Round 2 side
「隣、よろしいですか?」
「ん? お前か。良いぞ」
失礼、と一言入れてパッチは椅子に腰を下ろす。
腕を組みながら椅子にふんぞり返る、眼光の鋭い男。纏う雰囲気はパッチとは正反対だが、外見から歳は近そうに見える。
二人の視線は会場の中央、光り輝くリングに注がれていた。
「今上がっているフランケンという男は、お前の管轄だったな」
「はい」
管轄という言葉に若干顔をしかめながらも、パッチは答える。
リングの中で、ベン演じるフランケンは相手の拳を受け止めていた。
「彼は良い。脳に傷を持つ彼を、よくここまで仕上げたな」
「ありがとうございます」
返事をしながら大きく息を吐き、そしてパッチは吸い込んだ。
「その彼の事について、お話があります」
「……以前、話していた事か」
「はい」
男は深く息を吐き、パッチを睨んだ。
「正気か?」
「今日は酒入れてませんよ」
「どんな安酒でも悪酔いする男ではないだろう。お前は」
笑うパッチに、男はフンと鼻を鳴らす。
「冗談で済ませに来たわけではないのだろう?」
「ええ」
「お前は私が、彼がリングに立つことを否定したことを覚えてないのか?」
「勿論、覚えています」
「随分と肝が太いのだな」
「貴方に話を通しておかなければ始まりませんからね。この格闘劇を仕切っているのは貴方なのだから」
激しく繰り広げられる殴り合いを劇と断じられ、男は目を細めた。
全国各地で繰り広げられるToVの、その前座。それら全てを把握、管理し、興行として成立させているのがこの男だ。勿論ToVとの繋がりも強い。
ベンとパッチ、当人にToV出場の意志があったところで、彼に止められてしまえば出場すら危うくなる。
「私は好きなのだがな。たとえ余興であっても、この戦いが」
「そういう事なら俺も嫌いじゃないですよ。ただ、彼はそうではなかった」
「彼というのは」
「勿論、俺の相棒の事ですよ」
パッチの目は、リングの中央に立つ大男に注がれている。
「相棒か。君はその相棒に死んで来いと、そう言えるということだな?」
「戦う事は死ぬ事だと、昨日言いつけておきました」
「目をつぶる事と受け入れる事は違うぞ」
「耳の痛い話ですね」
淡々と答えるパッチに深いため息を零し、男は自分の膝を指で叩いた。
「勝手にしろ。止めはしない。選手登録の解除、一時停止は書類を通せ」
「ありがとうございます。ですがそれとは別に、お願いしたい事が」
「これ以上か? 君達の無謀に目をつぶる以上に、私に求める事があるというのか?」
「はい」
苛立ちというよりは、心底驚いたといった声。しかし、返ってきたパッチの声色は真剣そのものだ。
「彼の頭に爆弾がある以上、このまますんなりとToVに登録できました、とはいかないでしょう」
「だろうな。向こうが幾ら暴力に寛容とはいえ、自殺願望のある奴をリングに上げないだろう」
「ですから、貴方のお墨付きが欲しい。数年間ToVの前座として戦い、優秀な選手として働いたというお墨付きが」
そこで初めて、男は返事の代わりに唸りを返した。
「お前、自分が何を言ってるかわかってるのか?」
「わかっているつもりです」
「お前がやってる事は、俺に自殺幇助をしろと言ってるようなものだぞ。私のお墨付きだと? そうやって送り出した彼がリングで死んだらどうする?」
「リングで死ぬ覚悟があるのは、彼以外の選手も同じはずです」
「表向きはそうだ。だがToVの舞台で未だに死人が出たことはない」
生身から繰り出される技で即死など、そう起こることでは無い。だがベンの場合は話が違う。
「本当に、観客は人の生き死にが見たくて来てると思うか?」
「一部は居てもおかしくなさそうですが」
「大半がそうではない。いくら素手による殺し合いを掲げていても、本当に人が殺される場面など誰も見たくないのだ」
「でも、彼らが見たいのは本気の殴り合いの筈では?」
「それは少し違うかもしれないな」
男は言葉を切り、足を組んだ。
「熱だよ。観客は熱を感じたいのだ。極限まで原始的な殴り合いが、最も熱を持っているだけだ」
「確かに、球遊びや殴り合いの真似事よりかは十分熱くなれるでしょうね」
「だろう? だが死とは冷たいものだ。他の何よりも冷たい。本来、リングの上に持ち込んではいけないものだ」
何より冷たいものを掲げてこそ、他の何よりも熱を持つ矛盾。
リングを冷たく睨みながら、男は吐き捨てるように言った。
「まぁ、その熱も所詮金に変わる事に違いはない。だがそれでも、死を売っても1円にもならないがな」
「俺は金にはガメつい男です。そこに関してはお任せ下さい」
「どうだろうな。ヤツをすぐに仕上げられる訳ではあるまい。準備期間に金は稼げず、寧ろ設備に金がかかるだけだ。懸命な判断とは言えない」
「俺もそう思うのですが、まぁ、金は所詮火を付ければ燃えてしまうモノって事ですよ」
要領を得ないセリフに、男はパッチの方を見る。
「熱に関しては、俺の相棒は誰よりも熱い男です。そう信じています」
「ああ。彼には見ていて、胸を熱くさせる何かがあるよ。だからこそだ。彼が人々を熱くさせればさせるほど、死に対する反応は強くなる」
フランケンの巨体がマットに倒れ、会場が揺れる。それが伝播するように、歓声が一帯を埋め尽くした。
「俺はリングに上がれないまま腐るアイツを見る方が悲しいです」
「それは君の私情だろう」
「会長の私情でもあるんじゃないですか?」
「……かもしれんな」
また男がフンと鼻を鳴らす。
しかしその表情は、あまり不機嫌そうには見えなかった。
「お願いしますよ」
「待て」
そう言い残し立ち去ろうとするパッチを呼び止める声がかかる。
振り向いたパッチに顔を向けることなく、男は続けた。
「まだ座っていろ」
話は終わってないという事だろう。パッチは隣に座る。
引き止めたにもかかわらず、男は口を開かない。長い、長い沈黙。パッチが口を開こうとして、しかしそれは歓声に塗り潰された。
見れば、無人のリングに向かって歩く男が居る。
チャンピオンだ。
「君の相棒はあの男に倒され、格闘家としての道を閉したのだったな」
「閉じちゃあいませんよ。こうしてまた立ち上がったんだから」
「一度は諦めた夢だろう。……失礼した」
男は続ける。
「私は二人を戦わせるのは危険だと考えている」
「それは、どういった理由で」
「君の相棒に復讐心があると思ってる訳ではない。だがチャンピオンは別だ」
「まさか」
「あまり声を大にしては言えないが」
耳打ちするように、男はパッチに顔を近づける。
「チャンピオンは次の大会を機に引退するつもりだ」
パッチは目を大きく見開いた。
「まだ彼は若い筈です」
「曰く、やるべき事はやった、らしい。頂点を取ることが目的で、そこに長く居座るつもりは無いのだろう」
「それはつまり、相棒の為に?」
「さあな。彼の心中は彼にしかわからん」
パッチは口に手を当て、唸った。
「次の大会まで1年を切っている。君達にも時間が必要だ。丁度いいだろう」
「それまでは大人しくしてろ、という事ですね」
「ああ。約束できれば、手助けは惜しまない」
数秒あって、パッチは小さく頷いた。
「わかりました。初めから相棒にはそれぐらい時間をかけるつもりでした。チャンピオン不在で盛り上がる大会に殴り込めるなら、こちらとしても都合がいい話だ」
「何よりだ」
パッチは重たそうに腰を上げる。リングではチャンピオンが、早くも対戦相手を眠らせていた。
「この事は誰にも話すなよ」
「わかっています。勿論、相棒にも」
歓声の中を掻き分けるように、パッチは奥へと消えた。
早速サイドかよみたいな意見は聞きません