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Crimson Fang:4

 朝っぱらから重い荷物運びの雑用を言いつけられた藍香は気分まで重く、内心深いため息をついた。

 ここの講師は男性が多い。

 それなのに何故か弱い女性にばかり荷物を運ばせるのか。

 平均的な女性より身長もあるし、か弱くは見えないという理由はこの際気付かないふりをする藍香だったが、先日自習室をほったらかして上司から大目玉をくらったばかりである。

 クビになりたくなければ今は文句を言わず与えられた仕事に専念するしかなさそうだ。

 講師控室と資料室を何往復かしているうちに廊下はだんだんとにぎやかになってくる。

 生徒達が増えてくる時間だ。

 藍香はその中に見知った顔を見つける。

 歩いてくるのを見るだけで昨日との雰囲気の違いは明らかだ。

 

「架牙深…君?」

 

「お久しぶりです」

 

 穏やかな笑みが浮かぶ。

 藍香はリュウではなく龍介に会えたことに素直に嬉しくなった。

 

「良かった、やっと会えた!前に助けてもらったお礼もまだ言えてなかったから」

 

「いえ。あの時は犯人だと疑ってすみませんでした。あの…それ、手伝いましょうか?」

 

 やはり彼はリュウとは違う。

 リュウと話すと売り言葉に買い言葉になるが、龍介にならレインに負けているとか言ったりしない。

 

「人狼を探してるのよね?」

 

 資料室に入った所で、誰にも聞かれてはいないだろうけど藍香は念のため声をひそめる。

 

「見つけてどうするつもり?戦うの?」

 

「相手の出方次第ですが、むやみに傷つけはしません。安心してください」

 

「危険なことにかわりない。なのに君が切り裂きジャックや人狼を追うのは何故?山城って刑事さんに会ったけど君自身は警察官ってわけでもなさそうだし」

 

「仕事ですから。ある筋からの依頼でね。闇に住む生き物と人間との共存のため。秩序を乱す者は止めなければならない」

 

 龍介が浮かべる笑みが自嘲めいたものに変わった事を藍香は気付いただろうか。

 

「危険な相手に不死身の吸血鬼はうってつけでしょう?警察と同じ犯人を追う場合も、警察が依頼者の場合もありますから顔見知りにもなります」

 

 正確には、榊河に来た依頼であり、龍介自身はいわば雇われの身だ。

 しかし榊河の名に関しては藍香に明かすことはできない。

 藍香が次の言葉を選ぶまでに少しの間があった。

 

「誰が人狼なのかはもうわかってるの?」

 

「…これ以上関わらない方がいいと思います」

 

 帰ってきたのはやんわりとした拒絶だった。

 

「危険なことに巻き込みたくありません。後は任せておけばいいんです。あなたは暗闇の世界で生きる必要はないんですから」

 

 人間でいたいなら関わり合ってはいけないのだと彼は言っているのだ。

 相変わらず笑みを浮かべる龍介の瞳の奥にはどこか哀しげで寂しげな色がある。

 前もそうだった。

 この瞳を見てしまったから、気にならずにはいられなくなったのだ。

 リュウのように威圧感はないが、それ以上は何も聞けなくなる。

 龍介がリュウよりももっと遠い存在のように思えて、藍香は立ち去る彼にかける言葉が浮かばなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 授業が終わった教室は束の間の開放感に包まれる。

 

「ラーメン食い行こうぜー」

 

「おー行く行くー」

 

(じん)も行くだろ?」

 

 言い出した男子生徒は何人かに声をかけ、参考書をバッグに詰めていた望月迅(もちづきじん)にも声をかけた。

 

「いや、俺はいいわ」

 

 迅はちょっと申し訳なさそうな笑みを作る。

 

「最近付き合い悪ぃぞ」

 

「ゴメンな。じゃ」


 

 冗談めかした不満に迅はあっさりとそう答え教室を後にした。

 街はすっかり夕闇に沈んでいる。

 とはいえまだまだ人々が眠る時間でもない。

 普通なら友人達と少しくらい息抜きをしたいと思う。

 受験生にだってたまにそういう時間は必要だ。

 けれど誘いを断ったのは体調に違和感を感じていたからだ。

 迅は根っからのスポーツ少年である。

 去年までサッカーをやっていて体力には底なしの自信があった。

 けれど体の奥が熱いのは風邪でも引いて熱があるのだろうか。

 実はこういう感じは初めてじゃない。

 ひと月ほど前だったか。

 予備校に通い始めた頃。

 その時は寝込んでひどい悪夢を見た気がする。

 そこまで悪化しないうちにさっさと帰って休もう。

 迅は胸の奥に沸き上がる不安とは別の何かに必死で気づかない振りをしながら駅へと急いだ。

 駅のホームへとたどり着き、迅は振り返った。

 何かに見られているような気がしたのだ。

 それも何か恐ろしいものに。

 どうにも背筋がゾクゾクする。

 しかし電車を待つ人々の中に同じ予備校の生徒らしき男女が何人かいるのを見つけただけで、他に何もおかしなところはない。

 背筋のゾクゾク感はいよいよ本気で風邪かもしれないとため息をつく迅。

 その後を追ってリュウはさりげなく駅のホームを移動した。

 

「あいつが臭ぇのは確かだが、人間の血の匂いが濃すぎるぜ」

 

 呟いたのは身の内の存在にだ。

 今は何という事はない普通の少年だが、迅が人狼である可能性は非常に高い。

 ただ、それに本人すら気付いていないのが問題だ。

 無意識に人狼と化すのか。

 とはいえ果たしてこんな奴が満月に人狼の血を目覚めさせ人間を襲うことなどできるのかとリュウは思う。

 完全に彼が人狼だと断定できているならともかく、基本的に、彼が人間であるうちは手を出すことは出来ない。

 次の満月、それが運命の分かれ道であると知っているかのように月はその輝きを強めている。

 その事に迅自身は気付く由もなかった。


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