進路変更
痛みが落ち着き入院生活に慣れて来た頃、ひょっこり川田が見舞いにやって来た。まだ夏休みには入っておらず妙なタイミングの訪問だった。今日の彼女は何故か元気がない。
「おう。見舞いありがとうな。今日はどうした?」
「先生が元気か。気になって来ました」
「僕は元気だよ。怪我はまだ、治ってないけど。川田。君の方が元気ないな」
まさかの告白とかないよな。でも大丈夫。ちゃんとシミュレーションしてある。これで川田が不幸になるのとはあるまい。
「先生。実は相談がありまして」
「なんだ?」
「あの、進路についてですが」
「進路?川田ならどっちでも問題ないだろ?」
進路の話か。3年の夏休み前だ。ここが勝負の時。川田は幸い優秀で、一流の国立でも私立でも楽勝で受かる学力を備えている。本命をどちらにするか悩んでるのか?どっちもいい大学だ。授業料にしても川田はお嬢様だ。全然問題ない。
「いえ、違う進路を考えてまして」
「お?何処だ」
彼女の成績だ。どんな大学でも問題あるまい。まさか、ここに来ての就職はないだろう。
彼女は話づらそうに首を項垂れる。
「獣医学部」
「そっか。いいんじゃないか」
ずっと下を向いて話していた彼女。顔に驚きが見られた。
「行ってもいいんですか?」
「はぁ?川田の進路だろ。いけるなら好きとこ行け」
「行っていいんだ」
何故か彼女はここでポロポロ涙が滴る。
「泣くな」
「先生が悪いです。誰に言っても聞いてもらえなかったのに。先生が悪い」
しょうがない。彼女を僕の側へ引き寄せ背中をトントンと軽く叩く。赤子を泣き止ませるようにヨシヨシと頭を撫でる。
「せ、先生」
「なんだ?」
「なんでもないです」
僕は川田が泣き止むのを待つ。泣く理由が、『聞いてもらえなかった』か。両親に反対されているってことか?
「なあ、河田。お父さんやお母さんが反対しているのか?」
彼女は僕から離れてから首を振った。
「反対されている訳ではないのか?」
「反対というか。話を聞いてもらえないんです」
「どんな感じだ?」
「話すと、『そう』で終わってしまって」
「河田、それは反対されているってことだ」
「やっぱり、そうですよね」
「河田、今、家に誰かいるか?」
「母はいると思いますげど」
「連絡取れるか?」
「え。え。まあ」
川田にお母さんと連絡をとってもらうことにした。
「担任の斉藤です。葵さんの進路についてご相談がありまして」
「先生?でもこれ葵のスマホですよね」
「彼女が相談に来たので連絡してもらっています」
彼女の母との会話。こういう時は先生の力は絶大なのだ。
「先生、ありがとうございます。娘が帰ってきましたらしっかり話しを聞きたいと思います」
川田の母との会話が終わり彼女にスマホを返す。
「良かったな。聞いてくれるって」
「先生ありがとうございます。大好きです」
川田は喜び、僕を持ち上げようとする。残念。まだ終わらりではないのだ。
「川田、志望動機は?」
「志望動機?動物を助けたいではダメですか?」
「ダメです。進路変更にあたり、皆が納得出来る理由がないと。大人はそう簡単には説得されません」
「うー先生。やっぱり嫌い」
河田は来た時の顔と違い、冗談を言う余裕の表情が出ていた。
「ごほん。すいませんがここは病室です。お静かに願います。電話なんて論外です。何でしたら談話室に移動しますか?」
様子を伺いに来た看護師の三浦さんに注意を受ける。少し騒ぎ過ぎたらしい。ここは大人しく、談話室へ移動しよう。
「すいません談話室へ移動します」
「「手伝います」」
川田と三浦さんの声が被る。有難いがこれもリハビリだ。
「自力で移動します」
「先生無理しなくても手伝うのに」
「これは僕のリハビリ。気にしなくても良いぞ」
ゆっくり、確実に談話室へ移動する。川田はどうしていいか解らす、見守りながらついて来る。三浦さんはすでにナースステーションに戻っていた。
談話室は机と椅子が揃っており、ちょっとした休憩が出来るようになっている小部屋だった。僕は川田と向かい合い座った。
「先生、暑いです」
うぉ!デジャブ。そのセリフ夢て聞いた。彼女はスカーフを外す。行動まで一緒かよ。
「エアコンつけよう。リモコン何処だ」
一度席についたが立ちあり、二人でリモコンを探す。
「あった。あった。あ」
リモコンは高い場所に置かれており、僕は手を伸ばし取った。取った瞬間バランスを崩してしまう。その先には川田がおり、彼女に抱きついた。
「キャッ」
「すまん。今離れるからな」
「え、ええ」
ゆっくりと慎重に彼女から離れて、何事もなかったようにエアコンのスイッチを入れる。
「さあ。志望動機、作るぞ」
「そ、それだけ!」
「なにがだ?」
「うー。先生が悪い先生が悪い」
川田の言葉は聞かなかったことにする。妄想と違って結構嫌われてるかな?
ここより親対策の志望動機を作成、面接を実施する。川田なら受ければ受かる可能性のほうが高い。ただ4年大学と6年大学だ。イメージ先行では話しにならない。しかも親元から離れて暮らすのもほぼ確定だろう。その辺を全て覚悟した上で親のサポートもしっかり必要なのだ。
「先生ありがとうございました」
「しっかり両親を説得してくるんだぞー」
川田は意気揚々と帰っていった。あれぐらいプレゼンの練習すればご両親も納得してくれるだろう。
川田と入れ替わりで三浦さんが談話室へ入って来た。
「お疲れ様です。一人で戻られますか?」
「もちろんです」
僕は部屋に戻ろうと立ち上がった。
「斉藤さん。無意識ですか?狙ってですか?」
「何の話しですか?」
「あの生徒さんの対応です」
「普通だと思いますけど」
「はぁ。無意識天然係ですか。もう彼女、恋しちゃているじゃないですか。どうするつもりですか?」
「いや、彼女が僕に恋するなんて無いです」
「先生も先輩と一緒で自己評価低いんですね」
呆れられるようなモノの言い方をされてしまった。僕のことはどうでも良いけど、先輩って弥生さんだよな?彼女自身も自己評価低いのか?そうは見えないけど。
「僕がモテてたらとっくに結婚してますから」
「ふむ。現在、女子高生物色中?」
「何を言ってますか」
「冗談です。さ、病室に戻りますよ」
三浦さんに見守れながら自力で病室まで戻る。彼女からのからかいはひとまず聞き流し、川田の進路について考えていた。
川田が両親のことを説得出来るといいな。ダメな時も何らかの方向性を見つけてやらなければ。そんなことを思っていた。




