第四話 自爆営業!?
翌朝、俺はベッドから起き上がった。体はだるいが、妙な達成感がある。
「ふふふ、ははは、はぁっはぁっはぁー! 人生で初めてスライムに勝ってしまったぜ! 俺もやればできる男!」
と悪役のような笑い声を心の中で呟き、ドヤ顔をキメる俺氏。実際には、情けなく逃げ回っていたところをフレアに助けられただけなのだが。いや、それよりもだ。
「今日こそ、ちゃんとクエストを完了させるぞ。”マナネット”で調べたところによれば、月光草は森の小川沿いに咲いているらしい。今夜こそ月光草を採取してやる!」
俺はさらに”マナネット”で月光草やクエストに関する情報を集める。
「やっぱり森には、スライムとかゴブリンがいるんだよな。スライムには「ぎり」勝てたし、ゴブリンにも勝てるだろう……いや、無理か。」
と自分にツッコミを入れながら、”マナネット”で「ゴブリン攻略法」を検索してみる。くっ、どれも俺には実現できなさそうだ。何?スライムもゴブリンも大人なら簡単に倒せるって?それを言っちゃおしまいよ。
「インテンスー! 今日は起きてんのー?」
今日もフレアの明るい元気な声が聞こえてくる。これで好意がないっていうんだから、どうなってるんだ?昨日もパンチ食らったし……
等とぶつぶつ言いながらも、これ以上無視するとドアパンチされそうなので、家を出る。
「今日も出てきてくれたんだ! うれしい!」
太陽だけじゃなく、フレアの笑顔にも迎えられ、そのまぶしさに思わず膝をつく俺氏。
なんとなく「くッ殺せ」と言ってみたくなる。
「く、くっころ案件だな……」
「……そんなことより今日も月光草、探しに行くんでしょ? 魔物ともちゃんと戦いなさいよ。私でも勝てるわよ。」
俺の発言は華麗にスルーされたが、なんやかんやと今日も俺のことを心配してくれるフレアのやさしさが伝わってくる。
「フレアー、俺のことやっぱり……」
途中まで言いかけてやめておく。フレアが笑顔を張り付けたまま、拳を握りしめるのが見えたからだ。
「今日も頑張るんだよー、私はもう仕事に行くね」
そう言って今日も冒険者ギルドに行ってしまう。可愛らしい姿(主にお尻)を眺めながら、今日は助けてもらわずに頑張ろうと気合を入れる。
☆☆☆
夜になり、俺は昨日と同じ門に向かう。装備は修復済みで魔力で磨き上げたルナちゃんフィギュアだ。妙に安心感が得られるのだ。
門番のおっちゃんは俺を見て、にやりと笑う。
「お、昨日は大変だったそうじゃないか。今日は気をつけて行けよ。お前みたいなひょろい奴でも、スライムくらい自分で何とかしろよ」
「は、はい、ありがとうございます…(ひょろい奴って…失礼な! ルナちゃんに投げ銭するためにクリックで鍛えたこの指先を見てみろ!……いや指も大したことないか……)」
なんていう言葉は出せず、会釈だけして門を開けてもらう。夜の闇に閉ざされた門の外を見て、昨日の恐怖が蘇り足が震える。
ガサガサッ!
「ひっ! また風か!? 頼むから、そういうのはやめてくれ! 俺のメンタルはもうボロボロなんだ!」
悲痛な叫びを上げながら進んでいくと、今日もなんとか森の入り口まではたどり着く。
「たしか小川沿いだよな。よし、今日こそ行ってみるか」
今日は両手にランプを掲げ、昨日よりも気持ち明るい状態で森へと入っていく。昨日と違い魔物は飛び出してこないようだ。俺は”マナネット”で調べた知識を頼りに、慎重に足を進めていく。
しばらく、魔物が出てきませんようにと懐に装備したルナちゃんフィギュアに祈り、そろそろと進んで行く。しばらく進むと、川のせせらぎが聞こえてきた。
「よし、今日は順調だ!」
と自らフラグを立てるような発言をしてしまう。そう、その瞬間に、俺の目の前に、自分と同じくらいの大きさの緑色の体をした、ゴブリンが現れた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
毎度のことで情けないが、俺はパニックになりその場で尻もちをつく。
「な、なんでだよ!? スライムの次はゴブリンって、この世界の魔物の出現順、教科書通りすぎだろ!!」
あまりの王道展開にツッコミを入れながらも、俺は涙と鼻水を垂れ流し、尻もちをついた状態で後ずさる。ゴブリンは荒い息遣いで、手に持っている棒で地面をドンドンと叩いている。
「ひぃ! 来ないで! 来ないでぇぇぇぇぇ!」
俺は恐怖のあまり、もはや自分が何をしているのかもわからないまま、ただ「嫌だー!」と叫びながら、両手をぐるぐると振り回す。そう、ランプを握った両手を。
当然ながら、手には二つのランプを持っていたわけで、両手のランプが飛んで行ってしまった。そのままゴブリンの足元の乾燥した茂みにぶつかり、ガチャンとランプは割れ火がボワッと茂みに燃え移る。
「あ、やば……!」
俺がそう思った時には遅かった。炎は瞬く間に乾いた草木を這い上がり、一気にメラメラと燃やし始める。森の中で火事が起きたのだ。
「グギャァァァァァァァァァァ!!!!!」
ゴブリンは、足元で起こった突然の熱と炎、そして煙にパニックに陥りその場で叫び声を上げる。火と煙で動きが鈍ったゴブリンだが、叫び声は怖い。
「来るなー!」と叫びながら、その辺にあった石や木の棒を手当たり次第に投げつける。周囲に投げるものが無くなると、何か無いかと自分の体をバタバタと探ると尖った鋭利なものが手に当たる。これだと思い、全力で投げる。
「あ……!! 俺のルナちゃんがぁぁぁぁぁ!!」
時すでに遅し、俺のルナちゃんフィギュアはひゅんと勢いよく飛んでいったのだった。そして狙いを定めたかのように、ゴブリンの眉間にズドン! となぜかクリーンヒット。
「ッ、グ、ギャアアアア……!」
ゴブリンは、よろめいたかと思うと、その場にばったりと倒れ、ぴくりとも動かなくなった。
「……え? た、助かった……」
俺は、何が起きたのか理解できなかった。ただ、ゴブリンは魔石化しており、助かったのは分かった。
「うぅぅ、ル、ルナちゃん……」
勝ったものの、ルナちゃんフィギュアがいなくなったことに愕然とする。勝利の歓喜か失った悲しみのどちらかわからないが、流れる涙がしょっぱい。だが、すぐに目の前の事実に気づく。
目の前で、森が燃えている。
「ま、まずい! このままじゃ森全体が火事になり大事になってしまう!?」
俺は慌てて、近くの小川に駆け寄り、背中にしょっていた革袋を使って水を汲んでは火にぶっかける、という作業を繰り返す。必死の消火活動で、なんとか火の勢いを食い止めることができた。
その時、消火したばかりの焦げた地面に、燃え尽きた月光草の残骸が散らばっているのが見えた。
「のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーー!!」
俺は地面に膝をつき、今日三度目の涙を流し、天を仰いで絶望の叫びを上げる。
月光草は手に入った。そう、燃えカスだが……
こんな状態で冒険者ギルドに持っていっても、報酬はもらえないだろう。
(く、冒険なんて地獄だ。魔物との戦いだけじゃなく、月光草すら燃えて手に入らないなんて。こんな俺がクエストなんて……!)
俺は、ルナちゃんフィギュアと月光草の燃えカスを片手に、すごすごと家に戻ることにした。
☆☆☆
どうやって家に帰ったのか正直覚えていないが、カチャリ、と部屋の鍵をかけて、ベッドにダイブするが、すぐに立ち上がる。体が燃えたすすのような匂いで臭いことに気づいたからなのだが……
「ん? そうだ、マナネットだ!」
俺は体から匂うすす臭さと、ルナちゃんフィギュアを失った悲しみを忘れるように”マナネット”を見る。そこはアイテムを個人で売買するフリマのようなサイトだ。俺は「月光草」を検索した。
「あ、あった! 月光草だ!」
だが、このクエストで得られる報酬の2倍の値段だ。正直ルナちゃんフィギュアを作り直すことを考えると、財布へのダメージは痛恨の一撃レベルだ。それこそ本当に死にかねない。しかし、俺には選択肢がない。
「うぅぅぅ……」
俺は血の涙を流しながら、月光草をポチる。出品者は、なんとこの村の住人だ! よかったと安堵するとともに、これって自爆営業だなと自嘲的な笑みを浮かべる。さらに、月光草を手に入れても、クエストの報告に冒険者ギルドに行くことを思うと憂鬱になるのだった。
あ、明日は冒険者ギルドに行くのか……
嫌すぎる……