Crimson Fang:8
藍香は自分の勘に少しばかり自信があった。
だから迷うことなく突き進んでいく。
「待ってください!望月迅がどこにいるかわかっているんですか!?」
「大丈夫、絶対に見つかるから!」
その言葉通り、迅の居場所を見つけ出すのにそう時間はかからなかった。
誰もが逃げ出してしまった教室で、迅はまた膝を抱え小さくなっていた。
「望月君?」
驚かせないようにと藍香はそっと声をかける。
迅は恐る恐るといった様子で、声の主を確認した。
「先生…。っ…どうなってんだよこれ!あの化け物何なんだよぉ!」
迅は藍香の腕にすがりつく。
彼が人間を襲った人狼のはずなのに、藍香にはそれが信じられなかった。
だってこんなにも脅えきっているのに。
「大丈夫だから。私たちと一緒にここを出る方法を探しましょ」
だから藍香は迅の手にそっと自分の手を重ねてそう言った。
「はッ何が大丈夫なもんかよ。これからが本番ってやつだ」
それをあざ笑うかのような言葉が投げ掛けられた。
いつの間にか日は沈み、龍介からリュウへと入れ替わってしまっている。
最悪のタイミングだと藍香は頭を抱えたくなった。
迅の表情が強ばる。
「あの化け物みたいのが相手なんだろ?あんなのに勝てっこねえし、逃げ切れるわけねえ……何で俺まで巻き込まれなきゃならないんだ…」
得体の知れない化け物と、銃を手に戦っていた龍介。
そんなのは自分に関係のない世界の話だと迅は思っているのだ。
「ギャアギャアわめくんじゃねぇ!元はと言やぁてめえが人間相手に面倒起こすからこうなってんだろうが。いい加減思い出せよ、自分が人狼だってことをな!」
真実は無情にも突きつけられた。
「…は…?何言って…だってあれは夢…だろ?」
焦りを含んで乾いた声は完全に心当たりが無いわけでもない事を示す。
満月の夜、獣に変わる夢。
それは現実の出来事だったのだと言われれば信じ難くもあり、どこか納得してしまっている自分もいる。
「そんなら親父やおふくろもその人狼とかいうやつだってのか?ありえねえよ…」
もしそうであったとしたらずっと人間のふりをしていることになる。
息子である自分にまで隠し通さねばならないものなのだろうか。
隠し通せるものなのだろうか。
「お前以外はただの人間だ。今んとこな」
リュウは少々面倒くさそうに、しかし彼にしては律儀に説明を始める。
「おまえの血筋に人狼がいたのは確かだ。けどそいつは大昔の話で、普通なら獣化するほどの力はねぇ。お前は元々血が濃く出た先祖返りなんだろうが、それでも一生を人間で終える可能性の方が高かったはずだ。何かのきっかけがあって血が呼び起こされたってこったろ。まぁだからって奴が見逃しちゃくれねぇだろうがな」
奴とはジェイドのことだ。
これまでの迅の生活がまるっきり人間であったとしても、今人狼である彼を放っておく理由にはならないのだ。
「そんな…だってあれはあっちが追いかけて来たから…突然あんなのに追いかけられたら 誰だって必死でにげるたろ?そりゃ、あん時の女の人には悪いと思ってるよ。ただ、見つかってどうすりゃいいかわかんなくなって、早く逃げなきゃって…」
迅は堰を切ったように言葉を溢れさせた。
今まで夢の中の出来事だと思っていたことが、言葉にした途端に現実味を帯びる。
「そいつは運が悪かったな」
まるで突き放すようなリュウの物言いだか、それはあながちはずれてはいない。
迅はあの日たまたま出会ってしまったのだ。
そしてたまたま、ほんのわずかな人狼の血を嗅ぎつけられてしまったのだから、それは本当に運としか言いようがない。
「何もしていないのに襲って来るなんて、なんてひ卑劣なの!?」
藍香は憤りを隠しきれなかった。
罪もないはずの人狼の存在自体を否定するのが許せない。
元来曲がったことが嫌いな彼女であるが、自らが魔女の血筋であるが故にことさら反発を覚える。
「ね、リュウ!何とか出来ないの?」
「どういう意味だ?」
「このまま放っておけないでししょ?ちょっとだけ痛い目に合わせてもう同じことを繰り返さないようにするとか。それともレイン先生に勝つのは難しい?」
何とかの意味は意外に過激であったからリュウはともかく迅は唖然としてしまっている。
「俺が奴に勝てねぇかだと?舐めてんのか?」
不快感を露わにしたリュウだったが。
「だが、お前らをここから出すのが先決だな」
リュウが藍香たちの安全を優先するというのだろうか。
彼にとって自分達の命など何でもない物に違いないと考えていた藍香だからこれには驚いた。
「君でも人命を優先するのね」
「てめぇにいられると迷惑なだけだ」
龍介と違って魔女の血の誘惑に己が負ける事はないとリュウは思ってはいたが、やはり関わり合わないにこしたことはない。
そんなリュウの心中など藍香は知らない。
だからリュウのことを見直しかけた自分になんだか腹が立った。
けれど思い切り頬にパンチを食らわせたのだから嫌われても無理はないとは思う。
理由はどうあれ先に手を出してまった自分にはさすがに少しは反省している。
殴り返されなかっただけでも良しとするべきかもしれないと思い、藍香は何も言い返さなかった。
「それで?どうやったら出られるか知ってるの?」
「ここと外を隔てている魔法陣を消しちまえばいい」
「魔法陣?」
「さっき床に書かれてたようなやつだ」
「じゃあ早く消してしまいましょ!それってどこにあるの?」
「さあな」
そう簡単に言われては絶句せざるを得ない。
藍香が黙り込めば重苦しい沈黙があるのみとなった。
リュウですら検討が付いていない魔法陣の場所を闇雲に探すのは危険すぎる。
けれどこんな状況を打開出来る策なんてあるのだろうか。
「そうだわ!アレならいけるかも!」
しはらく難しい顔で悩んだ後、藍香はパッと表情を変えた。
「また勘にでも頼るか?」
リュウは期待もせずに問う。
「違うわ。ダウジングよ」
藍香は腰に手を当てて不適な笑みを浮かべていた。