夕方のお仕事
意識を取り戻したその日の内に、校長先生と学年主任が見舞いにやって来た。当たり障りのないお見舞いの言葉と労災申請の手続きをしに来た。目的は明らかに後者だった。生徒を守った英雄と言うよりは面倒なことを起こした厄介者。そう言う評価だ。
学校の出勤に関しては8月一杯は休みで良いそうだ。それ以降は体と相談しながらで良いとのことで休みを満喫することにした。
病院の夕食は早い。寝ている間は点滴を受けていたらしい。意識を取り戻した後は普通に食事をしても良い許可が降りていた。配膳が始まる。動ける人間は自分で食事を取り行く。動けない僕はどうするかと言うと。
「先生、お食事持って来ましたよ」
看護師姿ではない普段着の弥生さんがやって来た。ベージュの半袖ブラウズ(ブラウス?)に黒いパンツ。モデルさんと呼ばれてもおかしくない。僕は不覚にも見とれてしまう。
「ありがどう」
彼女のことを直視出来なく空返事をする。
「右手は動きますから自分で食べますよね」
彼女は僕の空返事が気に入らなかったのか、僕の顔を覗きこむ。
「えっと。何か?」
「言え、何か落ちこんでいるようだったので、今後のカンファレンスのために」
そう言うと彼女はプイッと、すねるよう表情をして顔を離した。この表情がいじらしくカワイイ。どこかで見たことがある仕草だった。
病院食を頂くことにする。両手を合わせ合掌する。チラっと弥生さんのことを確認する。椅子に座ったまま動く気配がしない。
「あのー帰られないのですか?」
「誰が食器を下げるのですか?」
「えーと。看護師さん?」
「忙しいんです。食器下げるのぐらいは私がやります」
彼女は怒ったような口調だ。でもこれは、おちょくられている。僕は諦め食事を口にする。
「どうですか?」
「薄いです」
「いえ、味ではなく、問題なく飲み込めるかです」
聞かれている意図が掴めない。
「問題なく食べれますよ」
「それは良かったです。りんごも食べますか?剥きますよ」
何だか釈然としない。彼女がここにいる意味がわからない。僕は一度箸を置く。
「あの、何故ここまでするのですか?仕事の範囲外ですよね」
「え?えーと。違いますよ。先ほど言ったようにカンファレンス、今後の治療計画のためですよ。それで、先生りんご食べます?」
「ああ、食べるよ」
治療目的か。そうだよな。ここにいる彼女の態度は始めからそんな姿勢だった気がする。なんと仕事熱心な。入院している間は彼女の仕事に付き合いますか。
再び箸を動かす。彼女は楽しそうにりんごの皮を剥いていた。
「ご馳走さまでした」
剥いて貰ったりんごをいただき最後にお茶を飲む。
「お粗末様でした。トイレは大丈夫ですか?」
「けっ結構です」
目を覚まして直ぐのことを思いだす。いい思い出です。
「そうですか。トイレしたくなったらナースコールして下さいね。夜勤の看護師が対応しますから」
悩みが出来た。ここでしてもらうか?夜勤の看護師さんに頼むか?その決断がつかず、ついつい夜勤の対応者のことを聞いてしまった。
「夜勤の僕の担当の方はどんな人なの?」
「今日の担当は花ちゃんね。花ちゃんか。先生、出るなら今した方がいいですよ」
「なんで?」
「花ちゃんとってもカワイイんですよ。患者さんのアイドルなんで」
弥生から話を聞く。今夜の僕の担当は三浦花さん。イケイケギャルのようだ。また若い看護師にお世話になると思うと情けなくなる。ここは観念しよう。僕は力を振り絞る。
「弥生さん。その小さい方、出たいです」
「わかりました」
彼女はテキパキと作業を進める。 僕は気持ちよく放出する。
「ちなみに大きい方がでたい時は?」
「先生のパンツ実は紙オムツなのでそのまましてください」
衝撃事実が返ってきた。何果物食べてるんだ!便秘になれ!
「ついでなんで体も拭きますね」
なんですとー!し尿瓶を抜いた彼女はいつの間にか作ってあった蒸しタオルで僕の下半身を拭き始めた。あ―――落ち着け息子。理性を総動員した結果。息子の押さえつけに成功した。彼女はタオルをチェンジし上半身を拭き初めていた。
「ではコレを下げて私は帰ります。お休みなさい」
全てをやり終えた彼女は食器を持ち部屋を出た。僕は非常に疲れた。緊張があったのかも知れない。でもイヤとかそう言うことではない。彼女との雰囲気は悪くはない。
就寝時間となり見廻りの看護師がやって来た。
「担当の三浦です。宜しくお願いします」
「斉藤です」
僕は軽く会釈をする。弥生さん情報通り彼女は金髪ギャルだった。
「斉藤さんって、立花先輩の彼氏なんですよね?」
「そうですよ」
体制的にはそう言う話になっている。
「今から乗り換えません?なんなら今夜サービスしますよ。」
「サービスって」
思わず声に出てしまう。
「もちろん。下の世話や体を拭いたあとのリップサービス」
妖艶なセリフが飛んで来た。思わず身構える。
「リップサービス以外は全て、立花さんにして貰いました。今日はもう寝るだけです」
僕の言葉に彼女はあっけらかんとなった。それでも彼女は話を止めなかった。
「あは、先輩必死なんだね。いつもは定時になれば超ソッーコーで帰っていたのに。マジ恋?では失礼します」
いえ、偽装工作ですから。恋など決してない。三浦さんは仕事へ戻って行った。