第一話 英雄に推しを奪われる!?
”ルナ!ルナ!”
”月光のプリンセス!”
”ルナ!ルナ!”
”もっとー輝いてー!”
「ルナちゃん、ほんとかわいいな」
超絶一押しアイドル”プリズム☆エンジェルズ”のライブ動画をマナネット(異世界版インターネット)で見ながら、今日も引きこもりにいそしむ俺氏。実は、こう見えて転生者だ。
転生前は、引きこもりのニートだ。
体を動かすことなく、部屋でネット動画を見ながら食べては寝るを繰り返すような、お腹の成長にはもってこいの毎日。
そんな俺に友達などいるはずもなく、唯一の相棒は肉まん。
ある日、裏切って”ピザまん”を食べたら、のどに詰まってまさかの窒息死という、情けない最後を迎えることになってしまった。
しかし、神様は俺のことを見捨てていなかった。
気づけばファンタジーな異世界で、前世とは真逆のほっそりした体に、パッチリした二重で女性に見間違われるような優しい顔の”インテンス”に転生していたのだ!
まぁ、ラノベでよくあるような、神様だったり女神様だったりと対面してユニークスキルGETだぜ! みたいな、テンプレ的な展開がなかったのは残念だが。
そんな俺氏は、今世でも安定の引きこもり生活だ。
いや、俺だって最初は頑張ったんだよ?
15歳になり村の学校を卒業してから
「今世の俺ってなかなかイケてるよな。冒険者として名を馳せて、ハーレム作るぜ!」
ってな感じで、冒険者ギルドに登録したんだよ。
けど、いざ蓋を開けてみれば、魔法も剣術もからきしダメ。魔物と遭遇すれば、何度も死にかけては他の冒険者に助けられる。
そんなことが続いて、さすがの俺も自分の無力感に打ちひしがれたね。
ま、元は日本でお腹の肉が成長していただけだし、転生したからといって冒険者としての能力がすくすく成長するなんて、そんなうまい話はないんだよな。
そんなこんなで、今世でも引きこもりになった俺氏。
だが、この世界には引きこもるにはもってこいの環境があるんだぜ。
そう、それは魔力で動いている異世界版インターネットとも呼べる”マナネット”だ!
俺は引きこもると決めてからは、親のすねをかじり続け、部屋に”マナネット”環境を完備した。
これで、安定した引きこもり生活が送れるってもんだ。
そして俺が”マナネット”で出会ったのが、この世界のアイドル”プリズム☆エンジェルズ”だ!
彼女たちの動画は何時間見ても飽きないぜ!
特に、センターのルナちゃんは透き通るような歌声と天使のような笑顔を持つ、俺の生きがいだね。
「無職なのに何してんだ」と家族からは白い目で見られて一応ダメージは受けるが、”プリズム☆エンジェルズ”に癒されることで何とか生き延びる俺。
もしかして、死線をくぐりぬける度に強くなっているのでは? と某エリート戦士のセンスを持つのでは疑うレベルだ。
実際、そんなことはないんだが……
「そういや、”マナネット”って自分の魔力で動作してるはずだよな。俺、引きこもって一日中”マナネット”使ってるけど、魔力が不足したことないのなんでだろう?」
魔力を込めることで”マナネット”は使えるのだが、普通の人は1時間も使えば魔力が枯渇するようだ。でも、俺は一日中”マナネット”使えてるし、なんならルナちゃん応援していると体の中から謎の力が湧いてくる気がする。なんだろう?
まさか、魔力が無限に湧いてくるとか、とんでもない魔力持ちだとか、天才とか!?……いや、そんな設定、あるわけねーか。
「インテンス〜! また、引きこもってるの〜? たまには冒険者ギルドに来なよ〜!」
そんな明るく元気な声が聞こえてくる。
定期的にちょっかいをかけてくる幼なじみのギャル、もとい、冒険者ギルドで受付嬢をしているフレアだ。彼女はいつもミニスカートにへそ出しルック、大きなくりっとした目、すっと通った鼻筋、華やかだが派手すぎない化粧に、ブロンドで胸まで伸びた髪をカールさせてる美女だ。
やたら気にかけてくれるから、俺のことが好きなのか? なんて一瞬だけ夢を見た時期もあったね。でもそんなことはなかった。
「やっぱアタシには、英雄アーク様しか勝たんわ〜!」
と目をハートにしてしゃべってるのを聞いてしまった。くそっ、俺の淡い期待を返せ!
「フ、フレア。俺は今日もネットというダンジョン攻略に忙しいんだ、また今度な!」
ときざなセリフで叫び返してみる。
「もう~何意味わかんないこと言ってるのよ。じゃぁ、アタシは冒険者ギルドに行ってるね。」
とりあえず、いつものやり取りをすませる。
いや、今の俺はほんとに忙しいんだよ? なぜなら、マナネットでとんでもない情報をキャッチしたんだよ。なんと、”プリズム☆エンジェルズ”が俺の住むド田舎の村でライブを行うというではないか!
まさか推しが生で見られる日が来るなんて! 見たこともない神様ありがとう。
俺はライブ当日まで、ルナちゃんをマナネットの動画で見ながら、指折り数えていた。
☆☆☆
待ちに待ったライブの日、最前列のベストポジションを確保するべく家を出ると、後ろからフレアの明るい声が聞こえてくる。
「あー! 今日は部屋から出てるじゃーん!! もっと冒険にも出なよー!」
「う、うるさいな! 冒険に出なくても、俺はネットというダンジョンで毎日冒険してるんだよ!」
「はいはい。いつも意味わかんないこと言ってるけど、それ変よ?」
「い、いいだろ! 今日はこうして家から出たて来てるんだから。」
「どうせ、”プリズム☆エンジェルズ”が見たいだけでしょ。まったく……」
ぶつぶつと続くフレアからの小言は無視して、ライブ会場へ急ぐ。
会場に到着すると、すでに多くの人が集まっていた。
「これはまずい、ちょっとでも前に行かなければ……」
と人をかき分けて前に進もうとした、その時突如として大地が揺れ、巨大な影とともに空から魔獣が降ってきた!
「キャー ロックグリフィンよ!」
集まった村人たちはパニックになり、阿鼻叫喚の嵐。
”プリズム☆エンジェルズ”のライブは大丈夫なのか? などとのんきなことを考えていて逃げ遅れた俺に、ロックグリフィンはこちらに向かってくるではないか! や、やばい俺も逃げなきゃ!
「きゃっ!」
そんなとき、フレアが逃げる人たちに押される形で倒れるのが目に止まる。
「こ、来ないで……」
フレアは尻もちをつきながらも、後ずさる。
ロックグリフィンは上質な獲物を見つけたと言わんばかりに、ぐるると喉をならし、フレアに襲い掛かる。
く、すまん、俺には安寧を祈ることしかできん。と気も早く手を合わせる俺。
「い、いやーーー!」
その時、一陣の風とともに現れたのは、銀色の鎧を身につけ、銀髪をたなびかせたイケメンの英雄アークだ。
「ふん」
剣を構え、ロックグリフィンに向かっていく。
アークの剣技はまるで舞うように、瞬く間に魔獣の急所を突いていく。ロックグリフィンは断末魔の叫びを上げ、魔石を残して消滅した。
村人たちは歓声を上げ、アークを英雄として讃えた。
フレアも「アーク様〜! 超かっこいい〜! もう好きすぎる!」と、もうメロメロ。
俺は、アークとフレアの姿を見て、またしても人生の敗北を味わったのだった。
しかし、俺にとっての衝撃はそれだけでは終わらなかった。
なんと、”プリズム☆エンジェルズ”の一推しルナちゃんが、アークの姿を見て目を輝かせ、
「あ、あの方が、アーク様……! なんてお強いの……私、胸がキュンとしちゃいました♡」
と、明らかに目がハートになって、頬を赤らめていたのだ。
俺の人生すべてといっても過言ではないルナちゃんが、目の前で英雄アークに惚れた姿をみて俺はその場で膝から崩れ落ちた。
(うおーーー! おのれーーー!!)
と八つ当たり気味なアークへの恨みと血の涙を心の中で流しつつ、引きこもりながらも「ネットというダンジョンで冒険しているぜ」などと意味不明なことを言っていた過去の自分も呪う。
く、もう引きこもってなんかいられない!
俺は、フレアとアークを見返すために、ルナちゃんを取り戻すためにも俺も英雄になる!
ん? ルナちゃんは元からお前のものではないって?
それを言っちゃあおしまいよ。ごほん。
こうして改めて、冒険に出ることを決意した俺。たとえ魔法も剣も使えなくても、体力が無くても、俺にはひたすら推しに貢いできた情熱だけはある!
この情熱を胸に、俺は冒険の扉を開こうと立ち上がるのだった!
た、たぶんね……




