第三話 初めての魔物退治
「ぐぬぬ……俺のルナちゃんフィギュア、まさか、フレアのパンチがルナちゃんフィギュアを破壊する威力とは! これは異世界でも、なんらかの罪に当たるのでは!? いや、そういう法律があるのか知らんけどさ……」
手元の悲惨な姿になったルナちゃんフィギュアを見ながらひとりごちる。昨晩、フレアのパンチをもろにくらい、腹に装備していた(?)魂の拠り所が、無残にも五体バラバラになってしまったのだ。
いや、それよりもだ、
「クエストだ! クエストをこなせなければ、違約金を取られてしまう! そんなお金があれば推しのルナちゃんに使いたいぜ。それに、ルナちゃんを取り戻すんだ」
(取り戻すも何も、インテンスのものだったことはないのだが)という声が聞こえてきそうだが、そんなことは関係ないとばかりに、俺は本日15回目の決意表明を心の中でしてみる。
しかし悲しいかな、決意とは裏腹に引きこもりで身についた”プリズム☆エンジェルズ”鑑賞はやめられない。止まらない。
そんなこんなしているうちに、いつもの明るい元気な声が響いてくる。
「インテンスー 昨日はごめんってばー、元気出してよー」
俺は悩んだ、今日も引きこもるか。いや、それではルナちゃんを取り戻せないし(本日16回目の決意)、それにフレアが気を使ってくれていることもわかる。
俺は、部屋を出てフレアに直接顔を見せることにする。くっ、太陽が目に染みるぜ。
「あれー?? 珍しいじゃん! 今日は部屋から出てくるなんて!」
フレアは驚きながらも、嬉しそうにパチパチと瞬きしている。
「あ、ああ。昨日のことは気にしてないから大丈夫。き、今日こそは月光草取りに行くよ。」
「ふふ、めずらしい! やる気になってんじゃん!」
太陽のように明るく、可愛い笑顔を見せるフレア。俺はその笑顔を見るのは嫌ではない。いや、むしろ好きだ。ルナちゃんフィギュアは壊されてしまったけど、少しはやる気も出るってもんだ。
「じゃぁ、私は仕事だからギルドに行くけど、インテンスも気を付けてね!」
そういって、フレアは嬉しそうに冒険者ギルドに向かっていく。可愛らしい後ろ姿(主にお尻)を見送りながら、俺は改めて今日こそはと気合を入れる。
「さてと、夜まで時間があるな。魂のルナちゃんフィギュアを直して時間をつぶすか。」
そうして夜までの間、俺はルナちゃんフィギュアの修復作業に全集中で取り組んだ。折れた首を接着し、欠けたパーツを補強し、魔力を込めて磨き上げられたルナちゃんは、以前にも増して輝いて見える!
素晴らしいぞ俺氏! これは満足だ!
☆☆☆
夜になって、今日こそ村の外に出るべく、門に向かう。修復されたルナちゃんフィギュアは今日も装備中だ。
「今日はフレアは来てくれなかったか。まぁ、昨日のこともあるからしょうがないか。」
残念に思いながらも、門番のおっちゃんに外に出ることを伝え門を開けてもらう。
「気をつけて行くんだぞ。外は暗いし、弱いといっても魔物は出るんだからな」
門番のおっちゃんの声が、まるで脅しのように聞こえてくる。あれ? これって、フラグ? 等と不吉な思いを胸にしながらも、何とか返事をする俺。
「は、はい。ありがとうございます。」
震える一歩を村の外に踏み出す。久しぶりの村の外、しかも外は暗闇。引きこもりには眩しい月光が、さらに俺の不安を煽る。息を潜め、震える手でランプを持ちながら、ゴクリと唾を飲み込み、慎重に足を進める。
ガサガサッ!
「ひっ!!?! 、、、な、なんだ、風の音か。ビビらせやがって……ま、まったく、こういうとこがラノベの悪しき風習だよな。」
などという、全国のラノベ作者に怒られそうな言葉を出しながら歩く俺。森までの道は村の人がよく通るため、踏みならされておりランプの明かりだけでも歩きやすくなっており、久しぶりに冒険に出る俺でも問題なく森までたどり着けた。
「ふぅ、ここまでは魔物も出てないし、なんとかなったか。これは意外と、俺、冒険者の才能あるんじゃね!?」
だが、問題はここからだ。夜の森は暗く、足を踏み入れるには勇気がいる。しばらく悩んだ末、「ええい、ままよ!」と覚悟を決めて森の中に入ろうとしたそのとき、森の中から影が俺の方にロケットのような勢いで突っ込んでくる。
どぉん!
「う、うぁぁぁぁぁ、いてぇ」
倒れながら、思わず叫ぶ俺。ランプをかざすと、そこにはぷよぷよと動く、国民的RPGでおなじみのやつ、そうスライムが動いている。
いや、スライムは大人であれば簡単に退治できる魔物だが、俺は夜の暗闇と突然の襲撃でパニックになり、慌てて逃げる。それにそもそも俺には荷が重いのだ。
「もう、嫌だ、やっぱり俺にはダメだーーーー」
そう言いながら、村まで走る俺。振り返るとスライムがぴょんぴょんと追いかけてくる。
「やめろーーーー!」
スライムに言ったところで言葉が通じるわけではないのだが、叫びながら逃げ惑う俺。ようやく村の門が見えるところまで走り助かったと安堵したのだが、その油断がよくなかった。地面のくぼみに足を取られ盛大に転んでしまう。
「ひぃいいいいいーーーお助けをーーー」
やはり、スライに言っても言葉は通じないが、それでも助かりたい一心で命乞いをする。スライムが大きく覆いかぶさろうとこちらに向かって来た。もうだめだと涙と鼻水と、ルナちゃんとの思い出(もちろんそんなものは無く、単なる動画鑑賞をしていただけだが)なんかも一緒に垂れ流しながら、嫌だー! と叫んだその時、
「えい!」
ドゴッ! と吹っ飛ぶ目の前のスライム。
「ちょっと、スライム相手に何してんのよー、私でも簡単に倒せちゃうわよー?」
そんないつもの明るい可愛い声が聞こえてくる。
「フ、フレア?」
「気になって見に来たんだけど、叫び声が聞こえてきたからさ」
「あ、ありがとうーーー!」
助かった安心感とフレアの頼もしさと可愛さに再び惚れて、涙と鼻水でぐちょぐちょになった顔でフレアに飛びつく。
バキ!
「いやー!!! キモイ!!!」
再びギャルのパンチで吹っ飛ぶ俺氏。
「そんな顔で飛び込んでこないで! それに私にはアーク様しか勝たんのよ!?」
(えーーー!)
と心の中で残念な気持ちとツッコミたい気持ちを共存させながら、とりあえず装備していたルナちゃんフィギュアが無事なことに安堵する。昨日の二の舞はごめんだ。
「ちゃんとスライムにとどめ刺して、魔石取っときなさいよ!」
そうだ、フレアの言う通りだ。この世界では魔物にとどめを刺すと、魔石が残るらしいのだ。なぜ「らしい」って? そりゃ冒険に出たことないから、すべて”マナネット”で知った知識なんだよ。ま、現代から転生した俺にはありがたいがな。魔物の死骸なんて俺には処理できないぜ。
よろよろと立ち上がり、持っていたナイフを何度もスライムに叩きつけて、何とかスライムを倒す。
ボンッ!スライムは消えてなくなり、音とともに魔石だけが残る。
(初めて魔物を倒したけど、本当に魔石だけが残るんだな。)
「よし! じゃぁ今日は帰りましょ!」
「ほ、本当にありがとうなフレア」
「明日また、頑張りましょ!」
「う、うん」
フレアの可愛い笑顔に見ほれると同時に、こんなヘタレでクエストはこなせるのだろうかという不安にもなる。ま、今日はフレアとの距離が近くなったことに満足して、帰ることにするか。
それにしても、なんでフレアがあの場にいたんだ? もしかして俺のことを……
などと思いながらも声に出すと殴られそうなので、黙っておく。これ以上ルナちゃんフィギュアを壊されても困るし。
「ニコニコした満足そうな横顔を見られただけでも、今日はまぁいいか」
とフレアには聞こえない小さな声でつぶやく俺氏。ちょっと前進かな。明日こそは森に入ってやるぜ!