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【ローファンタジー】 『ありふれた怪異、街の名物』

祭りのお面は

作者: 小雨川蛙

 

 陽光の白さが微かに色づく時間。

 既に出店の設営が終わった老人は椅子に座り込んでうつらうつらと船を漕いでいた。

 祭りの始まりまでもう一時間を切っている。

 老人の開くお面屋の両隣の出店を開いているのはまだ高校になるかならないかの子供で、おそらくはこの日のために親に駆り出されたのだろう。

 きっと、小遣いでも握らされて。

 重みを伴う夏の気配に祭りの音が混じる。

 しかし、まだまだ産声をあげたばかり。

 世界を包む日常を覆すほどの力はない。

 いつの間にやら、白川夜船。

 人の世に静かに漂う。

 静謐なままに。

 夢さえも見ていない。

『にいちゃん』

 それなのにどこかで聞こえる。

『おっちゃん』

 実に奇妙な感覚。

 それが、ふと体の内から消えていく。

「じいちゃん」

 深い眠りから覚める。

 水の中から引き上げられるような開放感と共に。

「じいちゃん」

 再び声が聞こえ、老人は鼻息を大きく立てながら声の方向を向いた。

 すると、そこにはお面を被ったまだ十歳にもならないような子供がぽつんと一人立っていた。

 被ったお面はまだ子供には大きく、頭の先から顎の下まですっぽりと覆っている。

「おう、来たか」

 老人は笑うと立ち上がって大きく伸びをする。

 暑さで汗に濡れた体とより深くなった夏の空気が合わさり溶けた飴を浴びたように重い。

「これ欲しい」

 そう言って、子供はお面を一つ指差していた。

 どこにでもあるビニールで出来たお面で今流行りのアニメのキャラクターの顔。

「あいよ」

 老人はその面を手に取ると子供へ手渡す。

「ありがとう」

 子供は嬉し気に言うと古いお面の紐に手を伸ばす。

 その動作を見ると同時に老人は目を閉じて頭を俯き、子供の顔が僅かにも見えないようにした。

「これ、なんてアニメのキャラクターなんだい」

「さあな。じいちゃんの孫がよくテレビで見ているけど、じいちゃんにはよく分からん」

「そうなんか」

 十数秒。

 老人が目を閉じた間になされた会話。

 それが終わると老人は静かに目を開いて顔を上げた。

 すると、そこには新しいお面を被った子供が今まで被っていたお面を両手で持ってこちらへ差し出していた。

「もういらん」

 去年、同じようにして老人がこの子供に渡したお面。

 たった一年前なのに今じゃほとんどの人が忘れてしまっているアニメのキャラクターのお面。

「あいよ」

 老人は受け取ると無造作にゴミ箱の中に入れた。

 特に思うことは何もない。

 ゴミは捨てるものだから。

「ありがとな」

 そう言って子供はペコリとお辞儀する。

「おう」

 老人は笑って答えると眠気覚ましにタバコに火を点けた。

「じいちゃん、吸えんやろ」

 子供が揶揄う通り、老人はタバコが吸えなかった。

 一息吸いこみ肺に入れればたちまちむせ返り涙が出る。

 だからこそ、目も覚めるのだが。

 ゲホゲホとむせ返る老人を見て子供は呆れた調子で言った。

「言わんこっちゃない」

 返す言葉もない。

「じいちゃん、若い頃にもカッコつけとったもんな。吸えんくせに」

「よう覚えとるな」

 老人の脳裏に蘇る数十年も前の記憶。

 親に言いつけられて祭りの店番をすることになり苛立っていた若い自分。

 苛立ちを主張するため何より自分はもう大人だと言うためにタバコを吸い、今と同じように情けなく咳き込んでいた。

 そして、その光景を今と同じようにこの子に見られたのだ。

「変わんねえな、じいちゃん」

 子供の声に老人は笑う。

「あぁ、歳だけとって中身はそのままだ」

 その言葉に子供はケラケラ笑う。

「けど、俺は好きや。人間のそういうとこ」

「そうか」

 老人は微笑むと数十年、あるいは老人が生まれる以前からの常連である子供へ告げた。

「ぼちぼち祭りが始まる」

「うん」

「今年も楽しんできな」

「うん!」

 言って子供は踵を返し、数歩歩いて振り返る。

「なぁ、じいちゃん」

 老人が無言のまま先を促すと、お面越しでも分かるほど子供はにんまり笑って言った。

「やっぱ祭りはええな。人間と遊べるから」

 言うと同時に走り出す。

 その背を見送りながら、老人の身に再び眠気がやってくる。

 しかし、老人は両方の手で頬を強く叩き無理矢理目を覚ます。

 日常と非日常が交わる祭りはこれからなのだ。

 顔を隠せるお面。

 それを必要としている者達は人々が想像するよりもずっと多いことを老人は知っている。

「うっし」

 老人が大きく伸びをすると同時に遠くで太鼓の音が響き渡った。

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