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とあるハンターの話。  作者: 弓鳴千風
Case.マイ
3/23

2.それをやる決意



 自力で目が覚めてから、一週間が経った。

 村長に聞いたところ、自分は三日間気を失っていたらしく、ただ、あんな高さの崖から落ちた割に、怪我は大して酷いものはなかったらしい。ほぼ全身包帯でぐるぐる巻きにされていたものの、それらを外して見れば殆どの傷はもう治りかけていたし、骨に異常があった箇所もないみたいだった。深い雪がクッションになって、運が良かったのだろうと言われた。

 結果、目覚めてから一週間後の今、怪我は殆ど完治して、包帯だって、ガーゼだって全て取れたのである。


「あらあ、もういいのお?」


 ふと訪れた村長が、鏡の前に立つ自分の姿を見て、相変わらずおっとりとした口調で問いかけて来た。


「――あ、はい。もうすっかり。色々とありがとうございます」

「良くなったんならよかったわあ。記憶の方はどう?」

「あー……そっちの方は、相変わらず全く……」


 この一週間、自分の治療に足を運んでくれる村長に頼んで、毎日新聞を読んでみた。この村が存在する地域の情勢が分かる情報誌、それを読めるだけの知識は自分にあり、けれど、あるのは知識だけで、自分についての記憶というものはやはりなかった。それが呼び起こされるようなことも、何か記憶の端に掠ることもなく、それを読みながら「本当にこの村は今ハンターが足りていないんだな」という感想を持ったくらいである。


「じゃあお名前も分からないままなのねえ」

「――あ、それなんですが……わたしは自分のことをこれから”マイ”と名乗ろうかと思っています」

「あら、どうして?」

「わたしの唯一の持ち物であるイヤーカフの内側に”M.A.I”と彫ってありまして……それが何を意味しているのか分かりませんが、そこから名を貰おうかと」


 そう言ってみれば、村長は一度目を丸くしてから、すぐにその表情をふと柔らかいものに変えた。


「そう、そうなの……いいね、いいわねえ、”マイ”さん。素敵なお名前ねえ」

「そう、ですか?」

「ふふ、ええ。マイさん、これからよろしくねえ」


 にこにこと笑いながら握手を求める手を村長から差し出され、名無し改め「マイ」は慌てて村長の右手を取る。


「はい――こちらこそ、よろしくお願いします」


 村長に釣られて、ぎこちない笑みで答えれば、村長は「いいえ、いいえ」と笑った。


「じゃあ……マイさんはこれからどうするのかしら? 暫くこの村に滞在して行くかねえ」

「行く宛てもありませんし……そうさせて頂けるとありがたいです」

「勿論構わないわよお。でもそうねえ、お仕事の方だけど、前わたしが薦めておいて、やっぱりハンターは危険な職業だからねえ、別のお仕事も紹介できるようにしてあるけれど……」


 村長が言う途中で、マイは「あの、」と顔を上げる。


「そのことなんですが――……わたし、ハンターをやってみようかと思います」


 迷いなく、真っ直ぐ言われたそれに、村長は「あらあら」と口を開けた。


「マイさんは随分責任感が強い人みたいだけど……わたしが言ったことなら気にしなくてもいいのよお? ハンターだけじゃなくて、他にも人手が足りてない場所はあるから……」

「あ、いえ、そういうわけではないんです。そのー……実は、昨日ですね、村の中を散歩させてもらったですけれど」

「ああ、ええ、聞いてるわあ」

「その時、村のギルドの前まで行って、そしたら訓練所の教官に声をかけて頂いたんです」







 さほど大きくない村であるため、意識不明で運ばれ、記憶喪失となっていた自分の存在は、どうやら村全体に広がっているらしい。

 その証拠に、散歩に出歩いてみた結果、村の色んな人から「もう大丈夫なの?」「大変だったわね」「何か困ったことがあったら声をかけてね」と、優しい言葉をたくさん貰うこととなった。

 そして、件の教官も――自分に声をかけて来た人の一人である。 


 それは、マイがぼうっとギルドの建物を眺めていた時だった。


「――おや、君は件の怪我人かな?」


 唐突に後ろからそう声をかけられたことに、驚いてバッと身を引き振り返れば、そこには体格のいい中年の男が立っていた。皮で出来た対モンスター用の装備に身を包んでいるその人は、マイの反応に「はっはっは!」と笑う。


「随分いい反応だ! 怪我の具合はもう大分良さそうだな!」

「え、あ、はい……」

「自己紹介が遅れたな、私はそこの訓練場で教官をしている、バリーという者だ!」

「あ、えと、」

「ああ、よいよい! 村長から事情は聞いている! 記憶喪失なのだろう? 大丈夫だ! 名前などその内すぐ思い出すだろう! おおそうだ、何なら私が君の仮の名前を考えようか!」


 ――人の話を聞かない人って、こういう人のことをいうんだろうなあと、マイは頭の片隅で思いつつ、一言小さく「いえ、結構です……」と答えた。この時点で自分は「マイ」という名前でやっていこうとは思っていたものの、そう名乗るのはまた今度でいいかとそれを放棄する。


「自分のことは気軽に教官と呼んでくれ!」


 豪快に、歯を見せて笑いながら握手するよう手を差し出され、圧倒されつつもマイは「はあ……」とその手を握った。すると、バリーは何か確かめるようにぎゅっとマイの手を握り、その上で「ふむ」と息を吐く。


「――君は、確かに村長の言う通り元はハンターだったのかもしれんな」


 不意にそんなことを言われてから、ぱっと手を離されたことに、マイはバリーのことを見上げた。


「え……、何故、ですか?」

「今握った君の手がそう物語っている! うむ、良ければ左手も見せてもらえないだろうか」


 言われたことにマイが左手を差し出せば、バリーはマイの左手首を緩く掴み、まじまじとその手の平を眺める。


「ふんふん、片手剣の使い手かと思ったが……これはどうやら双剣の使い手だろうな」

「え……そ、そんなことが分かるんですか?」


 思わずマイが聞き返せば、バリーはマイの手を離し、「うむ!」と頷いた。


 ハンター、その職業は常に死と隣り合わせと言ってもいい危険な職業だ。呪文を唱えたら手から火が出るような、魔法は存在しない世界のため、ハンターになった者は基本的に己を鍛えて研鑽し、様々な方法を駆使してモンスターと対峙する。

 そして、その様々な方法の第一が、自分に見合った武器を選ぶことだ。対モンスター用に作られた武器は、分類すれば十種類以上あり、その中から自分の戦闘スタイルに合った相性のいい武器を選ぶところから始まるのである。

 ライセンスを取った時点で、ギルドから所謂初期武器というものが全武器種分貸してもらえるため、最初の内はそれらで倒せる小型モンスターの討伐等で使用感を試し、自分の戦闘スタイルを模索するのだが――バリーは何故かそう言って来たのだ。


「私は何せ、教官だからな! 見れば分かるのだ!」

「え、あの、そういえば、教官って、何の……」


 名乗られたその時からずっと思っていた疑問を漸くぶつけ、マイが苦笑を浮かべていれば、バリーはまた「はっはっは!」と豪快に笑う。


「見て分からんか!」

「あ、はい、すみません」

「なれば教えてやろう! 私は初心者ハンターを初心者じゃなくすための、ハンターの教官だ!」


 つまり、ハンターを育てるための教官だと分かり、マイは「なるほど」と小さく零す。


「私も元はハンターだったが、ギルドに頼まれこの教官業について早十五年! 送りだしたハンターは百人を超える! 故に私は君の体格等々を見て、君がハンターだろうと推測する!」

「はあ……」

「まず君の全身だが、女性の身体をこうじろじろ見てしまうのは失礼になるだろうが気は悪くしないでくれ! 職業病でな!」

「あ、はい」

「歩いている姿から見ていたが、君は体幹がしっかりしている。芯がブレない。それはかなり鍛えられている証拠だ。それから細くはあるが、君の身体は逆三角形を描いている。その時点で君が大剣やランスと言った、所謂重武器を使用する者ではないだろうと予想できる」

「はあ……」

「そして握った右手だが、剣をやる者であれば出来る位置に……否、剣をやる者にしか出来ない位置に豆があった!」


 言われたそれに自分の右手の平を見てみれば、確かに幾つか皮が厚くなり、豆になっている箇所があった。


「それと左腕だが、ここに痣が出来ているだろう、君」


 指さされたのは左肘の上ら辺。包帯やガーゼはもう外れていて、ただ、指さされたそこには色濃く痣が残っていた。


「その位置に出来る痣は、片手剣とセットで使う盾でモンスターからの強攻撃でもガードをした時に出来るものであり、私は君が片手剣の使い手かと思ったのだが、君の左手の平はそうじゃないと物語っている!」

「左手……」

「そちらの手にも、盾を構えるだけでは出来ようのない豆がある。つまり君は元は双剣の使い手だったのだろう! もしくは双剣と片手剣の両方か……玄人になると、対峙するモンスターによって担いで行く武器を変えたりするからな」


 出会ったその瞬間自体は、「何だこの人」と思っていたマイだったが、バリーの観察眼には納得するものしかなく、思わず感心する。

 自分の両手をじっと眺めつつ、バリーの言った「元は双剣使いだったのだろう」という言葉を考えてみるが、自分がそれを使ってモンスターを狩っている姿など、マイには想像できなかった。確かに鍛えられた身体であり、手は剣を握っていたのだろう、豆だらけの手。事実としてはそこにあるが、自分の記憶には何も引っかからない。

 そうして黙り込むマイを見て、バリーは「うむ」と目を細めた。


「君、怪我はもういいのかな?」

「え? あ、はい、殆ど完治してます」

「ならばついて来ると良い! 我が訓練場に招待しよう!」


 唐突にそう言われ、断る理由も見つからなかったため、マイは大人しくバリーについて行く。

 バリーは、マイがぼうっと眺めていたギルドと隣接して建てられていた、別の入口へと入って行った。そうして扉を開けたバリーはマイに手招きし、「さあ、遠慮するな!」とその扉の中に入るように促す。

 恐る恐る扉を潜り、見えた部屋の中にマイは目を見開いた。


 かなり高い屋根のある室外の広い空間がそこには存在していて、ドーム状になっている。扉のすぐ横にある壁には、ずらりとハンター用の初期武器が全種類並んでいた。部屋の至るところに藁人形や、樽が置いてある。そんな中でせかせかと動く陰に目を留めると、その陰がこちらに気付き、ややあって振り返った。


 猫の獣人族――出生等々は謎の多い種族である獣人族。その中でも猫の獣人族は、とびきり人間に対してフレンドリーな種族であり、ハンターとも密接した関係にあった。

 体躯は平均百センチ前後であり、二足歩行をする猫の獣人族は、見た目はまんま猫という愛玩動物を大きくしたようなものであり、ただし知能は人並みで言葉も使う。そんな彼らはそういう遺伝子なのか、人を好んでくれていて、その上で働き者であるため、多くの村や国は彼らと共存しているのだ。

 猫の獣人族は人に仕事を貰って働いたり、ハンターにはお金を払って雇われ、狩りの手伝いをしてくれる、そんな存在である。更にいうと、獣人族というのは大体にして人よりも遥かに寿命が長く、その見た目ではどれだけ生きて来ているのか分からない者も居たり。

 そのため、獣人族の彼らが事業を立てて人を雇ったりしている場合もあるが、そこに人と獣人族という垣根自体はあまり見られない。大体が大体に、対等に接している。


 そんな猫の獣人族――ピンクの毛並みに茶色の虎柄が入った、くりくりとした大きな目で愛らしい姿のその子は、マイたちの近くまでやって来ると「にゃにゃあ」と鳴いた。


「お疲れさまですにゃ、教官どの! その子は新しいハンターですにゃ?」

「おう、お疲れ! ルティ! 彼女はあれだ、噂の子だ!」


 自分が何かを答えるよりも早く、後ろからそう言ったバリーの言葉に「やはり噂されているのか」とマイは思う。


「にゃあ、彼女がそうにゃんですにゃ~。じゃあ教官どのに無理矢理つれて来られたにゃ?」

「無理矢理とは人聞きが悪いぞ!」

「教官どのの圧を初対面で断れる人にゃんてそうそう居にゃいにゃ。だから無理矢理と言っても過言ではにゃいですにゃん」


 バリーの言葉にやれやれと息を吐き、ルティと呼ばれていた猫の獣人族は、くるりとマイに振り返ると、にこっと笑ってから頭を下げた。


「初めまして、お嬢さま。僕はルティと言いますにゃ。この訓練場の設備管理と教官どののお手伝いをしてるにゃあ。よろしくにゃ」

「あ、はい、よろしく……」


 そんな挨拶も終わると、ルティはバリーに目を向ける。


「それで、このお嬢さんを連れて来たのはにゃんでにゃ?」

「ずっと寝たきりだったからな、身体は動かした方がいいだろう! ルティ、双剣を持って来てくれ! その後は仕事に戻ってくれて構わん!」


 そんなバリーの指示に従い、ルティは並べられていた武器の中から双剣を持つと、よろよろとした足取りでそれをバリーの元へと持ってきた。


「では教官どの、僕は外の掃き掃除をしてくるにゃ。用があれば呼び戻してにゃあ」

「うむ! いつもすまんな!」


 そうしてバリーが双剣を受け取ると、ルティはぺこりとお辞儀をして、この場から離れて行く。そんな姿を目だけで見送ると、バリーは「さて」と言った。


「君が双剣使いかどうかは、おそらく使ってみたら分かるだろう」

「え……ですが、わたしはそれを使っていた記憶とかが……」

「――だが君は歩いているだろう?」


 ない、と言おうとマイの言葉に被せるよう、バリーはそう言い切って笑う。


「記憶のない君は、すたすたと歩いていたわけだが、その歩き方を習った記憶というのは、あるのかな?」

「……いえ、」


 バリーが何を言いたいのか分からず、マイがただバリーのことを眺めていれば、バリーは双剣を纏めて片手で持ち、腰のベルトのホルダーから、開いていた手の方で十手のようなものを抜いてマイに構えた。


「例えばだ、私がこれを君に向かって勢いよく振り下ろしたら、君はどうする?」

「え……それは、避けます、が」

「それは何故だ?」

「怪我をしたくないので……?」

「何故これが自分に振り下ろされたら怪我をすると分かるんだ?」

「そ、れは――……」


 答えに詰まり、マイが黙り込んでいれば、バリーはそれに何故か満足そうに「うむ!」と頷き、十手を納める。


「そう、理屈ではなく身体が覚えていることというのはたくさんあるのだ!」

「身体が、覚えている……」

「歩いていて、普通右足を出して左足を出す、なんて考えながら歩いて奴など居ない! だが人は歩ける。それは身体がそういうものだと、そういう動作だと覚えているからだろう。そして、君の手をみて私は確信した!」

「何を、ですか?」

「――武器の使い方を、君の身体は覚えているだろうと! それくらいに、君の身体からは努力が見える。延々と鍛えて来た人物なのだろうと分かる!」

「…………」

「なあに、物は試しだ! さあ、この双剣を使ってみるがいい!」


 言われて、差し出された双剣を手にし、マイはただただ目を見開いた。鉄鉱石から作られる、ずしりと重い双剣。


「持ち方は――教えずとも、覚えているだろう?」


 バリーの言葉に呼応するよう、マイはごく自然に右手と左手、それぞれに剣を手にした。その重みは、慣れ親しんだもののように感じる。


「うむ! やはり覚えているな! 二対の剣からなる双剣だが――その実、右手と左手で持つべき剣は若干違うのだが、君は左右間違えず持てているのが良い証拠だ!」

「あ、そう、何ですね……」

「さてさて次だ! そこの藁に打ち込んでみるがいい! そして、それを切り倒して見ろ!」


 言って、バリーに指さされたのは緻密に纏められた藁の円柱。直径は1メートルくらいある太さだった。

 幾ら藁で出来ていると言えど、緻密に纏められたそれがかなりの強度があるのは分かる。そして、手渡された初期武器というのは切れ味など殆どないと言っても過言ではなかった。けれど、それらが分かりながらも、双剣を構えたマイはそれを切り倒すことが「ああ、簡単だな」と思う。


 頭のどこかでそんなことを思って、マイは太い藁の円柱に向かって武器を構え、それを切りつけた。右、左、右、左、と左右から藁を打ち付けるも、やはり緻密に纏められているが故に強度が強く、打ち付ける双剣は表面の一部を削ぐだけである。

 ならば、とマイは集中し、打ち付ける中でタイミングを計り、自分の呼吸とそれが合致した時、両手で双剣を振り下ろした。


「――――はあっ!!」


 気合の声と共に振り下ろした双剣は、束になっていた藁の繊維のどこにもつまずかず、右上から斜め下に袈裟切りで振り下ろされる。結果、藁の円柱は見事に切り裂かれ、ずるりと上半分くらいが滑り落ち、地面に転がった。

 時間にしたら、ものの十秒くらいの出来事。それにバリーは後ろからマイに向かって「ううむ!」と満足そうに頷いた。


「よいだろう、よいだろう! 私の思った通りだ!!」

「え……、思った通りって、何がですか……?」


 ふっと息を吐き、かなり集中したことで頬から流れ出た汗を手の甲で拭い、マイが振り返ればバリーは並んでいた武器の中から、長刀――所謂太刀を手にする。


「一応言っておくが、その太さの藁の円柱は普通初心者ハンターには切り倒せんぞ!」

「え」

「切り倒せるのは、それこそ上位級のハンターくらいの技術がないと無理だろう。そして、その鍵となる技術である”練気”――想像通り君は習得していたな!」


 さらりと言われたそれらに、マイは首を傾げた。


「え、あの、”レンキ”って何ですか……?」

「うむ、名前は憶えてないか! そういう名前の剣技だ。主に太刀使いや双剣使いが習得すべき技術である! むしろ、習得せねば上位級モンスター相手では死ぬだろうな!!」


 はっはっは、と笑いながらバリーはマイが切り倒した横にあった、それと同じくらいの太さの藁の円柱の前に立つ。そして、マイに少し下がるように言った。


「まあ、見ての通りギルドから最初に支給される武器は、切れ味などないと言っても過言ではない」

「はい」

「故にこう――……フンっ!!」


 バリーは言いながら、すらりと鞘から抜き出した太刀を、力一杯藁の円柱に向かって叩き込む。その刃は最初に打ち込んでいたマイの双剣同様、表面に刺さるだけだった。ただ、筋力の差だろう、バリーの叩き込んだ刃はマイよりも五センチほど深く刺さっていたが。

 それをスポッと藁から抜き取り、バリーは一旦太刀を鞘に納めマイに振り返る。


「力任せに振り下ろしたとて、これくらいが限界だろうな!」

「はい……」

「そして、”練気”であるが――……」


 言葉を止め、バリーはざっと足を擦って動かし藁の円柱に向かって動きを止めると、太刀の柄に手を掛けて、「ふー……」と細く息を吐いた。

 瞬間、息が出来ないくらいの静けさが流れた後、バリーからぞわっと肌が粟立つほどの殺気のようなものを感じ、マイが目を見開いたのとそれは同時だった。


 キンッ、と音がしたかと思えば、殺気も静けさも消える。

 目の前には太刀を振り下ろしたバリーの姿があり、バリーが身体を起こして再び鞘に太刀を納めれば、藁の円柱はマイが切り倒したのと同じく、ずるりと上半分が滑り落ち、地面に音を立てて転がった。


「ま――このように、如何なるなまくらでも、”練気”という技術を使えば刃が通るようになるわけである!」


 バリーが切り倒した藁の切り口を注視して、言った通りにスパッと鋭利な刃物で切られているのに、マイはただ「はあ~……」と感嘆を漏らす。漏らしながらも、ちらりと隣の円柱を見てみれば、バリーが切り倒したのと同様に、切り倒れてはいるのだが、どうにもマイには理解は出来ていなかった。


「普通、この練気を習得するには最低一年はかかる! しかしそれができている君は、ハンターにしろそうじゃないにしろ、双剣の使い手だったのは確かだろう! 動きも、私から見て玄人のそれだったしな!」

「…………」

「双剣の動き方を知っている君は、すぐにでもハンターとして活躍できそうであるな!」


 バリーのそんな言葉に、マイは思う。


 ――そう、知っていた、その動き方を。両の手で剣を持った時、自分に馴染み、自然とそう動けばいいということが分かった。理由は分からない。何も覚えていないから。

 ――けれど、身体が覚えている。


 だから、それをやることが、自分のない記憶を取り戻すのに一番手っ取り早い気がしたのだ。

 ハンター、その職業を。







「――とまあ、そんなことがありまして……」

「そおなの……それはそれは」


 昨日の出来事を話し終えて、マイは「そういうことですので」と村長に向かって頷いた。


「わたし、ハンターをやってみようと思います」


 改めてそう言えば、村長は「ありがとうねえ」とマイに向かって笑いかける。


「であれば、ライセンスを作らなくちゃねえ。そうねえ、ちょっとバリーちゃんに言って来ようかねえ。そうすればすぐにでもライセンス発行できるでしょうし」

「え?」

「あの子はあなたの実力をみたのでしょう? ライセンスを取るには実技試験もあるから、それを突破しないといけないんだけれどねえ、バリーちゃんの口添えがあればそれも無しですぐにでもライセンス発行できると思うわあ」


 うんうんと頷く村長に、マイはただ「ありがとうございます」と頭を下げた。


 こうして、雪山近くの辺境――エルレ村にてマイのハンター生活が始まった。

想像の5倍、バリー教官が出しゃばってきてわたしが困惑した話でした。

そして村長は、バリー教官のことを「ちゃん」付けで呼ぶという強さ。


別シリーズと比べてのろのろ更新ですが、お楽しみいただければ!

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※別シリーズの『18歳気怠い騎士と、7歳気難しい王女』と世界観は全く同じです。同じ世界の別の人たちが主人公となってるものです。
 そして、ちょいちょいそちらのシリーズ読まれている体で話を上げることになるかと思います。
 読んでなくても、ふんわりとした世界設定ですので、話的には読まれていなくても大丈夫かと思いますが、急に知らない人とか出て来てしまうかもしれません。
 気になったら読んでみていただけると嬉しい限りです。

『18歳気怠い騎士と、7歳気難しい王女』:弓鳴千風
よろしければ、上記からどうぞ。
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