言の葉
女心と秋の空
昨日、講義で聞いた言葉だ。
女心とは秋の空のように移ろいやすいものだという、先人のありがたい言葉だとか。
言い得て妙ではあるが、そこまで移ろいやすいものだろうか。人は人なわけだし、心というよくわからないものだとしても、そう簡単にわかりやすく変わったりはしないだろうと、私はそう考える。
だが如何せん、恋愛をしたことがない私にはよくわからないのも事実だ。
「暇ね」
屋上の縁の手すりにもたれかかりながら、ぼんやりと物思いに耽っていたらふと口から溢れ出た。
「暇だわ」
返事、と言うにはあまりにも無機質すぎる言葉が聞こえた。声の方から立ち上る煙の臭いが鼻をつく。
「あたしの真似?」
ふと問いかけると
「違うわよ、馬鹿ね」
言葉の主はそう返した。咥えていた煙草を携帯灰皿に入れつつ立ち上がり、手すりに背を預ける。
なんとなく一緒にいることが多い彼女。ゼミで知り合ってからなんとなく離れ難い。
昼の講義が無くなり、屋上で暇を潰していたところを見つけたわけだが、一人が二人になったところで暇なことに変わりはない。
「もののついでだしちょっと遊ばない?」
「嫌だと言ったら?」
「暇なんでしょ?」
「……わかった、付き合ってあげる」
彼女は少し考え込んでそう答えた。
無感情気味とは思うがなんだかんだ付き合いは良い
「じゃあ愛してるゲームしましょ」
「あなた馬鹿?」
だが愛想は無い。
「交互に愛してるって言って先に照れた方が負け」
「そういう趣味なの?」
また愛想の無い言葉が返って来た。愛想が無く皮肉屋、この性分のせいか彼女の評判は良くない。だがそれなりの付き合いをすると、愛想は無いが悪い人間ではないとわかった。
「違うわ。よく知らないけど流行ってるの」
彼女の疑問を否定した上でそう答える。もとは男女間の仲を深めるためにやる遊び、当然の疑問だ。
「あなたみたいなのが広めてるからじゃない?」
前言を撤回する。
これがなければそれなりに友人も出来るのだろうが、少なくとも私以外の人間と関わってる所を見たことがない。
「じゃあ私から、……愛してる」
少し腹を立てながらではあるがその言葉を口にした。彼女は無言で私を見ていた。しばしの静寂、するとおもむろに煙草を取り出すと火をつけ、ふかし始める。
「終わりかしら?」
煙を吐きながらこっちを見つめてきた。
「終わり」
何とも思ってないとは言え、ここまで無反応だと妙に来るものがある。感情が希薄なのはわかってはいたがここまで表に出ないものなのか。彼女はこちらをよそに煙草を深く吸った。煙を一息に吐き出すと
「……愛してる」
こちらを見やり、微笑みながら唐突にそう呟いた。
その声は今までの無感情さが嘘みたいな、慈しむように、思いやるように、心の底から出た言葉に聞こえた。
「っ⁉︎」
その言葉で自分の頬に熱が伝わるのを感じる、その瞬間から彼女の顔を見るのが酷く恥ずかしくなった。耐えきれずに目を逸らし、手すりにうつ伏せになりながら手で頭を覆ってしまう。
「私の勝ちね」
これは私の負けだ、誰が見ても私の負けだ。
でも、それはずるいだろう。心の中で何度も地団駄を踏む。今まで見たことのないその微笑みが頭の奥に貼り付いて離れない。
日に照らされた肌とそよ風にたなびく髪、吐息に混ざる煙草の香りすら愛おしく、忘れ難く感じてくる。
「そういう趣味じゃなかったんじゃないかしら?」
気恥ずかしさで顔を見れない自分に呆れているのか、からかっているのか、よくわからない調子で言ってきた。
「違うわよ、ばーか」
精一杯の嫌味を込めて返事をする。彼女にいいようにあしらわれてると思うと段々と腹が立ってきた。それ以上にそれを心地良いと思いかけてる自分にも腹が立っている。
「……私の負けね」
悔しさと苛立ちだろうか、綯交ぜになりながら口をついた。
「仕掛けてきた割にあっけないのね、楽しくなりそうだったのに」
煙草の火を消しながら手すりにもたれかかる。彼女は、あれだけのことをしながらおくびにも出さない、演技が上手いのかそれとも
「あんたそういう趣味なの?」
一瞬の間、すると新しく煙草を吸い始めた。
「馬鹿なこと聞かないで」
どこか苛立ちを覚えたのだろうか、珍しく強い語気でそう答えた。
「なら良かった、ほんとに愛されてたら私困るから」
笑いながら取ってつけたようにそう返した。特に深い意味は無いものの何かを間違えたような気もした。
彼女は煙草をふかしながらこっちを見つめると
「ばーーか」
子供の悪口のように単純な言葉が飛び出てきた。
「ほんと馬鹿」
「何か言った?」
二言目は聞き逃した。そのことを尋ねるとまたこっちをじっと見つめてくる。小さく溜息を吐くとどこか物憂げに
「……あなた鈍いって言われない?」
「あんたには言われたくないわね」
煙草を深く吸い、大きな溜息と一緒に煙を吐き出すと
「やっぱり鈍いわね」
また一言。
その言葉はかすかに寂しげで、だけどとても愛おしくも聞こえた。そう思えたのは何故だったんだろうか。
今日の彼女はどこからしくない。女心と秋の空、そんな言葉が彼女の声と一緒に頭の片隅にへばりついて離れなかった。
それは、彼女のらしくなさからだろうか。多分、そうだと思う。
どこか無理矢理に納得させた。
そうさせた自分も、らしくないのはわかっていた。
でもこのらしくなさが女心なのだろうか。だとしたら女心と秋の空、そう例えた先人の心がなんとなくわかった気がした。