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第十六話 おお死んでしまうとは情けない……

「おお、死んでしまうとは情けない!」


穏やかで落ち着いているがどこか皮肉めいた、そして古木のようでありながら風が吹き抜けるような、少し枯れた響きのある声が鼓膜を震わせた。俺は重い瞼をゆっくりと開けると、視界に飛び込んできたのは、ベッドの横に立つ若い神父の呆れ顔だった。


「……また、このセリフかよ」


思わず口から出た独り言に、神父は深々とため息をついた。


「『また』……ではないですよ、インテンス君。貴方は今月12回目ですよ、というか毎日です。冒険者としてもう少し成長してはどうですか? 教会も慈善事業じゃないのですよ?」


神父の言葉は、まるで説教のように突き刺さる。いや、これはもう説教そのものだ。


「いやいや、勘弁してくれよ神父さん。俺だって好きで死んでるわけじゃないのよ! それに、今回はヴァンパイアロードっていうボスだったし……」


俺はむくりと体を起こしながら、記憶の糸を辿る。確か、スライムすらまともに倒せない俺が、調子に乗って英雄のアーク達についていったのが間違いだったんだ。ああ、最悪だ。家に帰って“マナネット”でルナちゃん動画見るか……それだとルナちゃん誕生祭に参加できないし……


「まったく……」


神父は呆れたように首を振ると、清潔な白い手を差し出した。


「次からは、もう少し身の丈に合ったクエストを選んでくださいね。では、協会への寄付をお願いします。」


「あ、あの……お金ないです……」


俺がしどろもどろに答えると、神父の眉がぴくりと動いた。そして、その穏やかな声色が一変する。


「おぉ、神よ! 迷える子羊をもう一度あの世へ……!」


「待って! 待って! それだけは勘弁を!」


俺は慌てて両手を突き出し、必死に懇願する。神父の顔はすでに慈愛のかけらもなく、完全にビジネスモードだ。


「では、寄付をお願いします」


「……つ、つけでお願いします……」


俺の声は、情けないほどに震えていた。神父は嘆息交じりの声で、大げさに嘆いてみせる。


「あなたは、今月12度目のつけですよ。そろそろ親御さんに督促状を送りますからね……」


「それだけは勘弁を…! 今月はルナちゃん専用キンブレ(魔力で光る棒)買っちゃったんでお金なくて……」



………………等という国民的RPGに出てきそうな妄想をすることで、現実から目をそらす俺氏。


目の前には、禍々しい闇の魔力を頭上に掲げたヴァンパイアロードが、ギィッと口の端を吊り上げて嗤っている。その眼光は、まるで獲物をいたぶる蛇のようだった。


(ひ、ひぃ! 本当に死んでしまう!)


恐怖に体がすくみ、動けない。全身の毛穴が開き、冷たい汗が背中を伝う。肺がひゅーひゅーと音を立て、呼吸すらままならない。


そんな俺の前に、鮮やかな金色の髪が躍った。


「インテンス! 何突っ立ってんのよバカ! 逃げなさい!」


フレアだ。彼女は、その華奢な体で俺をかばうように立ちはだかる。


「フレア!? な、何してんだよ! や、やめろよ!」


英雄を目指すのにふさわしく、叫びながらもう一度フレアを庇うように立ちふさがる……一度はかばったものの、あまりの恐ろしさに、数秒後には俺の足はフレアを置いて逃げ出していた。フレアを置いて一目散に逃げようとする俺の姿を捉えたヴァンパイアロードの顔が、さらに凶悪に歪む。その表情は、軽蔑と怒りで煮えくり返っていた。


「……フン。情けない人間めが。女を盾にするだけでなく、さらに逃げるか! この虫けらめ!」


怒りをにじませたヴァンパイアロードは、頭上の闇の球体をさらに大きくしていく。それは先ほどまでの一撃とは比べ物にならないほど、禍々しく、暴力的な魔力を放っていた。闇のエネルギーが渦巻き、空間そのものが軋むような音が聞こえる。


「……」


アークたちも、俺が情けなく逃げ出す姿にはドン引きしているのがわかる。特にセレナとフィリアは「うわ、やっぱり最低だわ」と言わんばかりの、虫けらを見るような目で俺を見ている。俺をかばおうとしたフレアも「やっぱだめだこいつ……一度、死んでもらったほうがいいかも……」とでも言いたげな、軽蔑に満ちた表情を浮かべていた。


「いやだぁぁぁ! 死にたくないぃぃぃ! 死ぬ前にルナちゃんを一目見てみたいぃぃぃ! ルナちゃぁぁぁん!」


汗と涙はもちろん、涎や鼻水といった物理的なものから、希望や欲望という精神的なものも含めてありとあらゆるものを垂れ流しながら情けなく逃げる俺氏。


「死ねッ! 虫けらのごとき人間よ!」


ヴァンパイアロードは咆哮し、頭上の巨大な闇の球体をこちらに放つ! 空間を歪ませながら迫る漆黒の塊は、俺の全てを飲み込もうとしている。


「いやだぁぁぁー! 死にたくないぃぃー!!」


かなぐり捨てて叫びながら、ありとあらゆるものを垂れ流していたその瞬間、俺の奥底から、体中に流れる膨大な魔力も流れ出る。意識とは無関係に、無限にも近い魔力が俺から流れ出て、軽革鎧に注ぎ込まれまばゆい光を放ち始める。その瞬間に、ヴァンパイアロードの巨大な闇の球体が着弾する。


ズドォォォォン!


凄まじい衝撃と共に、視界が闇に包まれる。……まったく痛みを感じない……もしかして死んでしまったのか? ん? 生きているようだ!

体をよく見ると、俺が着ている軽革鎧が、漆黒の輝きを放っている。どうやら、俺が着ている軽革鎧が、俺の魔力を吸い尽くして、無限の防御力を発揮してくれているようだ!


父さん、マジありがとう!


「なっ!? 我が渾身の一撃を、無傷だと!?」


ヴァンパイアロードが初めて、そして最大の驚愕の声を上げる。満身創痍ながらも完全にドン引きだったアークたちも、信じられないといった顔で俺を見ている。


さらに驚くことに武器ならぬ、この旅のお守りとして持ってきていた懐の「プリズム☆エンジェルズ」の公式グッズ ”ルナちゃん専用キンブレ(魔力で光る棒)” までもが俺の魔力を吸い、まばゆい色の光を放ち始めた。


「ぐおおおおっ!? な、なんだその光は!? や、やめろぉー!!!」


闇の眷属であるヴァンパイアロードは、アイドルの放つ(?)あまりにも尊い光に苦悶の表情を浮かべ、大きく後ずさる。


「なんですかこれは? こんな光見たことありません!」


アーク達も聖なる(?)輝きに驚いている。俺はまばゆい光を放つキンブレを恐る恐る懐から出して、目の前にかざした。


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