第十三話 英雄の考察
(一体、あのインテンスという青年は何者なのだろうか……?)
馬車の揺れを感じながら、アークは隣に座るフレアを見た。先程のホワイトウルフとの遭遇。あの時、襲い掛かる魔物からフレアを咄嗟にかばった、インテンスという青年の姿が目に焼き付いている。
確かに、彼は冒険者としては頼りない印象を受ける。ひょろりとした体つきで、魔法はおろか剣術の心得もないと聞く。実際、先ほどの魔物との戦いでも、彼は緊張した面持ちでおろおろするばかりで、戦いに参加することはなかった。
しかし、あの防御力は一体何だったのだろうか?
アークたちは大陸でも有数の実力者たちが揃っているパーティだと自負している。アークの魔力と剣を合わせた技は並大抵のものではないし、ガイアの鉄壁の防御、セレナの高威力の魔法、フィリアの精密な弓、リリアの献身的な回復や支援魔法等、それぞれの力が、アークたちの強さを支えている。
この世界において、魔法は確かに強力な力を持つ。しかし、より一般的なのは、魔晶石を付与した武器や防具を用いる方法だ。魔晶石に魔力を込めれば、魔法のような効果を簡単に発揮させることができ、その威力は、直接魔法を使うよりも高い場合も多い。
セレナが先ほど放った強力な炎魔法「バーニングランス」も、彼女が持つ杖に埋め込まれた魔晶石を介して、彼女自身の魔力を炎属性に変換・増幅させて放つものだ。もちろん、アーク自身もまた剣に魔力を込めて攻撃を行っている。
(あのインテンスという青年が着ていた軽革鎧……失敗作と呼んでいたと聞いたが、ホワイトウルフの攻撃を防ぐほどの防御力を持つとは考えにくい。ましてや、軽革鎧に傷一つなかったとは……)
クリスタルピークを出発して数時間。アークたちの一行は大山脈の麓に広がる森を進んでいた。目的地のダンジョンまではあと僅かだ。
「アーク、そろそろダンジョンの入り口が見えてくるはずだ。」
斥候のフィリアが、先頭を歩きながら振り返った。
「ああ、分かっています。」
アークは頷き、パーティのメンバーに視線を送る。ガイアは黙々と前を見据え、セレナは周囲の警戒を怠らない。リリアは少し緊張した面持ちでアークを見つめている。
「今回のダンジョンは、噂ではゴブリンキングの他にも、オーガナイトやミノタウロスといった強力な魔物が出現すると聞いてます。気を引き締めていきましょう。」
アークがそう言うと、皆、頷いた。
「アーク、あのインテンスという青年だが……何者なのかしら?」
やはり、セレナは彼のことが気になっているようだ。
「セレナもそう思いましたか? 私も、ただの引きこもりにしては、あの時軽革鎧に込めた魔力は異常に感じました。」
「フレアがわざわざ連れてくるくらいだ、何か隠し持っているかもしれないな。」
フィリアも同意するように言った。インテンスの知らぬところで勝手に期待値が上がっていく。
「……うむ。俺も、ホワイトウルフの攻撃を受けて無傷というのは、只者ではないと感じたぞ……」
寡黙なガイアも、珍しく口を開く。リリアのみ不安そうな表情でインテンスを見ながら心配している。
「アークさん、あの……インテンスさん、危ない目に遭わないでしょうか?」
「大丈夫ですよ、リリア。何かあれば、私が必ず守りますから。」
アークはリリアに優しく微笑みかけた。
やがて、一行は鬱蒼とした森を抜け、岩がゴツゴツと露出した開けた場所に出た。目の前には、巨大な岩の壁がそびえ立ち、その中央にぽっかりと黒い穴が開いている。大山脈の麓に眠るというダンジョンの入り口だ。
馬車を入り口前に停め、アークはフレアに近づいた。
「フレアさん、インテンスさんなのですが……彼は、普段からあのように魔力が高いのでしょうか?」
フレアは少し首を傾げた。
「え? インテンスはただの引きこもりだし、魔法も使えないはずよ? いつも引きこもって部屋で”マナネット”見てばかりだから。」
フレアの言葉に、アークは少し意外に感じた。魔法が使えないのに、なぜあのような魔力で防御力を高められたのだろうか?
「そうですか……しかし、彼は何か特別な魔力を持っているのかもしれませんね。あるいは、あの鎧に秘密があるのか……」
「さぁ? ただの失敗作だって言ってたけど……ただ、私が持っただけで魔力をすごく吸われる感じがしたのに、インテンスが平気で鎧を着ているのは……不思議だけど……」
フレアの言葉に、アークの思考が一瞬固まった。魔力を吸う鎧。そして、あの驚異的な防御力。
(まさか……あの青年は、自覚はないものの、膨大な魔力を体内に秘めているのではないだろうか? そして、あの鎧は、彼の無尽蔵の魔力を利用して、防御力を高めている……? だが、それだとこの大陸でも指折りの魔力保持者ということになる。いや、単なる引きこもりがそんな馬鹿な……)
それは、まだ確証のない仮説に過ぎない。だが、もしそれが本当ならば、インテンスという青年は、底知れない秘めたる魔力を抱えていることになる。
アークは、少し離れた場所に立っているインテンスに目をやった。彼は、ダンジョンの入り口を前に、緊張した面持ちでオロオロと辺りを見回している。
(フレアさんをかばった時と今のこの姿、あまりにギャップがあるな……しかし、それにしても、あの時の彼の目は誰かを守りたいと思う英雄のようだった。もしや、彼にも英雄の資質があるのだろうか……わからない……そして、何が目的で月光の魔石なるものを欲しがっているのだろうか……)
アークは、インテンスの行動の目的も、その秘めたる力の正体も、まだ掴みかねている。だが、このダンジョンでの行動を注意深く観察すれば、何かが見えてくるかもしれない。
アークは静かに頷き、ダンジョンへと続く暗闇を見据えた。
「さあ、皆さん。中に入りましょう。」
彼の胸には、ダンジョン攻略への決意と共に、インテンスという謎の青年に対する、静かな興味が湧き上がっていた。




