3.狩りのパートナー
あれから、三ヶ月という月日が流れた。
村長の言った通り、ハンターのライセンスはすぐに発行されて、いざハンター活動を始めるにあたり、記憶のない自分のことを気にしてくれてか、村長はクエストを幾つか選んできてくれ、この三ヶ月はそのクエストをこなして日々を過ごしている。
ハンターのライセンスを持っている者しか立ち入ってはいけない、立ち入り禁止区域というものがギルドによって設定されているため、その区域内にしか生えないという特殊な薬草の採取クエストや、同じく鉱石の採取クエスト、それからこの村の主食の一つである、討伐数の制限がない大量に居る小型モンスターの狩猟――それに準ずる大型モンスターの討伐も、現状難なくこなしていた。
小型モンスターといえど、その体躯は自分の1.2倍くらいはあったりする。猪のようなそれが自分に向かって突進してきたりするのだが、それに対して自分は特に恐怖心を感じなかった。その狩猟クエストを渡して来た村長に、「どうだった?」と聞かれそんな答えを返した結果、次は大型モンスターの討伐を依頼されたのである。
そして、大型モンスターの中でも小さ目と言われているそいつの体躯は、既に自分の3倍くらいはあったが、それに対しても自分は恐怖心を抱かなかった。まんま、その前に狩猟した猪のような小型モンスターを大きくした巨大猪のようなモンスター。
担いでいった武器は、バリーに勧められたまま双剣を担ぎ、戦った。
モンスターとして呼ばれているそいつらであるが、もっと簡単に言えば野生動物である。動物である以上、攻撃には当然予備動作があるし、疲れもするのだ。基本的にハンターの戦い方、というのはモンスターの攻撃を避け切って、見えた隙に攻撃を叩きこむというもの。自分の一撃に対して、モンスターから受ける一撃というのは5倍くらいの差があると言っても過言ではない。防具がしっかりしてこれば、それはまた違ってくるが、ハンターを始めたばかりの自分はしっかりした防具などまだ全然揃えられないし、どちらかというとモンスターを早く倒すために強い武器の作成にお金を割きたかった。
そのため、戦い方はヒットアンドアウェイが基本である。ハンターを始めたばかりの序盤は尚更。
それらの知識は空いた時間に立ち寄る訓練場にて、バリーから言われたものであり、大変助かっていた。
ハンターとして村長から渡されたクエストをこなすようになり、三ヶ月――未だ、記憶は戻らないまま。
*
「マイさん」
声を掛けられ、振り返ればそこには村長が立っていた。いつものように穏やかな笑みを浮かべてこちらを見ている村長に、マイはすぐに駆け寄る。
「村長、こんにちは」
「こんにちわあ。今日はお買い物?」
「あ、はい。アイテムの調合の知識が足りないので、その本を買いに」
「ハンター活動は順調なようねえ」
「お陰様で」
笑って答えれば、村長も同じく笑い「そうそう」と言った。
「今日はねえ、ちょっと提案に来たの」
「提案、ですか?」
「マイさん、幾つかクエストこなしてくれたでしょお? 多少なりともお金が入ったと思うんだけど……猫の獣人族さんを雇ってみたらどうかしら、と思って」
言われたそれに、マイは目を点にさせる。
猫の獣人族――主にハンターの手伝いをしてくれる彼ら。雇い主となれば、原則二匹までなら共に狩猟エリアに連れて行くことができ、雇われた彼らは討伐のサポートや採取のサポートも行ってくれる。その上、寿命は長いため雇い主のハンターよりも自然界の知識を多く持っている者も少なくない。
そのため、基本的にハンター一人につき一匹はパートナーとして猫の獣人族を雇うことが常識のようになっている。
当然知識としてそれを知っていたマイだったが、「あー……」と小さく悩ましい声を上げた。
「ですが……わたしは、記憶がないので、その……記憶が戻った時に面倒かと思いまして……」
「お金を払って雇うんだもの、猫ちゃんの方もそれは承知しているわあ。解雇されたらきっと別の人の所に行くから大丈夫よお」
「んん……でも、」
「マイさん、おばあちゃんねえ、ちょっとマイさんの食生活に不安があるのよねえ」
眉を下げながら、心配そうに言われたそれにマイはぐっと息を呑む。
「マイさん、ちゃんとしたご飯食べてないわよねえ」
「いや、それは、」
「この間お邪魔した時は携帯食糧齧ってらしたし、その前お邪魔した時も携帯食糧齧ってたと思うし……食材も見当たらなかったから……」
マイには、返す言葉が見つからなかった。
ちなみに、携帯食糧というのは文字通り携帯して持って歩ける、所謂ハンター用の固形食料のことである。狩りに出てしまえば、時に数ヶ月も村に戻れない時もあるため、そんなハンターが持って歩くための食糧であり、手の平サイズのそれを一つ食べれば最大半日分くらいの栄養価があるとされているものだ。
そして、マイはここ三ヶ月、ほとんどその携帯食糧を齧って過ごしていた。その理由は簡単で、料理が出来なかったから。
ハンターとして過ごしだした当初、マイはちゃんと料理をしてご飯を食べようとはしていた。けれど、記憶がないからか料理ができなく、ならばと本を見ながら料理を作ってみたものの、自分自身不思議なことが起きたのである。手順も、材料も、何一つ間違えてないというのに、出来上がる料理がことごとく不味い。吐くほどではないけれど、不味かった。
何度挑戦してみてもそれは変わらず、その上何なら見た目は美味しそうに出来上がるというのに、味は不味いという謎の料理が出来上がることに、マイは「料理向いてないんだな……」と自分の中で静かに諦めたのである。現状、美味しく作れるものといえば主食とされている米と、塩で焼いた肉、くらいなもの。
肉と米だけじゃさすがに栄養的にダメだろう、けれど作ったとて美味しくない物が出来上がる、野菜は生で齧ってた方が上手い――結果、マイは色々と諦めて携帯食糧で生活していたのである。
「あっ、でも、携帯食糧はハンターが愛用しているもので、栄養価は高いですし、」
「マイさん……本当に携帯食糧だけで生活しているのねえ……?」
自分の発言で墓穴を掘ってしまったことに、マイは無言で村長から気まずそうに目を逸らした。そんなマイに村長はやれやれと息を吐く。
「だからねえ、猫ちゃん雇ったらいいと思うのよお」
「だから……?」
「お料理、マイさん出来ないのよね? だったら猫ちゃんを雇ってやってもらったらいいと思ってねえ」
「ああ……」
「ずっと携帯食糧じゃあおばあちゃん心配だし、猫ちゃんたちはとーっても器用だから、お料理だってすぐに覚えてくれるわあ。だから雇ってみたらどうかしらあ」
そんな村長の提案に、マイは「見ず知らずの自分に本当によくしてくれるなあ」と感動しつつ、ふと笑った。
「そうですね……、ちょっと考えてみます」
*
そんな会話を村長とした、直後のクエストでだった。
場所は雪山のふもと。ふもとといえど、雪はまま振るような場所であり、ただ、その日は降ってはいない、そんな日である今日、討伐対象であった大型のモンスターを討伐し終え、予定よりも早く倒し終えたことに、マイは辺りを散策し、鉱石類を集めてから帰ろうと、適当な洞窟の中に入った。
ピッケルで鉱脈から鉱石を掘り出し、求めていた鉱石を見つけては背負っている鞄に放り込む。そんな作業をする中で、ふとマイの目に何かが映り込んだ。
モンスターの気配はない、洞窟の少し奥――不自然にこんもりと盛り上がった雪が道の中央に見え、マイはそれに歩みよる。誰かがわざわざ雪玉を持ってここに置いて行ったのか、そんな不自然な場所にあったそれに近づいて、マイはぎょっとした。
雪玉だと思っていたそれは、よく見たら生き物だったのである。呼吸を繰り返して、上下するそれにはっとし、回り込んでみてみれば二つの耳が見えた。
猫の獣人族――それが、洞窟の地面に転がっていたのである。
「お、オイ! 大丈夫か!!」
声を掛けたものの、獣人族の彼は小さく呼吸を繰り返すだけであり、マイはすぐに自分の鞄から適当な布を取り出すと、それで彼のことを包んだ。
(かなり衰弱している……よく分からないが、ここからなら村は近い)
思うとすぐさまマイは駆け出し、彼を抱えて村へと戻ったのだった。
*
「にゃあ…………?」
村について数時間後のことだった、医者に診てもらった結果低体温症になっているということだったため、すぐにお風呂を焚いて彼のことをお湯に浸け、足先が温まったところでお湯から引き揚げ、水気を取ると毛布に包んでそのまま様子を見続けた。そうして、目を覚ました彼に、マイはほっと息を吐く。
きょとっと不思議そうにあたりに目を回す彼の目が、自分に留まるとマイはにこりと笑いかけた。
「目を覚ましてくれてよかった、大丈夫か?」
「にゃ……ここ、どこにゃ……?」
「ここはエルレ村のわたしの家だよ。わたしはこの村でハンターをやってるんだが」
そんなマイの発言を聞いて、彼は耳をぴくっと動かしゆるゆると身体を起こす。
「ああ、いいよ起きなくても。ゆっくり休んでくれ」
「でも……お世話ににゃるわけには……」
「構わないさ、わたしが勝手に連れて来たんだ。それにしても、君はどうしてあんなところで一人で居たんだい? 洞窟で倒れていたが」
問いかけると、彼は何故か耳をきゅっと垂れ下げ、今にも泣きそうな表情をしたため、マイはすぐに「あ、いや」と首を横に振った。
「言いにくいんならいいんだ。ゆっくり休んで――……」
「……捨てられたにゃ」
「……え?」
「ハンターさんに、捨てられたにゃ、自分は……」
言われたそれにすぐには何も返せなく、マイが黙っていれば彼はついとうぽろぽろと涙を流しながら続ける。
「自分は、周りと比べて攻撃力も、防御力も低くて……雇ってくれたハンターさんの役に全然立てにゃかったにゃ。それに、自分は臆病で……モンスターが怖いにゃ。本当は狩りに行くの怖いにゃ。でも、生きて行くためにはそれしかやることが分からにゃいにゃ。だから、でも……役立たずだったから、囮に使われて、そのまま置いて行かれたにゃ……っ」
「君……、」
「助けてくれてありがとにゃ……でも、自分は、あのまま死んでたってよかったにゃ……っ」
そうして涙を零す彼を見て、マイは自然と手を伸ばし、その涙を指で拭っていた。そんなことをされたことに驚き、目を見開いてこちらを向いたのに、マイはふっと笑う。
「せっかく助かったんだ、そんなこと言わないでくれ」
「にゃ……、」
「なあ、君は料理は出来るかい?」
「料理、にゃ……?」
「というか、この際別にできなくてもいい。うん、君はわたしのために料理を覚える気はあるか?」
「……どういうことにゃ?」
不思議そうに見上げてくる彼に対し、マイはにこりと強気な笑みを見せた。
「――わたしが君のことを雇おう。君さえよければ、だがな」
マイのそんな言葉に、彼は大きな目を更に大きくさせて、マイのことを見つめる。
「……自分は、弱いにゃ?」
「最初から強い奴なんか居ないさ。それに、弱くてもいい」
「自分は、臆病で……」
「モンスターならわたしが倒す。だから臆病でいいんだよ」
「役立たずで……」
「さっきも言ったが最初から完璧な奴なんか居ないさ。今わたしが誘っているのは、弱くて、臆病で、役立たずだと思い込んでいる――そんな君だ。なあ、わたしに雇われてくれるか?」
優しく言われたマイの言葉に、一度は止まりかけていた涙を溢れさせ、彼は大きく頷いた。
「――よろしくお願いしますにゃ! だんにゃ様!」
嬉しそうな笑顔でそう言って顔を上げた彼に、マイは苦笑して頬を掻く。
「旦那様って……随分仰々しい呼び方だなあ」
「雇ってもらったハンターさんのことはそう呼ぶ決まりにゃ! だんにゃさまっ」
「そうなんだな……? ああ、そういえば君、名前は?」
「にゃ……あ、あの、良かったらだんにゃさまにつけて欲しいにゃ。今までのにゃまえは、捨てたいにゃ……」
視線を下に落とし、そう言った彼に「わたしはセンスがないと思うけどなあ~……」とぼやきつつ、じっと彼の姿をマイは見つめた。
真っ白なふわふわとした毛並みに、くりくりとした大きな目は左右で色が違う。左は金色で、右は瑠璃色――それを見て、マイはうんと頷いた。
「ラピス、はどうだ」
「ラピス、にゃ……?」
「うん、君の片方の目の色は瑠璃色で――わたしの目の色ともよく似てる。ラピス、瑠璃っていう意味だ」
自分の目を指差しながら、そう笑いかければ彼は目を輝かせ、マイに向かって何度も頷く。
「ラピス、ラピスにゃ、今日から自分はラピスにゃ!」
気に入ってくれたようで、その名前を繰り返す彼――改めラピスに笑い、マイはその頭をくしゃりと撫でた。
「じゃあ、今日からよろしく、ラピス」
「はいっ、だんにゃさま!」
こうして、マイのハンターのパートナーとなる「ラピス」がマイの家にやって来たのだった。
本当にこっちのシリーズはちゃんとハンターしてるなと思いました。ちなみにラピスは「ちゃん」です。雌です。
次の話から一気に人が増える予定です。多分。