雪うさぎ
今回は本編の七年あまり前のお話です。
キャラバトンにて叶斗は3月3日生まれということが明らかになりましたので、誕生日記念に書いてみました。
では、どうぞ〜
叶斗は誕生日があまり好きじゃない。
否、正確には自分の生まれが今日なのが嫌なのだ。
三月三日。
雛祭り。
彼は今日で九つになったというのに少しもワクワクした気分になれずにいる。
おめでたい気持ちになれないのは少しばかり素直ではない彼の性格的な問題だけではない。
もう三月だというのに雪が降っていた。
「かなちゃん、こっち!」
自分とあまりかわらないくらいの子供の声が呼んでいる。
父の式神だった蒼には現在契約を交わした主がいない。
叶斗は彼を式神にするべく修行中の身で、今もその一貫であると言えた。
そろって人形みたいに可愛らしい二人はここ数日街を走り回っている。
逃げ出した雛人形を捕まえて持ち主に返すために。
この時期になると必ずそういった依頼が少なからずあった。
雛人形も羽を伸ばしたいらしい。
その人形は大切にされてきたからこそ心を得たのだけど、大切にしまわれているのも退屈で、せっかく箱から出られたのだから外の世界を満喫したいと思うのも仕方がないのかもしれない。
けれど雛祭りに雛人形がいないのでは始まらない。
そんなわけで叶斗と蒼はこうして街中を走り回っているのだ。
「あの子で最後のはずだよ。早く持ち主に返して、ケーキ買って帰ってお誕生日会しなきゃね」
「そんなの必要ない。子供あつかいするな!」
と言ってもまだ十分子供だ。
叶斗はぷいっとそっぽを向く。
足元を見ずに走ったものだから雪と泥でぬかるんだ地面に足をとられた。
転びかけた叶斗を慌てて蒼が支えて泥だらけになるのは避けられたが、追っていた人形の姿が消えている。
見失ってしまった。
「ぼくあっち見てくるから、かなちゃん少し休んでていいよ」
「僕は別に――」
疲れてない、と言おうとしたけど実際には少し疲れていた。
でなければ雪で滑ったりするほど注意力散漫になったりはしない。
蒼はニコりと笑み作り塀を軽く乗り越えて姿を消す。
それが兄貴風を吹かせているように見えて叶斗は眉間にシワを刻んだ。
本当は子供扱いされたって仕方がない。
蒼は今は叶斗とさほど変わらぬ年に見えるが、実際はもっとずっと長く生きていて、立派に成人した本当の姿だってある。
それでも反発してしまうのは早く彼の主となり榊河家を率いていかなければという焦りにも似た感情からだった。
とはいえひとまず小休止。
雪はしんしんと積もり続けている。
コートの襟をぎゅっと閉じて、叶斗は白いため息を吐き出した。
一年に一度きりの特別な日なのになぜ他人のために駆けずり回っているんだ。
きっと毎年こうなるんだろうな。
父が生きていた時も三月三日は決まって忙しそうだったっけ。
誕生日会もバースデーケーキも自分には必要ない。
さっきそう言ったのは八割方強がりだ。
気が滅入るから考えないようにしているけど。
今日は女の子の成長を祝うお祭りだから同じくらいの年頃の女の子達は家族で楽しく過ごしているだろう。
自分だって本当なら暖かな部屋でケーキを食べてまた一つ大きくなったことを祝われていたっておかしくないのに。
ちょっと寂しくなった。
誕生日なんて祝っている暇がないのはわかってる。
父がいなくなって、役目を継ぐのは自分なのだから。
早く父のような立派な術者になるんだという使命感が残りの二割。
それで何とかくじけずに済んでいるけど。
やっぱりケーキは食べたいと言えば良かったかも、などと考えていた時だった。
雪をかぶった生け垣の向こうで何かが息を殺している気配がする。
さっきまで逃げ回っていた雛人形だろうか。
その割には邪悪な気配に思える。
叶斗は足音をたてないようにそっと近付くことにした。
とはいえ向こうはこちらに気付いていて、様子をうかがっているようなのだが。
一歩。
また一歩。
生け垣の中の妖は動かない。
更に一歩。
突然妖気が強まった。
同時に生け垣から灰色の生き物が勢い良くが飛び出して来た。
それは人間の頭ほどもあろうかという巨大なネズミ。
動物達の負の念が生んだ魔性の存在だ。
捨てられたペットや虐げられた動物達から生まれたものだから人間を恨んでいる。
人間を恐れてもいるから普段はあまり人を襲わないが、今目の前にいるのは幼い子供ただ一人。
それを幸いとばかりにこちらを威嚇して鋭い歯と爪を向けてきた。
叶斗は素早く九字を切る。
精神を集中させ、調伏のための符を取り出し真言を唱えようとするが妖怪は思った以上に動きが速い。
思わず後ずさって、叶斗はポケットからこぼれ落ちたものがあることに気づいた。
それは父が残した符だった。
お守り代わりに持っていた物だ。
薄い紙でできた符はひらりと白い雪に落ちて、懐かしい父の文字が一瞬力を帯びる。
まだ込められた霊力が残っていたのかと思い見ていたら、そこから雪が盛り上がって何か丸っこい物が生まれ出た。
雪でできたうさぎ。
大人の手の平ほどの大きさのそれは、雪の上を素早い動きで跳ねる。
跳ねた跡から一回り小さなうさぎが何匹か生まれ出た。
うさぎ達はネズミに近付き周りをとり囲むように跳ねて回る。
うっすらと結界が出来たことに叶斗は気付いた。
ネズミの動きが鈍る。
印を結んだ指先をもう片方の手の中の符にかざし霊力を込めて放った。
ネズミはほんの小さなネズミへと分裂して様々な方向へ走り出す。
何匹かは雪うさぎに阻まれたが大半は逃げ出した。
けれどさざ波のように力が広がって飲み込まれた化けネズミ達は抵抗むなしく浄化されてゆく。
やがて放った符だけを残してそこに静けさと真っ白な風景が取り戻された。
叶斗が緊張をといて息を付くとうさぎも跳ねるのをやめる。
足元にあるのはもうただの雪でできたうさぎだった。
しかし父の思いは死してなお自分を護ってくれたのだと、叶斗は嬉しくも切ない気持ちになる。
窮地を救ってくれたその雪うさぎをそっとすくい上げた。
「かなちゃん!大丈夫!?」
ただならぬ気配を感じて慌てて戻ってきた様子の蒼はしっかりと雛人形を小脇に抱えている。
「雪うさぎ?雪が降るとゆきちゃんもよく作ってたっけ」
ゆきちゃんとは叶斗の父倖史のことだ。
そう言われてみれば雪が降った日は雪だるまではなく作るのは決まって雪うさぎだった気がする。
自分が仕事を任せっきりにしてそれを作っていたと思われるのは心外だが、それを訂正するのはこの際どうでもいい。
蒼の少し後から現れた良く見知った二人の人物に叶斗は目を見張る。
「帰ったのではなかったのですか?」
叔父の暁史とその式神伊緒里の突然の出現に叶斗は驚きを隠せなかった。
二人は数年前から関西に居を構えている。
昨年叶斗の父親が亡くなってからは何かと気にかけて、こちらとあちらを行ったり来たり。
急ぎの仕事が入り今頃には関西へと発っているはずであった。
「この雪やさかい、出発を遅らせることにしたんや」
伊緒里の関西弁は静かな雪景色に底抜けに明るく響く。
「じゃあ…今日はこっちに?」
ためらいがちに叶斗は聞いてみた。
「ああ。叶斗の誕生日を祝ってから帰っても遅くはないさ」
暁史が髭を生やした口元に優しい笑みを浮かべる。
「ケーキ買ってあるで。プリンが乗ったやつや!」
叶斗の好物がプリンだということはわかっているのだと伊緒里は得意気だった。
本当は誕生日の事も、好物の事も覚えていてくれたことが嬉しかったのだけど、叶斗はそんなのどちらでも良かったのにとか言ってみる。
ただやっぱり嬉しさを隠しきれていないことは自身では気付かない。
蒼がそれを見てこっそりと面白そうに笑っていたことも。
叶斗は雪の降る日は悪くはないと思った。
舞い落ちる雪は儚くて最初は物寂しく見えたけれど。
何もかもが真っ白に染められて綺麗だ。
冷たいのに暖かいこの雪うさぎも。
もう動かなくなったそれを――いずれは溶けてしまうそれを、叶斗はできればずっと眺めていたいと思ったけれどそっと地面に降ろす。
「かなちゃん!早く帰って誕生日会しよっ」
蒼のそんな言葉に呼ばれたからだ。
「ケーキ全部食べてしまうで?」
伊緒里が意地悪な笑みを浮かべる。
「いま行く!」
今日が毎年雪だったらいいのに。
そしたら三月三日の誕生日も悪くない。
そんな風に思い、けれど自分がこうして走り回っている事で誰かの笑顔が守られているならそれはそれでいいかな、と思う叶斗だった。
本編で蒼の過去編を書いたので、叶斗の過去にもちょびっとだけ触れてみました。
書いてみたら彼らは基本的にあまり変わっていなかったりしました。
たぶん父親がいた頃にはもう少しかわいげのある叶斗だったと思われますがその辺りはまた機会があれば書いてみたいと思います!
読んでいただきありがとうございましたm(_ _)m