた。あれ、そういえば、財布も見当たらない。

何もかも失って、心の中には嵐が吹きすさんでいる。


そんな鬱屈した気分で床に伏せっていると、いつにも増して元気で明るい声が響いてきた。


「インテンスー!! あんた、昨日は森に行ったの? 月光草採取できたなら、ギルドに報告に来なさいよー!!」


……うわ、フレアの声だ。何度か逃げようかと思ったが逃げ場もなく、しょうがなく俺はドアを開ける。そこに立っていたフレアは、俺の顔を見て、目を大きくしていた。


「インテンス!? あんた、かなりやつれてるじゃない、大丈夫??」


そりゃそうだ、一晩で、ルナちゃん(フィギュア)と財布も財布の中身を失ってしまったからな。


「あ、あぁ、ちょっと」


「どうしたのよ?」


「う、うん。今から、これ持っていこうと思って」


俺が恐る恐る差し出した、買ったばかりの月光草を見て、フレアの顔は見る見るうちに輝きだした。喜びを全身で表現するように、顔の前で両手をぎゅっと握りしめる。その場で「ぴょん、ぴょん!」と子供のように両足で飛び跳ねながら、満面の笑みで嬉しさを爆発させている。


「え! 月光草!? すごいじゃない! やったぁーやったぁー! インテンスがやればできたー!」


「くっ、か、可愛いぜ……」


小さく聞こえないようにつぶやく。いや、可愛いものは可愛いんだ。たとえ財布を失っても、この笑顔を見れば……いや、貧乏には勝てないか。


「あんた、やればできるじゃない!!」


バシッと背中を叩かれ、思わずむせる俺。その衝撃で肺の空気が全部抜けた気がした。


「げほ、げほ、い、痛いし。」


そんなことには構わず、フレアは満面の笑みでバシバシ叩いてくる。地味に痛いけど、悪くはない。自爆営業した甲斐が……いや、ないな。痛いだけだ。


「じゃ、じゃぁ冒険者ギルドに行ってくる。」


と話を終わらせるべく、さっさと冒険者ギルドに向かおうとしたその時、フレアが顔をグッと近づけてきた。その可愛い笑顔から、冷徹な目が俺の月光草を凝視している。


「ん? ちょっと待って!」


鋭い言葉に嫌な予感がする。こういう時の嫌な予感は当たるのが相場ってもんだ。案の定、次の言葉を聞いて、冷や汗が全身の毛穴からつーと流れ出した。


「この月光草、なんでしなびてるの? 昨日採取したならもっと新鮮なはずよ!」


「そ、そ、そうか? そ、そ、そ、そんなこと無いと思うけど、気のせいじゃないかな…?」


どもりながら、しかも消え入りそうな声で、何とか反論する俺。だが、フレアはそんな俺の動揺を見逃さなかった。まるで獲物を狩る肉食獣の目だ。


「この月光草、どうやって手に入れたの!? 怒らないから言ってごらん!」


「も、もう怒ってるし! 顔に青筋浮いてるし! 拳握りしめてるし!」


「これ以上怒らないってこと! これ以上はね?」


そう言いながら、可愛らしい笑顔のまま、グイッと握りこぶしを俺の目の前に見せつけてくるフレア。卑怯だ! その笑顔の背後には、目に見えない鬼が浮かんでいる気がした。


「ち、違うんだ。本当に月光草を取りに行ったんだよ。で、でも、燃えちゃって……」


「燃えたのになんでここにあるのよ!!」


俺だって燃えてなければと何度思ったことか。ルナちゃんと財布と財布の中身を失った心が、何度目かわからない血の涙を噴出させている。


「燃えたらクエスト達成にならないと思って……」


「うん、それで!?」


「だ、だから、月光草を取りすぎた人が”たまたま”いたから、お願いして譲ってもらったんだ」


「ほんとに!?」


「そ、そう。た、”たまたま”なんだ。だから、”たまたま”手に入れられたんだ。偶然が重なった結果で……」


「そもそも、なんで月光草が燃えちゃったのよ?」


「それは……」


俺はフレアに、昨日森に入ってからゴブリンに遭遇したこと、パニックになってランプを振り回したら火が燃え移り小規模な火事が発生してしまったこと。ただ、そのおかげでゴブリンを倒せたこと、そしてその余波で月光草まで無残にも燃えてしまったことを、半ば自虐的に説明する。


「ふーん、大変だったのね。でも、インテンスが無事で良かった。」


「う、うん。状況的には月光草は採取したも同然だし、”たまたま”譲ってくれた人がいたから、それでいいかなって思って。」


「そういうことなら、しかたないか……」


やっとフレアも納得してくれて、背後にうっすら見えていた鬼も消えてくれて、俺はホッと安堵の息をついた。人生でこんなに疲れたことはないぞ、たぶん。

その時だった。


「おーい、月光草を買ってくれた兄ちゃん! 忘れもんだぞ!」


げっ! どこからか、あの月光草を売ってくれたおっちゃんの声が響き渡る。まさか、このタイミングで登場するとは! 空気読めないにもほどがある!

おっちゃんはニコニコ顔で、俺の方に手を振りながらやってくる。


「いやー、月光草を買ってくれてありがとうな。たくさん採取したけど使い道がなくて困ってたんだ。助かった。助かった。おかげで娘の誕生日プレゼントが買えるぜ!」


「あ、いや、これは…」


俺は必死にフレアの顔色を窺うが、もう手遅れだ。フレアの顔が、みるみるうちに真っ赤になり、先ほど消えた背後の鬼が再び顔を出しているのが見える。


「あ、そうそう、財布忘れてたぞ、ほれ!」


「あ、ありがとうございます……」


財布を受け取りながら、俺氏の冷や汗は滝のように止まらない。おっちゃんは財布を渡すと「よかったよかった」と満足そうに去っていく。その後ろ姿が、今は悪魔に見える。


「イ・ン・テ・ン・ス・!・?」


フレアが見逃してくれるはずもなく、俺に顔をグイグイと近づけてくる。ち、近い!可愛い顔でこんなに迫られるのは嬉しいが、今は背後に百鬼夜行が見える。


「ち、違うんだ、フレア。これはその……」


「何が違うのよ!?さっき、”たまたま”譲ってもらったって言ってたよね!?まさか、報酬より高い値段で買ったんじゃないでしょうね!?」


もう、言い逃れはできないと観念し、クエストで得られる報酬の2倍の値段で買ったことを白状する。2倍という言葉を言った瞬間から、フレアの両手がプルプルと震え始めていた。正直、森で遭遇したゴブリンよりも、今目の前にいるフレアの方が圧倒的な恐ろしさを感じる。


「な、なんでお金で買うのよ!?しかも2倍でしょ!?クエストの報酬よりも高いってどういうこと!?あんたそれって親のお金でしょ!?しかも、最初は譲ってもらったって嘘までついて!?自分でも、やましいと思ってたでしょ!?……・」


もう、フレアのお説教は止まらない。機関銃のように言葉が俺に降り注ぐ。俺は逃げ出したい気持ちを抑えながらも、何とかその場でお説教を受け止める。


「……まぁいいわ。買ったものでも月光草を手にいれたんだから、とにかく、クエストはクリアね。冒険者ギルドに行って報酬受け取りなさいよ! じゃあね!」


一通りのお小言を俺に浴びせると、フレアは呆れ顔で去っていった。


「ふう……助かった……パンチは回避されたぜ……」


俺は安堵の息をついた。まさか、あのおっちゃんが財布を届けに来るとはな……もう二度と嘘はつくまい(たぶん)。それにしても、フレアは可愛いが今日は完全に鬼だったな。(こんなこと言ったらさらに怒られそうだが。)


そうして、俺は何とか冒険者ギルドに行ってクエスト完了の手続きを行う。いろいろあったが、初めてのクエスト完了だ。

ルナちゃんフィギュアと財布の中身は失ったままだが、小さな満足感を抱えて家に帰る俺であった。



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