第二十一話 次なる目的地
フレアがついてくると言い張り、自由を奪われて意気消沈する俺だが、フレアによって強制的に現実へと引き戻される。俺の部屋の真ん中には、仁王立ちのフレア。その手には、俺の魂ともいえる『マナネット』端末が握られている。
「いい? ルミナリアに行くには、ここからじゃ直通の馬車はないわ。一度、交通の要衝であるエアリーポートまで行って、そこから空飛ぶ船に乗るのが一番早いのよ」
テキパキと旅の計画を立てるフレアを、俺はベッドの上から呆然と眺める。
「……で、問題はほかのセブンスタージュエルがどこにあるかよね。あんたが持ってる『月光の魔宝石』以外にも、あと六つもあるんでしょ? 情報が少なすぎるわ」
フレアはそう言うと、俺の『マナネット』端末を巧みに操作し、情報収集を始めた。 「セブンスタージュエル」「伝説の魔宝石」「月光の魔宝石」等のキーワードで、あらゆるサイトを検索していく。
ちなみに、今彼女が使っている『マナネット』は、俺の魔力で動いている。人の魔力を無断で、しかも旅の計画という俺の自由を奪う目的に使うなど、断固抗議……できるはずもなく、俺はすごすごとベッドから降りて、彼女の隣で画面を覗き込んだ。まあ、真剣なフレアの横顔は可愛いし、見ていて飽きないからいいか。
「ふ~ん……『月光の魔宝石』のほかに『陽核の魔宝石』、『星明りの魔宝石』、『海魂の魔宝石』、『花愛の魔宝石』、『灼熱の魔宝石』、『永遠の魔宝石』なんてのがあるのね。どこにあるのかしらね~……」
俺の脳内で、それぞれの宝石の名前が『プリズム☆エンジェルズ』のメンバーへと変換されていく。(陽核はソルちゃん、星明りはステラ、海魂はアクア……間違いない、これは推しからの啓示だ!)
「関連するクエストはないかしら……あ、『盗賊団から魔石を奪い返してほしい』っていうクエストがあるわね……ふんふん……へ~、盗賊団が奪った積荷の中に、『太陽のように明るく輝き、片手に収まらないほどの大きさの魔石』があった、ね……」
フレアは、俺が机の引き出しから取り出した『月光の魔宝石』と、『マナネット』端末の画面を鋭い目で見比べる。そして、「アタシの勘が告げてるわ。これは十中八九、セブンスタージュエルよ」と言わんばかりのドヤ顔でこちらを見た。こうなったフレアは誰にも止められない。
「しかもこれ、エアリーポート周辺のクエストよ! あんた、本当に運だけはいいわね!」
「ま、まぁな! どうせルミナリアに行って推し活するにはエアリーポートを通るんだし、ちょうどいいか……」
「……なんで、あんたの会話は推し活が中心になってるのよ。あんたのために、アタシがわざわざセブンスタージュエルを探してあげてるんでしょ!」
フレアに睨まれ、俺は慌てて立ち上がった。
「わ、わかってるよ! 俺だってやる気だけはあるんだ! セブンスタージュエルを全部集めて、絶対に英雄になってやる!」
俺はガバッと立ち上がり、部屋の隅に立てかけてあったキンブレを握りしめ、英雄っぽいポーズを決めてみる。
「へぇ~、あんたが『英雄になる』ねぇ。まあ、その意気やよしだわ。……で、その光る棒、また持っていく気?」
「あ、ああ。これは推し活にはひつ……」
バキッ!
「痛えええええええええ!?」
俺の言葉が終わる前に、フレアの完璧なアッパーカットが俺の顎に炸裂した。視界の端に、三途の川と「おぉ情けない死んでしまうとは」としゃべっている神父の姿が見えた気がする。
「推し活、推し活って! そんなんでセブンスタージュエルが集められると思ってるの!? 今度の相手は、ダンジョンに住んでる魔物じゃないのよ! 生身の人間、それも凶悪な盗賊団なの! そんな光るだけの棒で、どうやって戦うつもり!?」
「た、確かにそうだな……。ただ光るだけの棒だし、武器が必要だよな……」
「そうよ。この前はアーク様たちがいたから何とかなったけど、今回は基本的にアタシたち二人なんだから。アタシも自分の身くらいは守れるけど、あんたにも戦ってもらわないと困るわ」
(え、フレアって戦えるの!? ただの冒険者ギルドの受付嬢(物理攻撃は鬼強い)じゃなかったのか!?) 俺が内心で驚愕していると、フレアがポンと手を叩いた。
「ねえ、あんたのお父さんに相談してみない? また、とんでもない失敗さ……ごほん。すごい武器がもらえるかもしれないじゃない!」
おい、今、はっきりと「失敗作」って言おうとしたな! まあ、その通りなんだが……。確かに、今の俺が頼れるのは、あの頑固親父だけだ。 ん? 待てよ……。そもそも、盗賊団と戦う……? 生身の人間と……? 俺の全身から、サーッと血の気が引いていくのが分かった。
「ひぃ……」
こみ上げてくる恐怖を紛らわそうと、俺は無意識に『マナネット』端末を手に取り、画面に意識を逃がそうとした。その時、ふと、『マナチューブ』のおすすめ動画欄に、**『【秘蔵映像】プリズム☆エンジェルズ・デビュー前レッスン風景』**という、神々しいサムネイルが表示されているのが目に入った。
「なっ……!?」
こ、これは……見たい! 死ぬほど見たい! 英雄への道も大事だが、この震えを止めるためにも、推しへの信仰心を高めるためにも、ファンとしての務めを果たすためにも……!
「……い、一本だけ……。これも、戦いへのモチベーションアップのためだ……」
俺が、吸い寄せられるようにベッドへ戻り、動画再生ボタンを押そうとした、その瞬間だった。
バキィッ!
「現実逃避するんじゃないわよ!!! それに、モチベーションアップは、もう十分でしょ!!!!」
フレアの愛の鉄拳が、今度は俺の後頭部にクリーンヒットした。
「ぐはぁっ!」
「もう! さっさとあんたのお父さんの仕事場に行くわよ!」
フレアは、床に伸びる俺の襟首を掴むと、容赦なく部屋から引きずり出していく。
「まったく……本当に見てらんないんだから。アンタ一人じゃ、途中の街でマナネットに夢中になって、餓死するのが目に見えてるわ!」
ぶつぶつと文句を言いながらも、その言葉には俺を心配する響きが確かにあった。その優しさに、改めて惚れそうになる。いやいや、ダメだ。こいつは英雄アークに夢中なんだ。俺だって、いつか本物の英雄になって、あいつを、そしてアークを見返してやるんだ!
そう心に誓いながらも、俺の体は無慈悲に廊下を引きずられていく。 せ、背中が……床で擦れて痛いんですけど……!




