退院
月日が過ぎるのは意外と早く、病院を退院する日になった。短い期間だったが、とても充実していたと思う。リハビリも順調で体もだいぶ回復している。まだ左手は固定され足もギプスをしたままだ。松葉杖でなければ歩けない。
これからは通院リハビリをして行く予定だ。
「退院おめでとうございます」
病院の前で花束を貰う。贈呈者は弥生さんだ。でも彼女は私服。僕と共にタクシーに乗り込む。僕の退院に合わせ休みをとってくれたのだ。
二人で僕の部屋に行くことになっている。当初は母が退院の手伝いだったのだが、『都合がつかないから勝手に退院して』と連絡を受けた。すると弥生さんの方からお手伝いしますと話があり、僕はそれを有りがたく受けとった。
タクシーの中で他愛ない会話を交わす。
「ありがとう。弥生」
「いえ、先生の部屋に行って見たかったですから」
「それはまずいな。部屋が汚い」
「それは無いですね」
「男の独り暮らし部屋だぞ」
「大丈夫です。先生のこと知ってますから」
「イヤ、イヤ、まだ、たった二週間程度しか付き合ってないか」
タクシーが止まり、僕の家の前に到着する。車から出る際に弥生さんが僕のことを助けようとするが断る。1人で生活をしていくためには自力で出来ないといけない。
二人で僕の家の前に立った。
「先生、ここですか?」
「ああ。ココ」
「えーーー!」
弥生さんが叫び空を見上げる。彼女が叫び声を上げる理由。僕の家。この商業施設も入る30階建て高層マンションを指差したせいだ。
「ち、賃貸ですよね?」
「いや、買った。」
「ウソ。まさか最上階?」
「そこまでお金持ちじゃないです。4階の小さな部屋です。友人に薦められつい」
「『つい』で買うレベルじゃ無いんですけど」
「まあ、まあ、そこは気にせず。それに30年ローンですから」
住居者専用のエントランスに入る。
「斉藤様。お帰りなさいませ。今日退院でしたか。こちらの女性は?」
直ぐに管理人に声をかけられる。白髪のおじいさん。黒いメガネに白いスーツをピシッと纏っている。フライドチキンが食べたくなりそうだ。
「鳥山さん。ただいま戻りました。彼女は今付き合っている女性で立花弥生さん」
「立花弥生です」
弥生さんが鳥山さんに頭を下げる。
「鳥山です。お美しい女性ですね。末永くお付き合いしたいですね」
鳥山さんはチラッと僕の方を見る。プレッシャーをかけてくる。『逃がすなよ』と言いたそうだ。
「ええ。よろしくお願いします」
弥生さんは再度、鳥山さんに頭を下げた。プチパニックのようだ、
「鳥山さん。彼女困っているから解放して」
「これは、失礼しました。ではごゆるりと」
鳥山さんの案内でエレベーターに乗る。ドアが閉まるまで彼は頭を下げ続けていた。弥生さんがふうっとため息をつく。
「驚いた?」
「びっくりし過ぎで頭がついて行きません」
「悪い人じゃないよ」
「いえ、鳥山さんだけでなく全部に驚いているんですが」
エレベーターが僕の部屋のフロアに止まった。僕の部屋エレベーター入り口、直ぐ側にある建物のど真ん中の部屋だ。あまり人気が無く、このマンションでの最安値だった。
「ここです」
僕はカードキーを差し部屋のドアを開けた。二週間ぶりの我が家だ。電気を付け、換気するためベランダへ向かう。カーテンを開きガラス戸を開ける。ビル風が吹きこんで来た。
弥生さんはリビング入り口で立ち止まっている。男の独り暮らしの部屋を物珍しそうに観察している。想像以上に汚なかったかな?
「どうぞソファーで寛いで下さい。今掃除しますから」
「いえ、大丈夫です。それより荷物は何処におきます?」
「荷物か。後で片付けるので、その辺でいいですよ」
「えーと。何処の掃除ですか?手伝います。見た感じ想像通りでキレイなんですけど」
彼女の感想はキレイだった。そりゃリビングの床は毎日ル○バ君がやっているから。ヤバいのはキッチン。僕は夜まとめて洗う派。あとはリビングのテーブル。資料だらけだ。風呂も怪しい。二週間も湯が入りぱなしだ。弥生さんに手伝ってもらえること?
「そうですね、テーブルの上の資料関係を本棚脇に移動してくれますか?そのままではお茶も飲めませんから」
「はい。あそこに移動ですね」
弥生さんはテーブルを片付け始める。僕はキッチンに向かい湯を沸かす。待ち時間に二週間前の食器を洗い残飯を処理する。
「あ」
リビングで弥生さんの声が聞こえた。何かあったかな?気にせずコーヒーを入れてからリビングに戻る。
「コーヒーを入れました。どうぞーー!」
テーブルの上に置かれているものに思考が止まる。そこにはレンタルしてきたアダルトDVDが転がっていた。慌てて隠す。
「すいません。その、資料の中に紛れてあった物ですから。その着物好きなんですか?」
言えない。お見合いの時、目の前の人がキレイだったから借りて見たなんて。結婚欲と性欲は別でオカズにしてました。
そのまま資料と共に移動して知らん顔してくれればいいのに。
「わりと」
必死に言い訳を考えたが言葉が出なかった。
「その、いいですよ。次、来たとき着てきます。その時の参考にしたいんで一緒に見ませんか?」
彼女はこちらに顔を向けない。ひたすら下を向いている。勇気を振り絞り声を出していた。
「止めときましょう。我慢出来なくなるから」
「先生、私が我慢出来ないんです」
あー。もー。ダメ。こんなカワイイお願いされたら。僕は欲望のまま突っ走る。




