7.方向性の会議
「改めて、マイちゃんが私たちのパーティに入ってくれるってなったわけだけど――、今後の方針だけとりあえず話しましょうか」
手際よく話を纏めるアルガに、一番年上ということもあってだが「さすがだなあ」とマイはぼんやり思う。
そんな横でロクとノアールの二人は、元気よく「はーいっ!」と返事をしていた。薄々感じていたが、ロクはともかくとしてノアールの精神年齢は「大分低いのかな……?」とマイの顔に苦笑が浮かぶ。
「当面は、マイちゃんの階級上げをするってことでいいかしらね」
「はーい! りょうかーい!」
「分かった~!」
「えっ、え、わたしはありがたい限りだが、いいのか? みんな、何か行きたいのは……」
自分だけ下位級のライセンスしか持っていないため、そのライセンスの階級を上位級にすために動くという話に、なんの躊躇いもなく頷いたロクとノアールに、マイは思わず戸惑った。
基本的に、ハンターの武器防具というのは狩ったモンスターの素材を使用して、武具屋にて制作してもらう。武具屋では、いわゆる武器防具のレシピが開示されていて、もちろんお金を払って既に作られている武器を購入することも可能であるが、ハンターとしての階級を上げれば上げるほど、普通に売っている武器を使うことは無くなるのだ。理由は簡単で、普通に売られているような、一般的な素材から作られる武器防具では、段々と階級に見合ったモンスターの対応ができなくなるから。
そのためハンターというのは、自らが倒したモンスターの素材を武具屋で開示されているレシピ分持ち込み、それから武器防具を製作してもらう。
もう上位級のライセンスを持つ彼らは、武具屋に売っている武器防具ではきっとランクに見合ったモンスターの対応はできなく、それこそ作りたい武器防具があるはずだとマイは思った。下位級のモンスター素材から製作できる武器防具と、上位級のモンスター素材から製作できる武器防具は、比べれば当然性能が違ってくる。剣であれば切れ味は増すし、防具であれば耐久値が当然上位級の方が良くなるのだから。
上位級のライセンスがあるならば、上位級のモンスター素材を取りに行きたいんじゃないかと、そんな思いから言ったマイの言葉に、三人ともから「えっ?」「はっ?」「うん?」と疑問の目を向けられ、マイはぐっと息を呑む。
「私はもう言ったと思うけど、人の手伝いをするのが好きなのよ。今は狩りに行きたいモンスターとか、ひとまず居ないし」
「あたしは今どんなモンスターの素材も欲しいから、何でも行きたいのー!」
「オレもロクちゃんと一緒~。ていうか、オレも二人に手伝ってもらって最近上位級になったばっかだからさ~」
「そ、そう、か……」
「マイちゃん、貴女の性格は大分消極的みたいねえ。今後の方針として、マイちゃんの階級を上げるためのクエストに行くことになるけど、それを悪く思わなくてもいいのよ? 別に。私はそれが趣味、生きがいだし」
「あたしは素材欲しいから~!」
「オレも素材欲しいから~! つまり、ウィンウィンってやつだよ!」
言いながら、ノアールからダブルピースの人差し指をくっ付けてWの字を手で作って向けられ、にかっと笑いかけられたことに、マイはふっと困ったように笑った。
「何かまだ納得行ってない? それでも気になる~っていうなら、マイちゃんが上位級のライセンス取れたら行きたいの付き合って貰うからさ!」
「あたしもそうしよ! それなら公平? でしょ?」
ノアールとロクの言葉に、渋々「それなら……」とマイはひとまず頷く。
「――さて、話も纏まったわけだし、今日は一旦解散しようかしらね。みんな明日は空いている?」
「あたしは平気!」
「オレも~」
「わたしも、空いている」
答えれば、アルガは頷いてグラスに残っていた飲み物を呷った。
「私たちは一応クエストから帰って来たばかりだからね、とりあえず各自休もうって元々話してたから。明日また――、そうねえ、昼頃此処に集合する?」
「集合して……何するんだ?」
「何って、今は方向性を決めただけで、何に行くかはまだ決めてないじゃない。その会議もしなくちゃでしょ?」
*
「へえ~ここがマイちゃんが住んでるところ?」
「オレの借家から結構近いや!」
「にしても――何にもないね!」
翌日、アルガの提案通り昼頃再びギルドに集まった四人だが、最後にやってきたノアールが来る頃には、ギルドはかなりの賑わいを見せ、四人掛けの席は一つも空いていない状況になってしまった。結果、会議をする場所をどうしようかと悩み、ギルドから一番近いマイの部屋を提供することになったのである。
ロクの口から出た「何もないね」に、マイは苦笑しつつ「四人掛けのテーブルはあるから……」と言ってみた。そう言おうも、そもそもそのテーブルはマイが買った物ではなく、マイがこの部屋に住み出した時から部屋に置いてあったものだけれど。
「にゃにゃあ? だんにゃさま、今日はおでかけだったんじゃ――……」
物音がしたことで、二部屋の作りになっている奥の部屋から、ひょこっと顔を見せたラピスに「わあっ!」とロクは声を上げる。
「まっ白~! かっわいい~!! マイちゃんちの子!?」
「ん、ああ」
答える間に、ロクはラピスの元に駆け寄り、その身にがばっと勢いよく抱き着いていた。それに驚いたラピスが「にゃにゃあっ!?」と、ロクの腕でもがいているのに、マイは「ははは……」とまた苦笑を漏らす。
「だんにゃさま!? にゃんですにゃ! 誰ですにゃあ!?」
「あたしロク! 君は~?」
「ラピスだよ」
「ラピスちゃん! これからよろしくね! 今度来るときはあたしんちの子連れて来るよお!」
名前を聞いてきたロクに、ロクの腕から逃れようともがいているラピスの代わりにマイが答えれば、ロクは抱き着くのを止めて腕の長さだけラピスのことを離し、目を合わせるとにこっと笑った。そんなロクの後ろに、マイの他に二人の人が居ることに気付いたラピスは、目を丸くさせる。
「にゃあ……? だんにゃさま、この人たちは昨日お聞きした……」
「そうだよ。わたしとパーティを組んでくれることになった人たちだ」
マイの言葉にラピスはその目を輝かせ、ロクに抱き上げられたまま三人に向かってぺこりと頭を下げた。
「それはそれは! 昨日だんにゃさまからお聞きしてますにゃあ。ラピスのだんにゃさまとパーティを組んで下さったそうで~。よろしくお願いしますにゃあ」
そう言ってにこっと笑ったラピスに、ロクはまた「可愛い~!」と抱きしめる。結果、またロクの腕の中でバタつくラピスを、マイはひょいとロクの腕から取り上げて「容赦してやってくれ」と床に下ろした。
「今日はギルドで話し合う予定だったんだがな、場所がなくここを提供することにしたんだ」
「にゃるほど~。では、ラピスはお茶を淹れたら買い物に行くにゃあ。ゆっくりして行ってにゃ!」
*
「じゃ、ラピスちゃんがお茶を淹れてくれてったことだし、会議しましょっか」
言って、アルガは持っていた鞄から紙の束を取り出し、テーブルにばさりと置く。
マイの部屋にある少ない家具の中の、四人掛けのダイニングテーブルに座った四人。アルガの左隣にはロク、ロクの向かい側にノアール、ノアールの右隣にマイという席順でテーブルを囲み、そのテーブル上に置かれた紙の束をマイは覗き込んだ。
「……ところで、会議って具体的に何をするんだ?」
「そうねえ、とりあえずギルドから資料一式もらってきたからこれを見ながら話し合いましょう。マイちゃんはー……、この一角獣が最終討伐モンスターってことでいいのかしらね?」
一枚の資料をテーブルに置かれ、それに目をやりマイは頷く。
「そうだな。大型モンスターっていう話なら、そういうことになる」
「であれば、上位級のライセンスを取るための実績は、あとこのモンスターとこのモンスターと……」
言いながら資料から一枚ずつ出され、並んだ紙は六枚。
「これらを討伐成功すれば、ギルドから上位級に上がるための所謂試験モンスター討伐への許可が下りると思うわ」
「試験モンスター……」
「そ。で、そのモンスターを倒せればギルドから上位級のライセンスが発行してもらえるって感じね」
「え~っと、炎属性の飛竜種と~雷属性の獣種! オレこれ丁度行きたかった~!」
「それから水属性の魚竜種と、麻痺属性の獣竜種と、毒属性の甲殻種! あたしも行きたいの多いからありがたいぐらいだね!」
「私もこの、炎属性の獣竜種の尻尾が欲しかったところだから、丁度いいわ」
「どれもまだ会ったことのないモンスターばかりだな。わたしはどうしたら……」
マイの言葉にアルガは「そうねえ」と息を吐き、モンスター討伐の資料を眺めた。
「私はボウガンで遠距離系、ロクちゃんは言わずもがな近距離系。ノアールは太刀の長さから近距離兼中距離系で……そこに双剣を加えるのは全然構わないんだけど、マイちゃんはまだ、正直近距離で戦うには防具が心元ないのよねえ」
「あー……まあ、今のところ武器の強化しかしてないからな……」
「ここから先、マイちゃんはきっと今まで戦ったことのなかった属性付きのモンスターと戦うことになるわけだけど、それらと戦うには今の装備じゃちょ~っとね?」
「んー確かにちょっと危ないかも~。すぐにキャンプ送りされちゃう気がする」
「確かに……あ! じゃああれじゃない? マイちゃん、弓使ったらどう?」
思い付きでそんなことを言ったノアールの言葉に、頷いたのはアルガ。頷いて、アルガはややってマイに目を向けた。
「そう。そこで私も提案しようと思ったの。マイちゃん、貴女見た感じオールマイティーなタイプだと思ったんだけど、違う?」
「オールマイティ―……?」
「ハンターは普通ね、使う武器多くても四種類くらいで留めるんだけど……その理由は扱える武器とそうでない武器が武器によって如実だから。私とかはノアールの使ってる太刀なんて、てんで使えないし?」
「あたしはハンマーしか使えない!」
「オレはアルガちゃんが使ってるボウガン……遠距離系は全く使えないかな~」
言われたそれに、マイが思い返したのは訓練場でバリーの指導を受けた時のこと。
双剣の使い手だろうと言われた後にも、何度か訓練場に足を運ぶ中でバリーからふと言われたのだ。双剣以外にも身体が使い方を覚えている武器があるのじゃないか、と。言われたそれに、マイは一通り武器を使ってみたところ、バリーからは「お前さんはどうやらどの武器も扱えるみたいだな! 中でも突出して使えるのが双剣だった、だけか!」と、そんなことを言われたことがある。
種類によって向き不向きがある武器たちだが、確かにマイは自分自身「使い辛い」と感じる武器は特になかった。軽い武器の方が使いやすいとは思ったが、アルガたちの言うように使えない武器はなかったのである。
「そういう話なら……確かに、どの武器も使うことはできると思う」
「じゃあやっぱり弓にしようよ!」
「いいね! 弓ならモンスターの動きちゃんと見れると思うし!」
「弓……」
「私の武器が遠距離系で、ロクちゃんたちの武器が近距離系って言うなら、弓は中距離系の武器かしらね。弓の射程はモンスターから五メートルから三十メートルってとこだから」
「まあ、わたしは構わないが……ノアールは何故そんなに弓を勧めてくるんだ?」
「えっ? 弓の使い手ってあんまり見たことないから! あわよくば使えるようになって教えてほしいなって!」
にこにこと笑いながら、正直にそう言ったノアールにマイは呆れたように笑い、「そうか」と頷いた。
「じゃあ、弓でパーティの参加をしよう。当然今まで使ったのことのない武器だから、かなり足を引っ張ることになると思うが……」
「そのことだけど、マイちゃんはひとまず私と一緒に行動しましょ」
にこりと笑って言われたアルガの言葉に、マイは「うん?」と首を傾げる。一緒に行動するにはするつもりであるが、改めて言われたその言葉の意味が正しく理解できず、首を傾げていればアルガは今度は地図をテーブルの上に広げた。
「私たちが今拠点としている、このエルレ村がこの位置にあるのだけれど、それは分かるわね?」
「ああ」
「で、この村の北側のこの辺りにある山脈が氷雪地帯。南側のこの辺りが活火山が存在する溶岩地帯。東側のこの辺りが海に面している温暖地帯。西側のこの辺りが砂漠地帯。マイちゃんは今までこの、村から一番近い氷雪地帯にしか行ったことないと思うんだけど」
「確かにそうだが、何故そんなことが分かるんだ?」
「マイちゃんのハンターカード、討伐したことのあるモンスターも記載されてるでしょ? マイちゃんの倒したことのあるモンスターは全部、氷雪地帯にしか生息してないモンスターだから」
アルガの言葉に「本当にすごいハンターとパーティを組んだものだな……」と内心マイは思う。
「氷雪地帯は何度か行ってるみたいだから、地形を把握し出してる頃だと思うけど、他の場所は分からないでしょう? 今後上位級になるために倒さなきゃいけないモンスターは、それぞれ別の地帯に生息してるから……地形の把握をまずしなきゃいけないと思うの。それに、その地帯でしか取れない鉱物とかもあるし、それらを採取した方がいいわ。例えば、その双剣だって今強化段階が止まってるけど、それ以上強化するのに必要な鉱石が溶岩地帯のある場所でしか取れないとか――、マイちゃん知らないでしょう?」
言われてマイは玄関近くの壁に立て掛けておいた、自分が使っている双剣に目を向けて「そうだったのか……」と呟いた。
確かに、マイはこの双剣をこれ以上強化することができずにいた。理由かアルガの言った通り、とある鉱石が入手できていないからである。武具屋で見せてもらった強化のためのレシピには、知らない名前の鉱石が存在していて、氷雪地帯にて様々な鉱石を採取して村で鑑定してもらったが、必要である鉱石は一度もお目に掛かれたことがなかった。「まあ、いつか手に入るだろう」と楽観的に考えていたが、そもそも氷雪地帯では採れない鉱石だったとは、マイは知らなかったため感心する。
「だからマイちゃんは私と一緒に行動して、対象モンスターの討伐はロクとノアールに任せたらいいわ。各地帯で、何がどこで採れるかとか私が教えるから。教え終わってもまだモンスターの討伐が終わってなかったら、私たちも参加するってことで」
「えー……と、つまり? ギルドからモンスター討伐のクエストを受けるが……わたしは、採取してればいい、ってこと、か……?」
「そういうこと」
「それは、いいのか? モンスターを討伐してないのに、上位級のライセンスって……」
「正直に言うと、そんな奴よく居るわよ? 一期一会のパーティだって多く存在するから……、目的のモンスターを誰かに討伐してもらって上位級のライセンスを取得しちゃってはいさよなら、みたいな。くそ真面目に己だけでちゃんとモンスター倒して階級上げる人の方が稀かしらねえ」
「え? そうなのか?」
「ほら、私みたいにキャリーするのを趣味としてるハンターも結構居るから」
ふふっと笑いながら言われたそれに、マイは「そんなものなんだなあ……」とぼんやり思った。
「もちろん、キャリーしてあげる人を私は選んでるけど。私は、の話だから。だから、ひとまずはそうねえ、マイちゃんの武器防具がある程度のところまで行くまでは……そういう感じでいいかしら?」
「いや、本当にわたしはただただありがたいだけだが……ロクと、ノアールは……」
マイがちらりと二人に目を向ければ、ロクはにぱーっと楽しそうな笑顔を浮かべ、ノアールはへらりとした苦笑を浮かべて見せる。
「あたしはどーんと来い! だよ!」
「ま~俺はね~……というかこれ、完全にアルガちゃんからの挑戦状だよねえ~」
「ご名答。私とパーティを組んでるあんたたちが、これらモンスターにやられるはずないわよねえ?」
胸の前で腕を組み、ふと強気に笑うアルガにロクは「もっちろん!」と頷き、対してノアールは「はあ~い……」と気落ちした返事を返した。
「というわけだから、これから最短ルートで上位級に上がってもらうつもりだから、頑張りましょうね。マイちゃん」
にこりと笑いかけられ、マイは「ああ……」と答えつつも顔に浮かぶのは苦虫を噛み潰したような苦笑。うすうす感じていたが、アルガは相当スパルタなのだろうことはノアールの様子から分かってしまった。
皆が帰った後は、部屋で読書でもしようかと思っていたマイだったが、そんな考えを改め「訓練場に行くかな……」と思うのだった。