夢の中の音楽会
■登場人物
イサナ :宙クジラ。いつもプカプカ浮いている。
アーシャ:イサナの友達。好奇心旺盛。
瞳をキラキラさせて、興奮と驚きで心をいっぱいにした少女は、丘に上がると宙に向かって呼びかけた。
「おーい、イサナ君ー!」
少女の声が聞こえたのか、それまでプカプカと浮かんでいた宙クジラのイサナは大きな体の向きをゆっくりと変え、地上付近まで降りてきた。
「やあ、アーシャ。久しぶりだね。」
穏やかで優しい声で少女を呼ぶ。
「古代図書館へ行っていたのよ。」
「もしかして頼んでいた件で?」
「そうよ。」
アーシャは得意気に笑うと、浮かんでいるイサナに人差し指を突き出して言った。
「イサナ君、あの歌の正体が分かったよ!」
「本当、アーシャ?」
「あれは海クジラの歌だと思うの。それも1000年以上も前のね。」
「そんな事ってある?君は勘違いが多いから、急には信じられないよ。」
「ひどいな!ちゃんと古代のアーカイブで調べたんだから。」
アーシャは頬をプーと膨らませて怒っているアピールをしたが、すぐに本題に戻った。
「音源は破損していたけど、文字の記録は残っていたの。」
アーシャは右手首のリングを操作し、たくさんの文字を空中に浮かび上がらせた。
「どれどれ。」
イサナはそれをフムフムと読んだ。
【海クジラの歌】
コミュニケーションを目的として海クジラが発する一連の音。特定の海クジラが発する、反復的でパターンが予測可能な音で、その発声が歌唱を想起させるものを指すために「歌」とよばれる。
その後もイサナは長々と続く説明文を全て読んでしまった。
「とても興味深い内容だったよ。」
イサナが感想を言うと、待っていたアーシャが喋り出す。
「さあ、君も私に教えてちょうだい。あの歌をどこで知ったの?」
アーシャは少しも待てないという風にイサナを急かした。
「あの歌を聴いたのは夢の中だよ。」
イサナは宙でクルリと回転した。
「夢の中?」
「あの日は大きな海月が1匹だけ漂っていたな。それを見ながら僕は眠りに落ちたんだ。」
イサナは夢の内容をアーシャに語った。
気付くとザワザワと楽し気な雰囲気の場所にイサナはいた。
見た事もないようなたくさんのクジラが集まっている。
「何百、何千、いや何万のクジラが集まっていたんじゃないかな?」
みんな眩しい光に包まれていたので表情は分からなかったが、ワイワイ、キラキラ、ワクワクとしていて楽しそうだった。
「そこは音楽会の会場だったんだ。」
中心にはステージがあって、それを囲むようにクジラたちはプカプカ浮いている。
「後ろになるにつれ、高く浮いていたから、どこからでもステージが見えたよ。」
そして1頭の美しいクジラがステージに現れた。
クジラたちは潮が引くように静かになり、イサナも息を呑んでジッと待っていると、彼女は歌い出した。
「とても美しい歌声だったよ。それに何故だか勇気を貰えた。」
歌い終わるとクジラたちから歓声が上がり、半分以上のクジラが横回転や縦回転をしていた。
彼女は声援に応えて退場すると、今度は5頭のクジラに交代して、テンポの良い、軽やかで、元気な歌が歌われた。
「この歌も僕は好きになったよ。」
その後も別のクジラが入れ替わり立ち代わりステージで歌った。時には観客全員で拍子を合わせて体を揺らしたり、声を上げて盛り上げた。
「とても楽しかったな。」
途中、バラードもあり、聞き入ってしまったとイサナは言った。
「一番印象が強かったのは子守唄だよ。」
子供に聞かせる為の優しくて心地の良い歌だった。もちろん大人が聴いても素敵な歌で、優しい気持ちになれたと言う。
「どの歌も初め聴いたはずなのに、とても懐かしかったな。」
音楽会の最後は、ステージに今まで歌ったクジラたちが集まり、観客も声を合わせて全員で歌ったのだそうだ。
「目が覚めた時、僕はとても感動していたよ。」
イサナが話し終わると、アーシャは一層瞳を輝かせた。
「不思議!とっても不思議!」
まるでイサナと同じ夢を見たみたいに興奮していた。
「夢で聴いた歌が、100光年離れている海クジラの歌だなんて!」
アーシャはまるでイサナと一緒に浮かんでしまうのではないかという勢いでしゃべり続ける。
「時間も距離も超えて、君に歌を教えてくれたのかしら?」
「確かにね。僕はこれまでクジラの歌を知らなかったから。」
「本当に知らなかったの?小さい頃に聞いたとか?」
「僕の事を生まれる前から知っているアーシャのお祖父さんに聞いたけど、この歌を知らなかっただろ?」
「そうね。その夢は遠い星の記憶に繋がったのかしら?それとも生き物としての深い記憶?」
「分からない。でも僕が夢を見たのは本当で、そこで歌を聴いたのも本当だ。」
イサナは目を瞑って、夢を思い返す。
「あれがクジラの記憶なのか、過去や、別の世界に繋がったのかは分からないけど、僕はクジラの歌が聞けて、とても良かったよ。」
「それってクジラの特性なのかしら?」
「さあ、どうだろう?宙クジラはもちろん、クジラも僕しかいないから確認できないね。」
少し寂し気にイサナは答える。
「ごめんなさい、イサナ。そんなつもりじゃなかったの…。」
「気にしないで。僕は1頭しかいないけど、アーシャや村のみんながいる。それに過去や遠く離れた仲間と、不思議な力で繋がっているのかもしれないんだから。」
イサナの言葉でアーシャに笑顔が戻った。
「ねえ、もう一度、あの歌を聴かせて。」
「もちろんだよ。」
「そうだ!私達も音楽会をしない?」
「それは良いね。だったらもっと練習しないと。」
イサナはまた宙でくるりと一回転し、夢の中の音楽会で聴いた歌を歌い出した。
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「ねえ、素敵な夢を見たの。」
1頭のクジラが隣のクジラに話しかけた。
「どんな夢?」
「空中に浮かんでいるクジラがね、人間の前で歌っているの。あれはきっと音楽会ね。」
「人間だって?」
もう1頭が驚いて尋ねる。
「たくさんの人間に囲まれていたけど、とても楽しそうにしていたわ。人間もみんな笑っていて、そのクジラは幸せそうだった。」
「そんな事ってあるのかな?」
聞いていたクジラは信じられないといった表情で、夢の内容を語るクジラを見た。
「いつか人間とも分かり合えるって事だと思うの。」
「君は楽天過ぎるよ。」
「希望は持っていたいじゃない?」
「それはそうだけど…。」
2頭のクジラは話しながら海の底へ消えていった。
おしまい。
締め切りギリギリで、説明不足のままの投稿になってしまいましたが、楽しんで頂けたら幸いです。
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