8.初めてのパーティ行動 前
「おお、精が出るな!」
掛けられた声に顔を上げて、マイは「バリー教官」と呟いた。初めてバリーに声を掛けられてから、マイは比較的よくこの場に足を運んでいる。そのため、バリーとは友人のような関係になっていた。
訓練場にて、隅っこのスペースを借りて弓の弦を引き絞っていた手を下ろしたマイに、バリーは「んん?」と悩ましげな声を上げる。
「君は双剣を使うことにしたのではなかったのか? まあ、弓も問題なく使えるだろうが……」
「ああ、実はわたしパーティを組むことになって」
「なんと! それはいいことだ!! それでパーティバランスを考えて弓へ転向ということか!」
「まあ、そんなところだ」
「差し支えなければ、誰とパーティを組んだのか教えてもらえるか?」
聞かれたそれに、マイは「ああ」と頷いた。
「ロクという女の子と、ノアールという男と……」
「ふむ、ほう! ノアール君は知っているぞ! モンスターの観測隊をやっていた子だろう!」
「そんなこと言っていたな。後は、アルガという女性だ」
それまで笑顔で頷きながら名前を聞いていたバリーだったが、何故かアルガの名前にピシリと凍りついたように動きを止める。
「アルガ……」
「? ああ。アルガ」
「それは、そのー……こう、キツめな、髪が短髪の、赤いルージュをしている……?」
「そうだ、まさにそんな感じの。アルガと知り合いか?」
そんなマイの問いかけに、バリーは「ううむ」と悩ましい声を上げた。
「知り合い……ではあるが、そうだな、あんな高さの崖から落ちて生きていること自体運がいいのだが、君はある意味本当に運がいいのかもしれん」
運がいいと言いつつ、苦悶の表情を浮かべるバリーに当然マイは首を傾げる。
「どういうことだ?」
「うむ……一言で言えば、あの人とパーティを組めば、ハンターとしては間違いがないということだ」
「間違いがない……?」
「恐ろしい早さで、勝手に強くなるぞ」
「…………え?」
「だが同時に、彼女を怒らせるようなことはしてはいけない。それはそれは恐ろしい――……」
「あら、一体誰の話をしているのかしらね?」
ゆったりとした、けれど通る声で声を掛けられたバリーは慌ててそれに振り返った。そこには悠然としたアルガが威風堂々立っていて、バリーに目を向けられたことにアルガは、二人に歩み寄る。
「こんにちわ、バリー。相変わらずね」
「や、やあアルガ! 君がこんなところに足を運ぶとはどうしたんだ?」
「あら、わざわざ“こんなところ”なんて卑下して言わなくてもいいんじゃない? なあに? それとも私“なんか”にここに足を運んでほしくなかったのかしら?」
「ま、まさか! ハンターであればどんな人物だってここは大歓迎だぞ!!」
大げさに「はっはっはっ!」と豪快に笑うバリーは、明らかに青褪めていたため、マイは横目でそんなバリーの様子を見つつ「何かあったのかな……」とぼんやり思った。すると、アルガにすいっと視線を向けられ、次いでにこりと笑いかけられる。
「こんにちは、マイちゃん。家の方訪ねたのだけれど、居なかったからラピスちゃんに聞いたらここだって言われたから」
「そうだったのか? わざわざすまないな、何か用だったか?」
「ええ。ほら、明日から三日溶岩地帯へパーティで初めて行くわけだけど、持ってきた方が良いもののリスト作ったから、それを渡しに。お節介かもしれないけど」
「いや、助かるよ。ありがとう」
言って、アルガから一枚の紙を渡され、それにマイが目を通していればアルガは「じゃあ」と踵を返した。
「明日、集合時間に遅れないように。練習もほどほどにするのよ? それからバリー、必要以上に余計なこと言うんじゃないわよ?」
「お、おお、勿論だ……!」
颯爽と現れ、颯爽と去って行ったアルガを視線で送り、その姿が見えなくなってからチラリとバリーに視線を向けてみれば、バリーは青褪めたまま「はあ~……っ」と息を吐く。
「…………アルガとは知り合いなんだな。何かあったのか?」
「いや、彼女はその昔――……うむ、余計なことに当たるかもしれんから止めておこう……」
「そ、そうか」
「ただ一つ言えるなら、私は彼女に扱かれる以上の地獄を見たことがないということだな!」
「地獄……」
「お陰さまでこの通り、強くはなったがな!」
*
「――あら、バリーったらそんなこと言ってたの」
集合時間に遅れることなくマイがギルドに足を運べば、ロクとアルガはすでに居て、ノアールは遅れてやって来た結果アルガにちくちくとお叱りを受けていた。そうしてクエスト受注カウンターで、行くべきクエストを受けて、四人で向かうは溶岩地帯。
村からは歩いて二時間ほどの場所であり、マイがいつも向かっていた氷雪地帯とは間反対に位置しているそこは、当然であるが全く違う空気の場所だった。溶岩地帯での、先人ハンターが発見してくれたモンスターが入ってこないとされている安全圏のキャンプ地で一行はひとまず休んでから、地図を手にしたアルガにて指示が下った。
それぞれの地帯というものは、ギルドによってまた細かく区域分けされていて、大体一から十五の区域に分けて地図に示されている。溶岩地帯に生息するモンスター、と一口に言っても当然地帯と言うくらいなのだから、かなり広い。そのため、迷子になってしまうハンターは少なくないのだ。
四人パーティであれば、大体が討伐対象となっているモンスターに出会えるまでは別々に行動するのだが、無線をそれぞれ持っているものの、「モンスターを見つけた」と連絡したとして、「どこ?」と言われて「東の方」と返ってきたとする。信じて東の方に向かっても、地上には高低差があるため、東の崖の上だったりし、真っ直ぐ向かってもたどり着けないこともあったりするのだ。結果、ギルドはパーティで狩りをするハンターたちが円滑に狩りを行えるように、区域分けをした地図をハンターに給付していた。
キャンプ地にて、アルガからされた指示は二つのこと。「ノアールとロクの二人で、討伐対象である炎属性獣竜種モンスターを討伐すること。事前の調べで第八区域付近をねぐらとしてるらしいから、東回りで向かいなさい」「マイちゃんはわたしと西回りで、鉱石やその他採取ポイントを教えるから」という、アルガの指示に「はーいっ!」と元気よく返事をした二人と別れて約一時間程経っていた。
この広い地帯の地図が全て頭に入っているのか、アルガは地図も見ずにマイに「第三区域の採取ポイントはここと、あっち」という風に淡々と教えてくれている。それを自分の地図に書き込みながら、こちらはモンスターと交戦してはいないため穏やかに会話しながらそれらを行っている中で、昨日の話が出たため、マイはバリーに悪く思いつつ話したのだった。
持っているピッケルでカンっ!と鉱石が見えている壁を叩きながら、マイは苦笑する。
「まあ……地獄って言ってたが、アルガは一体何をしたんだ?」
「何って言われても……ごくごく普通の扱きをしたまでよ? そんなこと聞いてくるなんて、マイちゃんもしかして自分も、って思ってるのかしら」
「あ、あはは……っ」
問われたことに、マイの頭の中で不意にバリーの青褪めていた顔が浮かんだ。
「まあ、ちょっとは……?」
「ふうん、素直でよろしい。ま、でもバリーはあれよ、あいつ弱かったもの。それで強くなりたいっていうから、相応に扱いたってだけね」
「はあ……」
「それにマイちゃんは――……」
言いながら、アルガに上から下へと身体に視線を走らされ、マイが首を傾げていればアルガはにこりと笑う。
「そんな必要、なさそうだもの」
「……? それはどういう……」
「そんなことより早く手を動かしなさい。次は第五区域のポイント教えるから」
「あ、ああ」
急かされ、掘った鉱石を荷物袋に詰めながら、マイはふと思った。
「……そういえば、あの二人なんだが」
「ノアールと、ロクちゃんのこと?」
名前を言われて、それぞれの姿を思い浮かべてマイは頷く。背は高かったけれど、かなりヘタレそうなノアールと、背が低く、とてもハンターをやっているとは思えない可愛らしいロク。
「アルガの指示に従ってしまったが……本当に二人だけで大丈夫なのか?」
「何が?」
「その、村長が言っていたのを思い出して。ギルドから受けるクエストは、わたしが思っているよりも難易度が高いって。四人で狩ることを前提にされてる内容だと」
「そうねえ」
だからあの二人だけで心配だ、と続けようとしたマイの言葉よりも先に、アルガからやんわりとした返事が返ってきたことにマイは言葉を止める。何故なら、アルガの返事が自分の続ける言葉が無用だと言ってきているようだったから。
「マイちゃんは心配? あの二人のことが」
「それは……まあ……」
ノアールと、ロク。まだ出会ったばかりであるため、当然二人のことをよく知らない。太刀使いのノアールと、ハンマー使いのロク。ハンターとしてのことで、知っているのはそれだけだ。
けれど、例えばこの組み合わせがアルガとロクだったり、アルガとノアールであれば、マイはこんな心配しなかったろうとも思う。理由は簡単で、狩りをしている姿を、モンスターと戦う姿を見ていないけれど、それくらいにアルガが強者だというのが分かるからだ。
ただ、組み合わせがそのどちらかだったとして、ノアールとロクに、今教えてもらっているアルガ程のガイドができるとも思えないのだけれど。そして、それはその通りであるから、アルガがこうして自分にガイドをしているのだろうとも思う。
「ねえマイちゃん、私ってお人好しに見えるかしら」
その質問の意図がどこにあるのか分からなかったが、ひとまず考えて「ううん……」とマイは悩ましい声を上げた。
お人好しかどうか、まだ付き合いも浅いため正しくは分からないが、少なくとも思うことはある。
「……八方美人では、ないとは思う」
マイの口から出たそんな答えに、アルガは「本当に素直ねえ」と笑った。
「そう。私はね、お荷物抱えてハンターやるつもりはないの。そのお荷物をキャリーすることを趣味とはしてるけど、そのまま持って歩くほどのお人好しじゃないわ」
「……そうか」
「その私がパーティをわざわざ固定で組んでるような彼らよ? 心配なんて――するだけ無駄よ。無駄どころか……」
そう話している途中でだった。何かを嗅ぎ取ったアルガはそれにピクリと反応を示し、「あら……」と声を漏らす。
「――早いわね。もう見つけちゃったのかしら」
呟いたアルガの言葉に、マイが首を傾げればそれはマイの鼻にも届いた。討伐対象であるモンスターを発見した時、見失わないようモンスターの身体へと付着させる、ペイントの臭気。それを感じ取ってすぐ、無線機から音がした。
『――アルガちゃん! 見つけた! 言った通り第八区域!』
「そう。了解。じゃあノアールとロクちゃんはそのまま交戦して頂戴。こっちは採取しながらゆっくりそっちに向かうから」
『はーいっ!』
二人からの元気のいい返事が聞こえると、アルガはややあってマイに目を向ける。
「さて、じゃ、もっと急ぎましょうか」
「え?」
にこりと笑って言われた「急ぐ」という言葉に、マイが思わず疑問の声を漏らしてしまったのは、今ノアールとロクが対峙しているであろうモンスターにあった。事前にバリーから聞いておいたそのモンスターの情報の中に、普通かかるであろう討伐時間の平均があり、マイが聞いたそれは約五時間から二時間というもの。
そしてそれは、勿論四人で討伐した時に、の話であるはずであり、だとしたらバリーの言っていた最低二時間はかかると予想できた。なのに、急ぐと言ったアルガが分からずマイが首を傾げていれば、アルガは同じく首を傾げる。
「マイちゃん? 何? ほら、急がないと」
「え? でも、別にそんなに急がなくとも――……」
「ダメに決まってるじゃない。あの二人、手加減っていうもの知らないんだから」
「手加減?」
「そーよ? 基本ギルドからは討伐対象を討伐したらすぐ帰還、だから二人が倒し終わっちゃったら帰らないとだもの。じゃなきゃ規則違反にされちゃうわ」
「うん、だから……」
「ええ、だからよ。あのモンスター相手なら、あの二人は一時間で狩っちゃうんじゃないかしら」
さらりと言われたそんな言葉に、マイはただただ目を見開くのだった。